17.8時間というその時間
誰でも一度は訪れたことがあるのではないか、そんな「よくある」図書館の中。
木製のぴかぴかした長テーブルに、布張りの椅子。
少しだけ色褪せた絨毯に、机の下で足を投げ出したわたしと、磁石の反発のようにぴたりとテーブルの上に浮かんでいる神様。
そんなわたしたちを、お行儀のよい背表紙たちが眺めていた。
「はー……まさか、でしょ。もうここまで行くと怖いんだけど」
とても長く息を吐きだして、誰に言うとでもないように、神様は言葉を吐き出した。
「いや、ほんと。信じらんないわ、マジかって感じ。いやまあ、実際そうなんだよね。こっちの世界はちょっと時間そのもの自体が短いみたいでさー。地球時間で言うところ、一日が16時間になってんの。まあ、住んでる身からしたら、そんなに関係ないんけどさ。」
「え、それはどうしてなのでしょうか? 相対性理ろ、」
「知らん! 創造主サマがそう作ったの! アタシは文系だったの! 星といえば公転だ自転だ計算式だ、みたいなそういうのじゃなくて、ギリシャ神話を想起する女だったの!」
「ギリシャ神話! 「神統記」ですかポリスですか、ルネッサンスですか!」
「喰いつくな目を輝かせるな身を乗り出すな! 守備範囲広すぎか!」
閑話休題。
こほん、とわたしはひとつ咳ばらいを落とす。
「ええと、そこで、の話になるのですが。
この「ギフト図書館」が地球換算であるならば、ここでの一日は24時間なんですよね?」
うむ、と神様が大仰に頷いた。
「あんたのネーミングセンス皆無なわけ? 分かりやすさの合理性追求しすぎてダサくなってるんだけど」
「ほおっておいて下さいませ」
「まあ、多分。この図書館に時間の流れがあるのかはわかんないけど、地球換算なら、ここでの「一日」という区分は24時間なんじゃない?」
ふわり、と神様が宙に浮く。そのまま指先をくるりと回すと、空中にまるく軌跡が残される。
ふ、とそれを吐息でかき消して、散ってゆくそれらには視線もくれず、神様はわたしを見つめた。
「そして、ミッドガルドの「一日」は16時間。24マイナス16は8。
その8時間を、「ギフト図書館」で過ごせる時間としてしまうのはいかがでしょうか。」
「んんー……?」
両手でいくつも輪をつくり、神様は手元を軌跡で埋めていく。
瞳孔のない瞳を細め、眉根をこれでもかと寄せている。中世のローブにしては短すぎる格好の、裾から伸びる足先がぱたぱたと動いていた。
くるくると動く指先から生み出される輪が、ぱちん、とはじけた。
「なるほど、なんとなくみえてきたわ。」
つまりはさ、と前置きをして神様は語りだす。
「本来異世界にはない8時間という時間を、「ギフト図書館」によって作り出すことで、異世界と地球の時間換算を概念上同じにするわけね。で、その8時間は、両者をつなぐ架け橋的なものだから、その時間の中なら、ミッドガルドと地球両者にアプローチをかけられるんじゃないかと。
んで、これでミッドガルドと地球でおそろいのものができたから、あとはアタシがこれをとっかかりに、コレコレシカジカすればいいと。なーるほどねー。そしてそこでなら翻訳できるでしょ、と。」
「そう、そうです! 流石神様!」
「ふふふ褒めるな褒めるな、アタシは賢いからね」
空中で神様は反り返って胸を晒す。のけぞった胸がささやかに天を目指していた。
『つまりはさ、この図書館とここミッドガルドは、別の法則に則って動いてんの。だから時間も言葉も別になってんのよ。で、そこを関係させようとしてもさ、なんも関連がなさ過ぎてお手上げになっちゃうわけ。
とりあえずなんか一つでも異世界と地球のものを揃えられるなら、あとはカミサマぱぅわーでどうにかなるんだけど、さあどうしましょ、って訳』
神様はそう言っていた。
縁もゆかりも何もないものに、「いかにも」な共通点を作る必要があるのだ、と。
「ギフト図書館」の存在をねじ込んで、見せかけだけでも「同じ」ものを作る。
つまり、わたしがしたかったのはそういうことだ。
ふと思いついた「時間」という要素が使えてよかったと、わたしは内心で胸をなでおろした。
ありがとう、ヴェルヌ。ありがとうドイル。わたしは貴方たちのことをSF作家としても尊敬しています。
内心でサイエンス・フィクションの父らに感謝を捧げていると、ふ、と何かに気が付いたのだろうか。
神様が目を瞬かせた。長い上下のまつ毛がぱしぱしと触れ合った。
大きな瞳を縁取って、その存在を強調させるそれが、わたしは少し羨ましかった。
かしげられた首と、少し大きくなった瞳が、神様をひどく幼く見せた。
「いやでもさ、そうなると、あんたは生み出した8時間分、他より早く年を取ることになるけど、いいの? 他の人間より多く時間を持ってるって、つまりそーゆーことっしょ?」




