side グラム①
「グラム様」
少々お時間頂いてもよろしいでしょうか。
だだっぴろい城の廊下を歩いていた俺を、そうやって呼び止めたのは聖女サマだった。
クソ真面目に前置きして、俺が頷くのを、一歩退いたところで待ってやがる。今時珍しい、バカ真面目な野郎だ。
俺の回りでこんな風にくっそ真面目なヤツもなかなかにいなかった。
チビたちは身内だから言わずもがな、騎士団の奴等とは仕事以外じゃそういった関係を求めていない。加えて、騎士団長サマに寄ってくるゴレイジョーサマらなんて、言うまでもないだろう。
そもそもそんな気遣いがあるならば、うずたかく盛り上げた髪飾りを、しゃらしゃらじゃらじゃら耳元で揺らすことも、ぴーきゃかぴーきゃかうるっせぇ声で耳元で騒ぎ立ることもしないだろうが。
俺が体を向け直し了承の言葉を返せば、聖女サマは少し安心したような顔をみせた。
うるせぇな、コワモテなのは自覚があるわ、とって食ったりしねーから安心しやがれ。
聖女サマに促されて、廊下の端に寄る。
大きく開けられた四角い窓から、まだ高い外の光が差し込んでいた。少し開けられた窓から入る風が心地よい。鍛錬後の火照った体にちょうど良かった。
そこでこいつから差し出されたのは、俺の指よりは少し細いくらい、ちょうど聖女サマの人差し指の幅ぐれぇの厚さの、何冊かの本だった。
「……んだこれ」
「こちら、わたしの元の世界の、童話や物語を幾つかご用意したものです。こちらの世界では珍しいものもございます。よろしければ、グラム様のご弟妹様に、と思いまして。わたし手づからの写本ですので、読みにくいところございましたら申し訳ありません」
ぱらぱらと渡された本をめくってみれば、なるほど色々なものが揃っていた。
文字が少なく、読むのに時間がかからなそうなものもあれば、みっしりと文字で埋め尽くされ、気合を入れて読まなければならないものもある。
すげぇマジで色々じゃねーか、と呟けば、正面の聖女サマの瞳が横に逃げた。
「その、ですね。ご弟妹のご趣味を伺うのを失念しておりましたので、とりあえずいろいろなものを、何冊か見繕ってまとめてございまして」
「なんでそこは詰めが甘いんだよ」
「いえ、その……面目ない」
そういえばこいつ、本の虫だとかなんとか言っていたな。
本について考えたらそれ以外のことは忘れたってことか。頭が回る割に、バカなのか。
昨日はあんだけ絵本を並べて、むつかしい御託を並べていたというのに。
そこで、ふと、気が付く。手の中にある幾つもの本。文字が少なく、読むのに時間がかからなそうなものもあれば、みっしりと文字で埋め尽くされ、気合を入れて読まなければならないものもある。
「……てめー、これを、一晩で?」
「「ギフト」の力を使っておりますので」
目の前の聖女がなにくわぬ顔をして、口角を上げる。
俺は頭がよくないことは自覚している。
隣に悪賢い勇者サマがいることが多いからこそ、余計にそう思うのかもしれないが。まあそれは別にいい。
俺は、こいつの「ギフト」の力を具体的に理解はしていない。なんか元の世界の本が読み放題らしい、ということくらいしか分からない。だが、こいつの「ギフト」は、マカフシギな力で、ぼんぼこ本を生み出す、といったものではないのかもしれない。
聖女サマの中指の第一関節。そこには、昨日のうちには存在しなかったふくらみがある。
なんも持てなそうな、えれぇ細い指だと記憶に残っているから間違いない。
赤い膨らみの中央が、何かを押し付けたようにくぼんでいる。あれは、文字を書くときに筆記具が当たってできるたこだろう。
袖口から見える細い手首は、よく見れば何か布のようなものが張られている。すこしだけにじんだ緑色、植物の色から、張り薬の様なものと推測できた。
俺は頭がよくないことは自覚している。しているのだが、俺は、騎士団長サマという立場だ。
頭が良くなくとも、仕事柄逃げられない事務仕事をさせられることもある。
だからこそ分かる。
文字を書くというのは重労働だ。重労働は重労働でも、鍛錬なんかで剣をふるったり、体を作るための訓練なんかとは、まったく違うのだ。
なんだかよくわからないが、文字を書き続ければ、手首は痛むし、指は勝手につりそうになる。挙句の果てには親指の付け根や、筆記具の当たる指先がじくじくと痛んでくる。
こいつは、言った。
『わたし手づからの写本ですので』
こんな何冊も本を書き揚げるなんて、こいつはどれだけ―――
俺がぽかりと口を開ければ、聖女サマは、俺の頭ん中を読み取ったのだろう。いたずらがばれた時のような、特別な日の祝いの仕込みがばれた時のような、そんな曖昧な表情を浮かべた。
それでは、と一礼をして去ろうとする背中を呼び止める。
「おい、アヤ!」
声に引っ張られて、こちらを向いたのを確認して、俺は自分の懐に入っていた包みをほおり投げる。
ちょうど胸のあたりに落ちるように投げてやったのに、笑えるくれぇにアイツはカッコ悪く包みを捕まえた。
ひゃあ、とかわあ、とか漏らしたこいつは、どうやら運動センスがなかなかにやばいらしい。
そういえば、とふと気が付いた。
さっきぱらぱらとめくった本には、どれにも挿絵が存在しなかった。どんなに字と字の間に余裕があったとしても。
絵本っつーものの存在を知らねえとは言わせねぇぞ。こちとら言質はとってんだ。
とりあえずどんな年代にも対応できるような本を用意しておいて、それで絵本がないってか。
なるほどなるほど。
コイツくれぇ気が利く輩なら、できるんなら、できるだけいろんな種類を用意するタチだろう。それは手の中の本たちが語っている。年代性別幅広く対応してても、そこに絵本がないってのは、まあ、お察しなんだろうな。
可愛げのないくれぇに気が利いて、本にまみれて生きていて。
シグルドが認めるくれぇに頭の回るヤツ。
そうだってのに、苦手なことばっかりか。
そう思ったら、口角がゆるむのが分かった。
きょとんと目を丸くして、聖女サマは手の中の包みを見つめている。
「……焼き菓子? ですか?」
「あー……その、なんだ、礼だ!」
本当は、あの腹黒勇者様のおやつになるはずだったものだ。
存外あいつは甘いもの好きである。あるのだが、セイレンケッパクな勇者像がー、とかなんとか言いやがって、こうして内部事情に通じてる俺を使いやがるのだ。
まあ、料理は嫌いでないし、あいつの心持ちも分からんでもない。甘やかしている自覚はあるが、勇者サマのお優しい幼なじみ様は、こうして今日も貢ぎ物を用意していたというわけだ。
なんだかんだ楽しみにはしているようだから、あとでヘソを曲げるかもしれないが、その時はその時だ。
「なんか頭イイヤツは、休憩に甘いもんとるって聞いたことあんだよ、お前いっつも難しそうな顔をしてやがるから……なんだよ、いらねぇのかよ」
みたこともないくらい、気の抜けた顔だ。
いつも周りをうかがって、世話しなく動く目も。茶い目ん玉を無防備に晒して、ぽかりと開いたまま動きやしねぇ。
しばし時間がかかったようだが、じわじわと理解が頭の中を回ったらしい。
見たことねぇくらいに明るい光が、聖女サマの目からころげおちた。
「い、いえ、いります! いります! 甘いもの、その、大好きです」
「……」
「あ、そ、その。ついはしゃいでしまいました。みっともない姿を見せてしまい」
「……あー、なんだ、その」
思わず口ごもった。俺の様子に、すわ自分の失態かと、敏感に顔を曇らせる聖女サマを手で制す。
「お前、そんな顔もできんだったら、そうしとけ。常に眉間にしわつけたような顔しやがって」
はた、と聖女サマが目をまたたかせる。
そして、しばし考え込むように、瞳をふせて、そして。
「ありがとう、ございます」
ほころぶように、はにかんだ。
ぶんぶんと、そのほそっこい首から頭がもげるんじゃってくれぇに、頭を下げながら去っていく。
もういいから、と手を動かして追いやれば、ぱたぱたと軽やかな足音が遠ざかっていった。
浮わついたテンポに、転ぶんじゃねーかと余計な心配が頭をよぎつた。
完全に足音が消えたのを確認して、大きく息を吐き出した。浅い呼吸を繰り返していたからなのか、心臓が大きく音をたてていた。
びっくりした。
あいつ、あんな風に笑うこともできんのかよ。
ほころぶような、はにかんだ笑み。
少しだけ上気した頬と、アーチを描くように細められた瞳。口角の上がった口元。
それらが脳に焼き付いたように離れなかった。
そして、そうか、と今更思い至った。
苦手なことばっかりで、手首がほそっこくて、そして。
にこりと目を細めて、笑う。
聖女サマって、あいつって―――ただのひとりの「女」だったのか。
蛇足だが、「本日の貢ぎ物」がなかったことにヘソを曲げた勇者サマは、たいそうご面倒でいらっしゃった。




