13.騎士団長と絵本のはなし
大切な聖女を一人で外に出すなんて、何かあってからでは遅いんですよ、と。わたしはひとりでの外出を禁止されている。
まあ、現代社会を生きていた文学女の戦闘力なんて推して知るべし。モヤシもモヤシ、温室栽培のわたしの戦闘力なんて、ミジンコもいいところであるので、言いつけ自体はまっとうである。
しかしまあ、とどのつまり、監視下に置きますからね、ということでいいのだろう。
そんなわけで、シグルド様やグラム様に用事があり、わたしに同行できないときは、わたしはもっぱら王立図書館に籠っているのである。
クリック? クラック!
さすがにそこまで独特な形はないけれど、この世界でも、物語はある程度のお決まりのフレーズで始まるものらしい。王立図書館の広い机の上に、贅沢にも何冊も本を並べ、わたしはふむりと声を漏らした。
「おい聖女サマ」
むむむ、と眉根を寄せるわたしに声をかけてきたのは、猫の様な瞳をした男性、グラム騎士団長であった。
「グラム様、いかがなさいましたか?」
「んや、シグルドの奴が、ヒマができたんなら、お前の様子でも見て来いよって言いやがって……」
わたしが広げた本を覗き込んで、グラム様はうへ、と不思議な音を漏らした。
「まーた本ばっか読んでんのか」
「わたくしは本の虫ですので……」
「お前の「ギフト」も本関係なんだろ? なんか図書館持ってんだろ? そっちで読むだけじゃ足んねーのか」
「いえ、あそこは居心地が良すぎて、居つくというか、住むというか、出てこなくなってしまうといいますか……」
ごにょごにょと語彙をすぼめるわたしの言葉尻を聞いているのかいないのか。
グラム様はわたしが開いた本のページを指先でつまんで、ぱらぱらと弄んでいる。読んでいたところから変えられてしまった。
そうわたしが口には出さず考えていると、グラム様の瞳がこちらを射抜く。その鋭さに思わず背筋が伸びた。
「てか、お前、本の虫なんだかはどうでもいいけどよ、本ばっかりにかまけて、飯とか睡眠とかおろそかにすんじゃねーぞ。そこらへんは基本だかんな」
「……あ、は、はい」
すこしだけ、びっくりしてしまった。
意外といえば失礼かもしれないが、まさか人当りの強そうな騎士団長様が、わたしの生活の心配をしてくれるなんて。
あまりにもわたしの生活力がなさそうに見えたのだろうか。両親が亡くなった後、わたしは高校生から一人暮らしをしていた。人に自慢できるほどの腕前はなくとも、生きていけるだけの生活力はあるのだけれど。
威圧感と人相の悪さ、乱暴な言葉選びの三拍子のせいで、お世辞にもいい人そうには見えない彼だが。
それでも、意外にもやさしいひとなのかもしれないな、そう思った。
「てかお前、なーに読んでんだ。ここいら全部絵本じゃねーか」
「あ、絵本には教訓や訓戒が含まれていますから。重視されている倫理観を知るのに役に立つんですよ」
もともと童話というものは、民間伝承をまとめ、紹介しているものであった。かの有名な千夜一夜物語などがこれに当てはまる。
しかし、「子ども」という存在が近年になり「生まれた」ことによって、童話や絵本は子供への教訓を伝える役割を担うものへと変化していった。宗教色の強い童話で、分かりやすく「してはいけないこと」「神様のおかげであること」が描かれるのもそういった理由からである。
そういったわたしの思考などどこ吹く風、グラム様は広げられた絵本たちをぺらぺらと好きに弄んでいる。
「へーへー、随分と難しい読み方をしてんだなあ、聖女サマは」
ふ、と頭に何かがよぎったのだろうか。
「……絵本、ねえ。魔法使いだ姫様だそんなんが出て来るばっかのやつだろ?」
「お詳しいんですね」
「まあな、下にチビどもがいるからな」
彼にしては珍しく、少しだけ落とした声色で、ぽつりとつぶやくように言葉を吐き出した。
「まあ、いっつも決まったようなもんしか見せてやれねーし、なんか他にもいろいろありゃいいんだけどな」
「……」
ここミッドガルドで散策をするようになって、何回か街へ降りる機会があった。
しかし、そこでは基本的に食料品や装飾品、果ては道具や武具などを売っている屋台ばかりで、書物を扱う出店は存在しなかった。わたしはこうして、聖女としての立場を利用して王立図書館に籠れているが、市井にはまだあまり出回っていないのかもしれない。
頭の中身が、ぽろりと口から転がり落ちた。
「あの、グラム様、恐縮な申し出ではありますが――」
あまりにも長かったのでやっぱり途中で分割しました。




