14.畏み畏みお伺い致します
「神様―。神様いらっしゃいますか? ええと、畏み畏み申し上げま――」
「はあい、どしたの?」
「ひっ」
空気が形を成すように、いきなり空中に神様が現れる。あまりにも前兆がなかったので、わたしは思わず息をのんだ。
その様子を見て、神様はからからと笑った。
「やだなあ、そんな驚かないでよー。呼んだのそっちじゃん。カミサマが神出鬼没なのは、世の常でしょー」
「あ、たた、たしかに」
「で、どしたのー?」
こてり、と神様が首をかしげる。
瞳孔のない球体が、こちらを窺うように細められている。
息を吸って、長く吐く。すこしだけ呼吸をおちつけて、実は、とわたしは話を切り出した。
「んあー……翻訳、ねぇ……」
ぐるり、と重力を感じさせない動きで、空中を神様が一回転する。
「前から考えてはいたんです。この世界の方にも、本という形で、わたしの……というよりは「地球」の知識を提供できないかと。わたしの口伝えだけでは、どうしても偏見と先入観をぬぐえませんから」
「まあ、いろいろ言ってるけど、オトコのために頑張りたいって、けなげねぇ」
男の、ため。
誰が。神様と対峙している会話相手は私だ。
ならば、わたしが。と?
瞬間、頭がキャパオーバーした。
「え、あ、いや、あ、そっか、ええとそんなつもりでなくて……っ。確かにグラム様の言葉がきっかけになったのはほんとうなのですけれども、あれ、でも確かにそうなると、男の人の為にがんばるってことなのでしょうか。でも、ええと、わたしが持ってる知識なんて、本の受け売りだから、だから、原本があればもっといいんじゃないかと思ったのだけれども、ええと、えと。これは言い訳とかではなくてですね、えと」
「あっはっは、かーわいいもんねぇ。ふふ、純情ガールをあんましからかっちゃあいけないわねぇー」
「お戯れはお止めください……」
どうにかこうにか落ち着いたわたしを、にやにやと半目で神様は眺めてくる。
楽しそうなその瞳を、恨めしげに半目でみやれば、神様からからと笑った。
それから、神様は長い上下の睫毛を何回も触れあわせ、むむむと唸るような声をだした。空中で器用に腕と足を組み、彼女は眉根を寄せた。
「翻訳、かー……」
グロスの塗られたつやめく唇をつきだして、神様は呟くように吐き出した。伏せられた上まぶたに込められた感情を読み取ることは出来なかった。
「それだけのことをするんだから、あんたには相応のデメリットがありますよ、って言ったらどうする?」
それだけのこと。
トライ・アンド・エラーを吹き飛ばす、世界にとってのチート。
知識と発想は争いを生む。
昔からに物事を発展させてきたのは、戦争となんやかやだと言われている。なんやかやは、乙女の口から語るものではないので、割愛するとして。
インターネットしかり、ダイナマイトしかり。いつか出来るだろうものを、駆け足に、一足飛びで使用できるようにしたのは、何某かの争いが存在したからである。諍いは知識を生むのだ。
また、E=MC2。
戦いが知識を生むならば、逆説的に知識は争いを生むのである。
それだけのことを、わたしはしようとしている。
やりようによれば、わたしは世界を敵に回すことだってできるのかもしれない。
それでも。
「かまいません」
本は、宝だ。
わたしにとって本は、何よりも優れた武器を授けてくれる師であり、広い世界を教えてくれる先生であり、物語を語らう友であった。
その何よりも尊いものを、一人占めだなんて、あんまりではなかろうか。
例えそのせいで、「わたし」という個人に害が及ぼうとも、構わないと言い切れる程に、わたしはその存在に心酔しているのだ。
「……あんれま、即答。面白味がないねぇ」




