side ミーミル①
「さて、勇者様が遠征から帰っていらっしゃるまで、一週間? でしたっけ。どうしたものでしょうかねぇ」
入り口で間抜け面晒して並び立っているのも馬鹿らしい。家の中に彼女を招き入れる。
少しだけ戸惑うような色をその顔に浮かべたが、二人ここで雁首並べていることに、なんの利もないことを察したのだろう。彼女は大人しくこちらの言葉に従った。
その察しのよさに、少しだけ、そう少しだけ心がささくれた。
どんな生き方をしてきたのだろう。
僕の差し出した茶を飲む、カップをつつんだその細い指先に思考が落ちる。
彼女がお茶を飲んだ。線のはっきり浮き出た頤が角度を変え、細い首筋が嚥下の為に上下した。
彼女は何様、聖女様。人間の希望の旗印。戦いの御使い。
背の中ほどまで伸びた、茶色みがかった黒色の髪を、輪郭のぼやけた焦げ茶色の瞳を。この世界では珍しい、それらの色合いを旗印にして、彼女は聖女であると、その存在で謳った。
薄い腹の中に何を隠し持っているのか。腕も、首とつく何もかも、細く頼りない彼女の体は、輪郭を隠すような服に覆われて全貌を伺いしれない。ふわりと舞うスカートの裾だけが、間違いなく性別を主張していた。
外見の全体だけではない。彼女の内面も伺い知ることは難しい。彼女の自我は、主張をあまりしない。
なんでも平気ですよ、大丈夫です、わたしは構いません。常に薄い笑みを顔にはりつけている。
彼女のひととなり、彼女自身について尋ねれば、出てくるのはいつも同じ言葉である。わたしは本が好きです。本を読むことが好きですと壊れた蓄音機のように繰り返す。
動きは基本的にのろく、あまり器用さや俊敏さもうかがえない。
しかし、ぼんやりとした女かと思えば、その瞳は、せわしなく動き続け、人一倍辺りをうかがっている。人の行動を読み取り、その心根を探り、自分が求められる所作を導き出す。頭の中の、知識の奔流を泳ぎきり、それをいなして自らの武器とする。己が力としている。
どんな女なんだか。
飲み下した茶は、砂糖を入れ忘れてしまったのか。ひどく苦かった。
大人しくいたします。
まさしくその言葉通り。彼女に自由に使ってもいい部屋と、その部屋にある本は好きに呼んでいいと言づければ、あとは大人しいものだった。あまりにも静かすぎるので、本当に部屋にいるのか、何べんか確認しに行ってしまったほどである。
部屋の隅でもいいだの食事はいらないだの言っていたが、さすがに聖女様にそういうわけにもいくまいて。生活について、いくらかの簡単なとりきめと、話が終われば、彼女はいそいそと用意された部屋に移動していった。
移動しきれば、あとは静かなものだ。
あまりにもしない物音に、自分以外の他人がいることすら、忘れそうになってしまう。
そこでふと、彼女の緩徐たる動きは、なるだけ音を出さないようにするためのものであることに思い至った。
どうしてそんな風になったのだろうか。
それは外的要因由来のものなのか、それとも自発的なものなのか。
そこまで考えて、ちりりと湧き上がった胸やけに、首を振った。
眼鏡を中指で押し上げ、目の前の紙と、そこに書かれた文字列をにらみつけた。
始まりはとても頑張っている。なんとか意味をなそうとして、頭のなかで飛び回る文字列をどうにかこうにか捕まえて、しっかりと、理路整然と、形に成そうとしている。それが後半になればなるほどくしゃくしゃになって、誤字を塗り潰すぐちゃぐちゃな円は、部屋の端にたまったほこりみたいに、いやに目について主張する。
理論がまとまらない。いらいらする。結果が出ない。
だんだんと崩れていく文体が、自分自身で生み出したものなのに、まるで僕をあざ笑っているようだった。
魔法の理論を考えていた。紙にはそれが書きなぐられていた。
等しく皆の生活を豊かにするようなもの。そんな魔法ができやしないかと。
確かに含有魔力量という個々人の特性に左右される事実は存在している。だけれども、それを超えていけたら。
個人の才能に左右されることなく、だれもが豊かさを享受できるような使い方ができるなら。
そう考えていた。そう考えていた。
それでも、どうしても、この世界の魔法は戦争のための道具でしかなかった。
確かに、魔法で生活は豊かになった。けれど、それは副産物でしかなかった。
何処まで行っても、魔法はひとごろしの道具でしかなかったのだ。
人は言う。
人を焼く魔法が、今日の夕食を作ることができるなら、それはそれはおいしい話ではないか、と。




