20.ブラックジョークの好きな人
「安心してくれ、彼女の本好きは筋金入りだ。加え、無趣味を読書という定型句で回避しようとする有象無象と違って、彼女は頭の回転も速い。君も会話を楽しめるんじゃないかと思うよ」
社交辞令とは分かっているが、称賛の言葉が背中をなぞりあげ、居心地が悪いほどくすぐったかった。
背中の違和感に俯いたわたしの顔を覗きこんで、魔法使い様は胡乱な音をあげた。
「……ふーむ。」
彼は何かを思案するように二、三度頷いて、それからわたしの顔を上げさせた。にこりと彼は笑った。
「あ、聖女様。貴方様がよろしければ、お話ししようじゃあないですかー、ねえ、よろしいですよね?」
「あ、はい」
「僕の友達にスケルトンがいるんですよー。スケルトン、ご存じですか?」
「スケルトン……確か、動く骸骨の騎士ですね。」
スケルトン。ファンタジー作品に多く登場する骸の兵士のこと。ギリシャ神話にも登場する。
脳内の辞書をめくって答えれば、彼は満足そうにわらった。
「そうそう、そうなんですよ。いやはや困ったことに、そいつは酒が好きでしてね。僕と度々飲みたがるんですよー」
ねえ、困っちゃいますよねぇ。
そう言いながら、魔法使い様はわたしの目を覗きこんだ。
モスグリーンの瞳が、こちらの考えを読み取るようにわたしを見つめていた。肩からこぼれた髪のひとふさが、光を通してきらきら輝いていた。
だからわたしは精一杯綺麗に微笑んで、彼の瞳を覗きこみかえしたのだ。
「ふふふ、そうですね。それはさぞかしお困りでしょう。よろしければ、スケルトン様には、今度わたくしがお付き合いしますとお伝えください。ちゃあんと、お掃除用具は用意しておきますね、とも」
「……ふふふふふ、随分と賢い聖女様ですね。」
満足のいく答えだったらしい。
魔法使い様は浮かべた笑みを深くして、満足そうに何回も頷いた。
「今のは?」
怪訝そうに眉を潜めた勇者様を、魔法使い様は深めた笑みそのままにみやった。
「あれ、勇者クン、分からなかったんですか? 骸骨が酒を口から流し込んだら、そのまんま足元まで零れてばしゃーですよ。まあ、ひとつのジョークです」
「……君たちは一体なんの話をしているんだ」
「こういった趣味の悪いジョークが好きな人は、頭の回転が速いって話があるんですよ。だからちょっと、試してみようかなーって。まあ確かに、回転は素晴らしいようですね。とても素晴らしいです。」
「聖女にカマかけをしてふるいにかけようとする御仁は、世界広しといえども貴方くらいなものだろうな、ミーミル殿」
「はっはっは、そんなんだから城にいられなくなって、市井の魔術師なんかやってるんですよー」
和気藹々と表現していいものか。首を傾げさせるところではあるのだが、話の弾んだ勢いそのままに、軽い足取りで魔法使い様に家の中に案内される。
自然な動作で手をとられ、エスコートされるその姿に、彼の育ちの良さがうかがえた。加え、いつまでたっても異性に慣れない自分の耐性のなさを如実に感じてしまった。応用の利かない感覚であると、内心で毒を吐いた。
所謂ログハウスといった建物の内装は、外装からうかがえるように、持ち主の丁寧な暮らしを想起させた。
ところどころにしかれた、手織りのテーブルクロスや敷物が、持ち主の生真面目さを示すように、きっちりと角に合わせて敷かれていた。ちらりと目をやった本棚も、本の大きさや形できっちりと分けられている。棚に収まりきらなかった本ですら、高さを合わせて並べられた頭の上に、きっちりと水平に収まっていた。
壁からつるされているのは香味野菜やハーブの類だろうか。それらの根元を束ねた紐が、横一直線に並んでいるのは、もういっそ数学的であるといわんばかりであった。
あまりに丁寧に整えられすぎている。もうここまできてしまうと、これはいっそ機械的である。もっと言ってしまえば、家を整えるためのプログラムが存在していて、この家を管理しているのではないか。
そんな想像が頭の中を駆け抜けてしまう程だった。
わたしの頭を駆け抜けた妄想など露知らず。
家主はこれまた丁寧に陳列された食器棚から器を取り出すと、わたしと勇者様に飲み物をふるまってくださった。柑橘系のような香りの強い、香ばしい紅茶のような飲み物であった。
口に含めば、温度の熱さに舌先が震えたが、鼻先を抜けていく香りがとても心地よかった。
わたしが肩の力を抜いたのを見ると、家主様はにこりと笑った。
「聖女様、改めての紹介になりますが、僕はね、魔法使いミーミルです。もともとは魔法の研究者なんかをやってたんですけどね、今じゃこうして悠々自適な隠居生活を送っている次第ですよー」
「改めまして、わたくしは聖女アヤと申します。以後、お見知りお―――」
「おい、何をやっている」
差し出した言葉と手を叩き落とすような、色を伺えぬ声がした。




