9.アヤ、お町へいく
馬と犬とロバとワニを混ぜたような生き物が引く乗り物に乗って、わたしは街の中心地へと向かっている。
ぺたりぺたりと這うように歩くワニの特性か、それともサスペンションのおかげなのか。箱馬車のような形をしたそれは、意外や意外、あまり騒ぐことなく進んでいく。
でも確か車についている、路面との緩衝装置・乗り心地や操縦を安定させるための部品であるサスペンションって、17世紀生まれではなかっただろうか。
ぼんやりと思考を彼方に飛ばしていたわたしに、シグルド様が声をかけてくる。
「アヤ、どこか行きたいところはあるかい? やはり書物関係のところかい?」
「そうですね、それでしたら一通りこの街の施設をを見て回りたいと考えております」
「驚いた。君のことだから、書物のある所をとねだられると思っていたよ」
「あ、いえ、勿論そちらにも興味はございますが……この世界について、わたしはとんと無知でございます。まずは手始めに、この街の雰囲気や施設などを知るところから始めたいと考えております」
「なるほど、それは一理あるな。それじゃあ、とりあえず一通り町を案内しよう」
狭い乗り物の中で、白磁の美貌がわたしに笑顔を向けてくる。
「アヤ、今日は何処だって君の行きたいところに付き合うよ」
城に閉じ込めるばかりでは哀れだろう、街の一つでも見せてやろう。
そういった異邦人への憐憫なのだろうとは分かっている。分かってはいるのだ。
それでも、悲しいがな異性というものに、わたしはとんと縁がなかったのだ。
それに、白銀の髪に、青色の瞳。こんなにも美しい異性というものが存在することも、わたしはここ最近で初めて理解した。
加え、肩が触れ合うほどの距離では、跳ね上がる鼓動を押し込める場所もろくに存在しない。
慣れない状況に騒ぎ出す心臓を、無理やりに左胸に押し込める。
それでも、ばくばくと左胸で主張を強める心臓に、負けた参った降参よ、と心の中でわたしは白旗を上げた。思考がいつもより他動的であることはすでに理解しているのだ。
「楽しんでくれると嬉しいな」
白状する。
そんなことを言われたら、嬉しくなってしまうくらいには、わたしだって「女の子」なのだ。
「これが、この世界の、街……!なるほど、これが異世界ミッドガルドの街並み……思っていたより地球と酷似しています。もういっそ『台湾史』だ『ガリバー旅行記』だを想像していましたが、さすがにそこまでではないのですね。ええと―――」
そしてその「女の子」であるわたしの脳は、街を前にしたところ、感情の奔流と情報の氾濫により処理許容限界を超えてしまった。そして脳の負担を減らすべく情報の排出を試みたのである。
これは、わたしが自分で意識している悪癖の一つであり、わたしは頭がいっぱいいっぱいになってしまうと、落ち着くためにひたすら知識を垂れ流すという特徴がある。
閑話休題。
すこし落ち着きを取り戻したわたしは、改めて街を観察する。
この地域は乾燥している一帯なのか、道の両脇にはレンガ造りの建物が並んでいる。
場所を奪い合うように建物が敷き詰められた細い通りを抜ければ、赤レンガが敷き詰められた広場に出る。
大人が何人も腕を広げて並べるほどに広場は大きく、人々で活気にあふれている。
そこには、簡素なつくりの屋台が、これまた広場を埋め尽くすように立ち並んでいる。頭の上で並んだ二つの恒星が、ここは異世界なのだと如実に主張していた。
レンガの淡い紅色と、屋根に使われた布の鮮やかな色合いに、思わず吐息が漏れる。
新鮮な野菜や果物が所狭しと屋台の軒先に並べられている。よくよく見ると、地球のものよりいぼが多かったり、突起が多かったりと少し違った形をしている。色があまり奇抜な色をしていないことに、内心で胸をなでおろした。
その隣の屋台には、おもむろにつるされた獣肉が売られている。新鮮さの証明とでもいうように滴り落ちる赤色からそっと目をそらす。
パンらしきものも売っていたり、麺類を提供しているような出店も見受けられた。
香ばしいにおいと、新鮮な青物のみずみずしいにおいが混ざり合って鼻孔をくすぐり、食欲を刺激される。
魔王を倒す、そのための聖女だ勇者だと祭り上げられているが、これだけ物資が種類も量も富んでいるということは、戦争はまだ表面化していないのだろう。
「すごいですね。多くの種類の野菜を売っていたり、果物も売っていたり。装飾品などを取り扱う店も、多数見受けられます。あら、あちらには出店などもたくさんあるのですね。」
「ああ、ここは城下町の中でも、「都の台所」と呼ばれる賑わいのある所なんだ。すごいだろう?」
「確かにすごいです。それほど言われるまでに、色々揃って……」
ふと目をやった先には、大きな肉の塊が回転しながら熱されていた。
屋台の軒先で串に刺さって回転する大きな肉の塊。
一般的なグリルで焼く形式ではなく、熱源を縦に配置し、肉も縦型に加工することで、コンパクトさを生み出し、狭い屋台軒先でも提供することができる特徴をもった、ファストフードの一種。
「ドネルケバブ!」
思わず叫んだ。なんでケバブ。ドネルケバブ。




