side シグルド①
「で、どうだよ」
聖女と後日の約束を取り付け、彼女が部屋を出ていった後の話である。
ため息をつくように、息を吐きだしたグラムが、もの言いたげな視線を俺に投げつける。
「なんの話だ?」
かわいこぶって首をかしげて見せれば、腹黒勇者とぼやかれた。心外だ。
俺は人当りがとびきりいいだけの男だというのに。
「とぼけんな、あの嬢ちゃんだよ。あんなひょろっこいやつが今回の聖者だ? おつむばっかりでかくたってよ、実際役に立たなきゃ意味がね―じゃねーか」
グラムの言葉に、聖女の風貌を思い出す。
不美人とまでは言わないが、幸の薄そうな女だというのが、初見のイメージだ。
肩甲骨あたりまで伸びた、茶色がかった黒髪と、焦げ茶色の瞳。この国には珍しい色彩の女だった。
服の裾から除く手首は細く、飾り気のない指先は真面目さが透けて見えた。
一見すると線の細い、体も存在感も薄い、気の弱そうな女。
「お前は脳みそまで筋肉でできているからな、人を筋肉量でしかはかれないもんな」
「おい」
しかし、彼女の瞳は揺れることなく正面からこちらを射抜いていた。意外と豪胆なのか、頑固なのか。
加え、会話を2、3交わすうちに確信した。この女は小賢しいほど頭の回る女だ。
聖女と聖者の違いだなんて、流しておけばいいものを、言葉の意味を定義することによって、自分の理解の範囲へ落とし込もうとする。儀礼や説明で疲弊した頭でも、理解を放棄しようとしない。
口先三寸でごまかされないのは面倒くさい。
頭の回転も速く、頑固。
正直、もうすこし脳が軽い女ならば、扱いやすくて可愛げがあったものを。
「まあ待て、お前の脳の出来を憂いてるわけではないんだ。怒るなって」
「てめーの言い方だと怒らせるつもりしかねーんじゃねーかと思うわ。口が悪いんだよお前は」
「別に、彼女がどんな存在だろうと、かまいやしないだろ。聖者がいれば魔王が倒せる。そのルールは変わらないんだ。最終的に魔王を倒せるならば、どうだっていいだろう」
俺の言葉に、グラムは言葉を濁し、右手で頭をかいた。
「いやまあ、そうかもしんねーけどよ。あんまりな奴だと、お前が色々やりづれーじゃねーか。伝承だかなんだかでは、勇者サマと聖女サマは、イチレンタクショー、なんか一緒にガンバってきましょーねーみたいな感じだったじゃねーか」
グラムの言葉に、俺は目を瞬かせた。
なるほど、言葉は悪いがどうやら俺を心配してくれているらしい。お優しいことだ。
こいつのこういったところは、なんだかんだ悪くない。
目つきも態度も言葉遣いも、言ってしまえば頭も悪いが、もともと根がやさしい男だ。
むかしから変わらない不器用さが心地よかった。
勇者となって、王都にきてからもう何年もたつが、未だに気を遣わず接することができるのはグラムだけだ。周りは俺に清廉潔白、完璧で素敵な勇者様を求めている。
それに答え続けているうちに、もう周りに素の自分を見せる機会も気も、失ってしまった。
お前は俺の母親か、と冗談めかして言えば、「俺はそんな体の中身が真っ黒な奴を育てた覚えはない」と一蹴された。
「俺の弟妹たちはおめーと違って、みんなかわいいやつらなんだよ」
「そうかそうかそれはすごいな偉いぞ立派なもんだ素晴らしい」
「雑か」
弟だ妹だについてのこいつの話は長い。適当な相槌をぶつけて話を終わらせた。
「まあ、あんまりな奴ではないとは思うさ。尻の軽いノータリンというわけでもない。思ったより賢そうだしな。知識というものの価値や、それからもたらされる自分の立ち位置についても一通り把握はしているようだ」
「ほー、なかなか高評価じゃないか」
顎に指をそえたグラムが気の抜けた音を出している。
まあ、高評価は高評価なんだろう。
少し狡猾すぎるのと、頭が回りすぎるきらいがあるが、莫迦より賢い方が、よっぽどいいに決まっている。
「がしかし、それを踏まえたとしても、今回が「聖女」で助かったよ。男だったらどう御すか悩んでたんだよな。女性ならいろいろとやりやすくて助かる」
「おーこわ、おキレーな顔してえげつねえこと考えんのな、勇者サマは」
「ふん、それが俺の生まれた意味だからね。そう、役目を果たすためなら、何だってするさ」
独白のような後半は、グラムには届かない。もとより誰にも聞かせるつもりはなかったが。聖者だが聖女だか、どうでもいい。そいつがいれば魔王が倒せる。その事実だけあればいい。
どんな輩であろうと、利用してやる。
こちらを射抜く焦げ茶の瞳。
薄い体で胸を張って立つ姿。
腹の底に、言いえぬ感情がひとしずく、ぽたりと垂れた。
魔王を倒す。そのために使えるものはすべてを使う。
そう決めている。
「だってそれしか、俺にはないんだよ」
そんなに目を開くことができたのか。
「これが、この世界の、街……!」
俺によって城下町に連れてこられた聖女は、目を最大までかっぴらいて、呆けた顔をさらした。
はぁだ、ほぉだの感嘆を漏らす姿は、しばし目にすることのある、田舎上がりの村娘と何ら変わりはない。
驚きのせいか、衝撃のせいか。ぱくぱくと開閉する唇も、俺の口角を刺激し持ち上げる。
無駄に小難しく動き回る頭の回転も、こうして緩まればいっそかわいげすら感じてくる。
隣で硬直する女に気分が良くなった俺は、「勇者サマ」の微笑みの一つでもくれてやることにした。
「どうだい、アヤ。ここの街並みは、気に入ってくれたか――」
「なるほど、これが異世界ミッドガルドの街並み……思っていたより地球と酷似しています。もういっそ『台湾史』だ『ガリバー旅行記』だを想像していましたが、さすがにそこまでではないのですね。ええと、柱は木造でしょうか。そこにレンガを積み上げていると。ふむ、そうすると、建築的にも西洋式なんですね。魔法が存在していると聞いていましたから、もうすこし魔法を文化的・建築様法に取り入れた街並みを想像していましたが、基本的にはタリン歴史地区のような、俗にいう中世ヨーロッパ寄りのものですね。ん? いやでも、あの街灯は、太陽の様な色合い、そうなるとガス灯……? ええと、あれが発明されたのは18世紀後半、イギリス全土への普及は19世紀に入ってからのはず.この街並みから見て取れる歴史年代にはまだ存在していなかったはずなのですが……ああいえ、ガス灯ではないのですね。マントル部が中にありません、となると、あれこそ魔法的なアレソレで照らしているんでしょうか。ふむ、魔法というものは、様式というより、技術として生活に取り入れられている感じなんでしょうか? いやでも、そうなると卵と鶏の順番問題になってしまいそうな気が―――」
ぱくぱくと開閉していた唇は独白と、思考のアウトプットの為だったらしい。
雪解け後の濁流のように、言葉の奔流が次から次へとあふれ出していく。
前言撤回。
もう少しわーとかきゃーとか可愛げのある反応を見せろ。
実に可愛げのない女である。




