side カミサマ①
例えばそれは、朝と夜があること。水が存在すること。
光が差すということ。人というものが存在していること。
それは当たり前のことで、それは疑いようもないことである。
だから、おかしいのだ。
「は、え、」
絶句。
まさにそれしか表現ができなかった。
アタシはぽかんと口をあけ放って、意味のある言葉なんてなんにも言えなかった。
カミサマになって、汗なんてかかなくなった筈なのに、背中を冷や汗が伝った気がした。
何を。
息を吐きだしたら、想像以上にか細い音がした。
何を言っているんだこの女は。
「よかった。正解の様で安心いたしました。」
女は微笑む。
その微笑みに、背筋が泡立った。息を飲んだら、ひ、と音がした。
「最初は天文学的な話かと思ったのですが……ええと神様、惑星の自転速度の求め方はご存じですか?」
目の前の女が、何食わぬ顔をして、惑星の自転速度の求め方と、それによる「1日」という時間区分について語っている。悪いけど、アタシはそっち系は門外漢。長文解説はノーサンキュー。
すこしだけ戻ってきた思考のかけらを手繰り寄せて、アタシは言葉を吐き出した。
「いや、え、は、な、なんで……アンタをこっちの世界に連れてきた時に、朝と夜との感覚とか言語とか常識とか味覚だって、そういうのみんな異世界仕様にして、違和感感じないようにしたのに、なんで、」
おかしいのだ。
何を言っているんだ、どうしてそうなったんだ。
「どうしてあんたは、「時間の概念」だなんて根本を、疑うことができるわけ!?」
異世界に飛ばされた。
でもそこでは話も通じますし、ご飯もおいしいです。私の常識もある程度通じます。そんな世界でした。
それならば、それでいいだろうに。何を疑うことがあろうてか。
「今まで通りに」生きていけばいいじゃないか。
異世界に飛ばされました。
でもそこでは話も通じますし、ご飯もおいしいです。わたしの常識もある程度通じます。そんな世界でした。
それでも、わたしは時間が流れていくことに疑問を持ち、空気が存在していることに疑問を持ちます。
海が山が、そこに世界が存在していることを疑います。
おかしいだろう。
日本国内旅行に出かけたぐらいの感覚じゃないか。たかが国内。話も味覚も常識だって通じてしまう。
この女がやっているのは、旅行先で流れている時間が、出発地点の時間と同じものなのか疑うということ。
県が変わった。そうだ、もしかしたらここの1日は前の県より短いんじゃないか。な訳ないでしょフツー。
そもそもそんなこと疑わないでしょ。その発想が出てくる時点でおかしい。そういうことだ。
しないでしょ可笑しいでしょ、そんなわけないだろう。
自分の感覚が通用する世界で、何を疑問視するというのだろう。
普通の女じゃなかったのか。
周りから孤立していて、本が好きで、それだけしかないから図書館に逃げ込んでいる。
なんとなく自分が周りと違うことも理解しているけれども、でも、周りになじむこともできやしない。
周りに無理に合わせてみても、どこか違うのだと悲しくなることがある。
違いを怖がって恐れていて潰されそうになっている。
そんな女じゃなかったのか。
少しだけ特別扱いになっていたのは本当だ。なんとなしの親近感さえ覚えていた。
けれど。
わたしは、と目の前の女の唇が弧を描く。
隙間から除いた舌の赤色に、背筋を撫で上げられるような悪寒を感じた。
「SF小説も嗜んでおりますので」
アタシは、アタシは―――何を、喚んでしまったのだろう。




