0.プロローグ
「それ」を飲み込んで生きてきた。
咀嚼し嚥下し腹の奥でどろどろに溶かして生きてきた。
そうしてきた。
「それ」は呪いだ。
一度口にしてしまえば、わたしの全身に絡み付いて動けなくさせる。
もしもがあれば、絡み付いたそれは、わたしの四肢をばらばらにしてしまうだろう。
わかりました、と笑わねばならぬ。
頑張ります、と胸を張らねばならぬ。
任せてください、と肯定しなければならないのに。
そのどれもができなくて、中途半端に開いた口からは、乾いた吐息ばかりが漏れた。
こだまでしょうか、いいえ、誰でも。そんな詩がある。
よいことも悪いことも、投げかけられた言葉には、どんな人だって同じように返すのだという、そんなことを綴った詩だ。
周りの誰もがあのやさしい世界の登場人物だなんては言わないけれど。
少なくとも、わたしは、綴葉 文はそうやって生きてきた。
そこにはやさしい理由なんて、どこにもなかったけれど。
そうでしょう、と言われれば、そうですねと。
いやでしょう、と言われれば、いやですねと。
こだまでしょうか、いいえ、よるべない女の悲しいおうむ返し。
何もなかったわたしには、そうすることでしか、周りの輪にいられなくて、必死に笑顔を張り付けた。
身寄りもなく、居場所もなく、しがない大学生でしかなく、生きるすべもろくに持たない女の処世術だった。
でも、今は。
居場所ができた。あたたかな人を見つけた。役割を持ち、生きる意味を見つけた。
ここにいたいと、思ってしまったのだ。
じわりじわりと、視界がぶれる。
飲み下した「それ」はわたしのなかでちゃあんと生きていて、わたしの渇ききった涙腺を刺激しながら転がり落ちた。
「たすけて」
言葉が四肢に絡みつく。
嗚呼、嗚呼言ってしまった。
ついにわたしは。
「無論」
「もちろん」
耳元で聞こえた声に顔を上げる。
そこには、嗚呼、そこには。
「絶対に、たすけてみせる」