25.変わった女だから
閑話休題。
目の前のフリッカ様が、目を吊り上げて、唇を突き出している。鼻息の荒い姿でも美しいのだから、麗人は素晴らしいなとわたしは思考を遠くに飛ばした。
「いやでも、わたくしの入れたお茶に口をつけないところをみると、魔族に対する警戒心はきちんともっていらっしゃる様ですのね?」
いえそれは、と言葉にしてわたしが吐き出すよりも先に、口をはさんだのは彼女のお兄様であった。
「いや、口を付けていた」
あんまりに音を発さないから、少しだけ存在を忘れていた。
ぱち、と彼に向けた目をまたたかせると、ウォーデン様は何も答えないまま、お茶に口をつけた。
うむむむ、とフリッカ様がのど奥から詰まったような音を発した。
「ま、魔族のいれたお茶なんて口に合わないということですのね!」
「想像よりあっついもので、その、舌先を、火傷しまして……」
「……そ、そう。ええと、」
吐き出す音が定まらないのか、フリッカ様の唇はせわしなく動いていた。横に開いて、閉じて、今度は大きく縦に開いてから、すぼまって、閉じた。
くっついた上唇と下唇が、身を寄せ合うように摺り合わされた。
それを眺めながら、わたしはそろそろ頃合いではないかとお茶に口をつけた。
鼻に抜ける柑橘のにおい。それを後追いするように、甘い後味が舌の上に乗っかった。
紅茶は、香りばっかり甘くって、味がないところは苦手だったけれども、この味はとても素敵だなと思った。
「フリッカ様、とっても美味しいです」
わたしの言葉に、フリッカ様はがっくりと肩を落とした。
尻尾が力なく床をはたき、彼女は椅子に深く腰掛けなおす。大きく息を吐いた。
「……なんなんですの、貴方。もうなんか肩ひじ張ってるこちらが滑稽に思えてきますわ」
「何というか、申し訳ありません。もう少し威厳轟き、眼光鋭く、威風堂々たる立ち振る舞いができればよかったとは思いますが……いかんせん、わたくし、市井の出の平民上がりでございますので……」
「貴方、胆は座っていそうですけれども、それが威厳ある姿かといわれると、首をかしげるところでありますものね。それに、ああもう、どうせわたくしは知略も策略も苦手ですもの。せわしなく考えを巡らせて、警戒する方が難しくてよ」
そこで彼女は息を大きく吸うと、その分だけ長く大きく吐き出した。
そうして、口角の片方だけを吊り上げて、目を少しだけ細めた。
もういいですわ、と吐息混じりに吐き出した。
「わたくしは確かに貴方という人物の思想に好意を抱きました。とりあえず、今のところは諸々不問にいたします」
言葉がわたしを貫いた。
「ただ、魔王に手をかけよう、聖女の本分を果たそう。
そう考え、行動に至るのであらば―――その喉元、噛み千切ってやりますわ」
ゆめゆめお忘れなきことですの。
彼女の言葉は、わたしのすごく柔らかい所に刺さったけれども、流れ出す液体の主張を知らんぷりして、わたしは微笑んでみせた。
努めて綺麗に微笑んでみせた。
「……魔王、というものについて、聖女でありながら、なんともお恥ずかしいことに、あまり詳しく存じ上げておりません。
勇者様にお伺いしても、魔王についてはまだ特定中ということで、お話をお聞きできておりません。
王立図書館にもそれ程情報がなく、知っている知識としては、魔族の長であり、戦争の際の旗印となる存在である。そんな、せいぜい御伽噺レベルのものでございます。
ただ、聖女の本分、魔王を討つ。体のいい言葉で語られておりますが、ようは人殺しにございます。
そうならば、わたしのこの喉元一つ、どうして捧げられないことがありましょうか。」
「……貴女って、本当にこちらの望む反応をなさらないのね」
「人の心の機微に疎いもので」
「聖女サマ、君がそれは無理があるでしょ」
「アヤ、貴女って、本当に変わったお方なのね。よく変わってるといわれたことでしょう?」
「あ、フリッカちゃん、僕の言葉は意に関さずなんですね?」
「お黙りなさい、ミーミル。横槍を入れないでくださいまし。わたくしはアヤと話しているのです」
「はいはーい。申し訳ありませんね、と」
フリッカ様にたしなめられたミーミル様が、わたしを見やって肩をすくめる。
その視線を受け取って、わたしは彼と同じように肩をすくめて見せた。
「……はい。たくさん、変わっていると、言われました」
本ばかり読んでいること。親がいないこと。可愛げのかけらもないこと。流行に乗れないこと。
帰る家というものを持たないこと。頭でっかちであること。ひととものの見方が違うこと。
変わっていると、たくさん言われてきた。
違う違うと遠巻きにされてきた。
指先がカップの取っ手に触れた。陶磁器のように、すべすべした肌触りのそれを、わたしは強く握りこんだ。
だから、と言葉を吐いた。
「だから、わたしは、違っていてもいいんだって、それがどうしたんだって、思うようにしているんです。
違うからと排斥して、遠ざけて、のけ者にしたくない。違っていても、いいんです。気にならないと言えば嘘になりますが、別にみんながみんな、一緒でなくてもいいんです。勝手にこちらで共通点を見つけます」
「……それこそ、人と違う考え方だろう。それで、いいのか」
夜の色。すべてを平等に包み込む色。
そんな色を体現したかのような彼が、まるで呟くように言葉を吐き出した。
言葉数は多くはないけれども、彼の言葉は夜露の様に染み渡る。深いところにしみ込んでいくようで、それがどうして少し怖くもあった。
わたしはウォーデン様に努めて笑顔を向けた。綺麗に笑えているかは自信がなかった。
「はい。勿論。この通り変わった女でございます。だからこそと言いますか、自分がされて嫌だったことを、他にしてたまるかって、それだけです」
「……変わった女だ」
「ええ、そうでしょうとも」




