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愛され聖女は今日も図書館の中!  作者: にゃむりん
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11.小賢しい生き物とあくどい生き物

 

 シグルド様の感情の波が引くのを待って、やさしく丁寧にケバブの食べ方をご教授頂いた私は、やっとケバブというものを味わうことができたのだった。ぼろぼろと溢れる野菜には大変な苦労を強いられたが、それを踏まえたとしても、大変美味しかった。

 生涯で初めてのケバブが異世界に来てからというのは、奇しくおかしな話である。


「いつの聖者だかは分からないが……「ケバブ」という食べ物に傾倒していた聖女がいたとは聞いたことがある。こちらの世界に転移した際に、世界にケバブがないことに悲観し、魔王を倒す宿命の傍らで、ケバブ開発に尽力した、という話は聞いたことがあるな」


「ケバブ開発に尽力した……いやまあ、好きなものに対する情熱といいますか、そのあたりの気持ちは察してあまりあるところではありますが」


 丁寧にした味のつけられた肉に、深みのあるソース。内容物を挟んだピタパンの食感。

 もともとのミッドガルドには、存在しない食べ物であるはずのケバブを、ここまでの完成度で仕上げ、後世にまで残すとは。前人の尽力が感じられて、わたしは思わずその奮励に手をあわせた。ごちそうさまは、その方に。


 ケバブの衝撃に気圧されてしまったが、満たされたお腹を友連れに、ぶらぶらと市場を眺めれば、それこそ色々なものが目に飛び込んでくる。

 魚が種類豊富に並べられている出店には、他の魚に混ざり、お行儀よくタコが並んでいる。

 道角にある出店で売られているのは、ハンバーガー。フライドポテトもご一緒にいかが、とお決まりの文句まで完備されている。ミートソーススパゲティの香りがどこかから香ってくる。

 あそこで売られているのはうどんだろうか。たぶん匂いからすると魚醤を使っているのか。醤油に人生をかけた聖女はいなかったのかな。いやでも考えてみれば、ニホンコウジカビが異世界にいるのかってお話になるのか。


「こうして目の当たりにすると、わたし以前にも聖者が来ていたというのがよくわかります。わたしにとって、この世界は遠い歴史の、遠い時代のものと似ています。ですが、その時代の雰囲気を醸し出しながら、その当時以上に文化が発達しているんです。表現として正しくないのかもしれませんが……ちぐはぐさと言いますか、そういったものを感じてしまうんです」


「ちぐはぐ……そうだね、聖女や聖者は、異世界から持ち込んだ知識や概念によって、さまざまなものを発展させたといわれているんだ。彼らが来なかったら、生まれるのにもう少し時間を必要としていた発想も多々あったことだろうね」


「それはご飯の話ですか?」


「……まあ、基本的には」


「ふふふ、食は人の行動の根幹ですから」


 風が吹いた。人々の活気のあるざわめきが、わたしの耳をくすぐる。

 流石「都の台所」と称されるだけはある。ぶらぶらと街の散策をしていれば、いつの間にか日は傾き、あたりは茜色に染まり始めていた。いつの間にか時間がたっていたのだと、そう思った。

 一休みにと立ち寄った高台の手すりに肘をつき、わたしは眼下の町を見下ろした。

 広い街だ。人もなにもかもたくさんあるところだった。


「わたしの世界の人間が、この世界に対して一番不満を感じるとすればそういったことでしょう。現代人……ええと、わたしと近い時代の人間の中には、舌が肥えすぎていて、粗末な食事に耐え切れず、飢え死にしたものもいたと言います。」


 胡椒と茶は戦争の引き金となり、たくさんの人を死地へと送り出した。

 大航海時代に船に積まれたパンは、餓死直前まで口にできないほど固く、食べられたものでなかったといわれている。

 現代でも、食につけられる星を求めたり、きのこだたけのこだ、狐だ狸だと、人間は食べ物のことで争い続けている。


「ご飯は人間の根幹ですし、おいしい食事は力になります。加え、食事は発想と知識が生かせる分野ですから。聖女たちが貢献したのもむべなるかなと」


「皆人間、どこでもあまり変わらないんだな」


「そうです。違いのなかにも、同じものはありますもの」


 勇者様が、何かを噛み締めるように唇を引き結ぶ。

 その口が開き、言葉が放たれる前に、わたしは勇者様に微笑みかけた。

 わたしのやわらかいところに触れるには、貴方はまだ遠すぎる。


「そうだ、シグルド様。この後はどこに参りましょうか。一通り市場は回りましたし……もしよろしければ、」


 わたしの言葉を遮るように、シグルド様の手がこちらに向かって差し出される。


「君の行きたいところに付き合うと言ったが……ひとつ、私のワガママを聞いてくれないか? 勿論、もうずいぶんと時間をもらっているからね、またの機会にと言われればそれまでなんだが……アヤ、是非とも君を案内したいところがあるんだよ」


「はい、是非に」


 差し出されたその手を取る。一瞬わたしの乙女心が悲鳴を上げたが、それを黙殺して封殺する。

 上っ面だけの会話だ。

 わたしは気が付いている。

 白皙の美貌。柳眉と淡い色合いの切れ長の瞳。透き通る色合いの髪は、まるで精巧なガラス細工のように見えた。

 うつくしいひと。シグルド様の瞳が、まっすぐにこちらを射抜いている。

 茜色の斜陽が、彼の輪郭をかたどって、きらきらと輝かせている。

 わたしはその視線を真正面から受け止めて、微笑みを作った。


 わたしは知っているのです。

 わたしはどうしようもなく小賢しく、貴方はどうしようもなくあくどい生き物なのでしょう。

 会話の端々から、貴方の狡猾さはわたしには透けて見えています。

 おおかた町の見聞に誘ったのも、懐柔の為なのでしょう。何も知らない異邦人に優しくすることで、自分にとって都合よく動かしやすくなるとでも考えていらっしゃるのだろう。

 わたしが女なのも、勇者様にとっては都合がいいのかもしれません。女には悲しいがな乙女心という抗いがたい弱点があるのです。

 伸ばされた手も、ボディータッチによる、提案の承認性を高めるものでしかないのだろう。

 それでも、それでもいいと思えるほどには、久しぶりに触れた人のぬくもりは、悲しくなるくらいわたしの心を締め付けた。




 だけれども、その後に連れて行ってもらった王立図書館にて。

 勇者様にお待ちいただいている中で、すべての蔵書目録を読破するという暴挙を成したのは、乙女心を弄んで下さった勇者様へのささやかな反逆である。



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