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89 その胸に秘めたもの

 メルを風呂に案内して部屋へ戻ると、少し眠そうな顔でクラウが「お帰り」と迎えてくれた。


「メルは一人で大丈夫?」

「湯船張ってやったら喜んでたぞ。あ、湯船ってのは風呂のことな」


 長い足を立ててベッドの前に座るクラウの横に並んで、俺はようやく落ち着いたと息を吐き、「なぁ」と話を切り出した。


「どうしてこんなことになった?」


 この状況を少しでも把握したいと思う俺に対し、クラウはあまり話したくなさそうな空気を漂わせている。


「美緒が苦しむ姿は見たくないだろってハイドに言われた。だから自分の世界に帰れってさ。それって、美緒が向こうで苦しむってことだろ? どういう意味なんだよ」

「それは、ここに居る間は内緒にさせてもらえないかな?」

「はあっ? 知ってるなら教えろよ」


 クラウは否定しなかった。

 俺はクラウの前に飛び出して、衝動的にその胸ぐらをつかむ。


「アイツの危機に俺がここにいるなんて、それこそハイドの思う壺なんじゃないのか? あのティオナだってグルなんだろ? ハイドが俺をこっちに戻そうとした時、俺が「はいそうします」って言ったら、ティオナが出てきて門を開けたはずだ」


 俺がハイドと『次元の(はざま)』に居た時、門は閉まってた。だから、そこを超えるにはティオナの力が必要だった。


「ティオナはどっちの味方でもない中立だって言ってたよ。大丈夫、ミオや女の子たちは親衛隊の三人が守ってくれるから。それに、僕がこっちにいるうちは誰も彼女たちに手を出せないはずだよ」


 クラウは抵抗せず、ただ俺をじっと見つめて説明した。


「はず、って。そんな曖昧(あいまい)な言葉、納得できねぇよ」


 ゆっくりと(あご)を引いたクラウから手を放して、俺は再びその横へと姿勢を戻した。


「けどお前が教えてくれないなら、その大丈夫って言葉を信じるしかないだろ? アイツに何かあったら、俺はお前を恨むからな」

「わかってる」


 神妙な顔で呟いて、クラウは細く長い息を吐き出した。そして足元に置かれたガラステーブルの奥を見つめながら、ゆっくりと話を始める。


「今回こうなったのは、僕が聖剣を抜けないからなんだよ」

「聖剣って、中央廟(ちゅうおうびょう)の下にあるってやつか?」

「そう。中央廟の最下層。聖のゆりかごには、あの国が厄災に見舞われた時に魔王が国民を守るための剣が台座に刺さった状態で眠ってるんだ。来月20年ぶりの建国祭があって国民にお披露目する予定だけど、いざ抜こうとしたらビクともしなくてさ」

「まさか、魔王に剣を抜かせる為に騒ぎを起こしたのか?」


 セルティオの猛攻(もうこう)を受けて、異世界人であるチェリーは大怪我をしたのだ。


「ふざけんなよ……」 

「結局、今回も僕は聖剣を抜けなかった。もう建国祭どころの話じゃなくなってしまうかもしれない。聖剣を持ってこその魔王だからね。祭にはそれを知らしめる役割があるんだよ。前回はメルの一つ前の王――メルの父親が舞ったんだ」

「踊るのか?」


 太極拳の演武のようなものだろうか。


「そうだよ。メルが即位した時期は祭に被らなかったけど、クーデターが起きた時にあの剣で戦ってる。だから魔王は剣を抜くものだと疑いもしなかったのに、僕のときは(がん)として台座から離れてはくれなくてね。それが今のグラニカにとって不安因子ってことだよ」

「つまり、お前がその剣を抜けば問題ないってことだな?」

「そうだね。僕は王として向こうの世界に歓迎されてると思ってたけど、元はこっちの人間だ。こっちに未練があるから抜けないんだとか言う人もいたりね。けど、僕が断ち切らなきゃならないのはこの世界じゃなくて、メルなんだよ」


 メルーシュとクラウに何かあったかなんて、クラウを見てれば何となくわかる。


「ダメなのか? メルのこと思ってちゃ」

「メルが王位を追放させられたのは、メルのせいじゃない。クーデターを起こした奴らがメルを(あお)ったせいなんだけどね。それでも、追放された王と現王が恋仲になんてなったら、面白くないやつはいる」

「恋仲って……」

「まぁ、メルは記憶を失ってるから、僕がメルーシュの影を追ってるだけなんだけど」


 それが剣を抜くことに直接関係あるのかどうかは分からないが、メルが今の姿になって10年の間、クラウはずっとそんな気持ちでいたんだろうか。


「だったら、何で俺をメルのところにやったんだ? 心配じゃなかったのか?」

「何それ。うぬぼれてるの?」

「ちがっ。そうじゃなくて」

「メルの仕事を僕が手伝うわけにはいかなかったからね。覚醒騒ぎで孤立していたメルを、お前なら救ってくれると思った――正解だったでしょ? それに、僕が好きだったのはメルじゃなくてメルーシュだから」

「違うだろ。好きだったじゃなくて、今もメルが好きなんだろ?」


 そう言うと、クラウは俺から視線をそらして「そうだね」と答えた。


「辛いんだったら、メルーシュの事を忘れる魔法とかもあるんじゃないのか? リトさんの連れてたおばさんにやったようにさ」

「そうしたくないのは僕のエゴだよね」


 クラウは首を何度も横に振って、膝を抱えた。


「よくよく考えたら、メルのことをよく思っていない人は多いけれど、今回の騒動には関係なかったのかもしれない」

「メルはイレギュラーだったってことか? 確かにアイツが城に居たのは偶然だ。俺が城に来たのを追ってきただけだし」

「メルも、ユースケも色んな人を巻き込んでしまってすまない。僕がこんなだから、元老院から、こっちの世界の女子を集めないかって話が持ち上がったんだよ」


 メルが忘れられないなら嫁をめとれと言われたんだとクラウは説明する。

 魔王様でこの美貌で選び放題。羨ましい。DNA的には一緒の筈なのに。


「それで巨乳ハーレムができたのか。けどなんでこっちの世界から? 向こうにも美人はたくさんいるだろ? 異世界人とだと遺伝子的になんかあるのか?」


 それは俺がずっと疑問に思っていたことだ。

 けれど、クラウはそこで黙ってしまった。躊躇(ためら)った顔から答えを引き出すことができないまま、メルが下の階から俺を呼んだ。


「これは僕に与えられたチャンスなんだ。そして、試練だと思ってる」


 独り言のように言って、クラウはその言葉を繋げた。


「向こうの世界に戻った時、僕はどうしてもあの剣を抜かなければならない」

「方法は分かるのか?」

「何となくね」


 あんな騒ぎまで起こしても、国はクラウを国王にしたいと思ってる。それは事の中心にいるハイドの口からも聞いたことだ。


「お前はあの国に愛されてるんだな」

「今回の事は僕の力不足が招いた結果だ。元老院は最善だと思っているんだろうけど、このやり方は間違っていると思うよ」


「ユースケー」


 メルからの催促(さいそく)に、俺たちの会話はここで終わりとなってしまった。俺は「おぅ」と大きく答えて立ち上がると、クラウを振り返った。


「お前が行ったほうがいいんじゃないか?」

「変な気分になったらどうするんだよ」


 まさかの返答。「少し仮眠させて」というクラウに、俺は「じゃあ」と部屋の扉を開けた。

 むんとした外気が流れ込んできて、エアコンの素晴らしさを実感する。


 風呂場に行くと、湿度マックスの脱衣所でメルが髪をびしょびしょに濡らしたまま、タオルを体に巻き付けて俺を待っていた。バスタオルが若干小さく、平たい胸と股がギリギリで隠れている状態だ。


「遅いわよ、ユースケ。お風呂このままで良かったかしら?」


 俺は「おぅ」と(うなず)いて湯船の栓を抜いた。

 何だかいけないことをしているような気分になって、思わず視線を逸らしてしまう。クラウじゃなくて俺が来たのは正解だなと実感しながら、とりあえず洗濯機の上に畳んであった宗助(そうすけ)のTシャツを被らせた。丈が長くてワンピースのようになっている。


 洗面台から母親のドライヤーを借りて、俺は椅子に座らせたメルの髪を乾かしてやることにした。


「こんな小さい所から熱い風が出てくるの? この世界は魔法だらけね」

「魔法じゃなくて、科学の力だよ。俺も詳しくは分からないけどさ」

「凄いわ」


 にっこりと微笑んだ顔をそっと不安げにひそめ、メルは俺を見上げた。


「チェリーは無事かしら。ヒルドのことも気になるし。リトは立派な治癒師だから心配ないとは思うけれど、こんなに離れていると悪いことばかり考えてしまって」


 逆境に強いだろうヒルドはきっと大丈夫だと思う。けれど、チェリーの状態は深刻だ。セルティオの毒液を浴びて、ぐったりとしていた。


「俺たちは、どうやってでも向こうに帰らないとな。それまでは無事を祈ってようぜ」

「そうね」


 不安げに頷くメルの前髪をぐしゃぐしゃっと手でとかしながら、俺はクラウのことを聞いてみる。


「ところで。メルはクラウのことどう思ってる?」

「えっ……クラウ様が何か言ってたの?」

「いや」


 咄嗟(とっさ)に俺は否定したが、メルは「嘘が下手ね」と苦笑する。

 見た目は小さなメルだけれど、不意に大人びて見えることがある。

 今もそうだ。それは山で俺を襲った赤い目の女とはまた別の人のように思える。


「もしかして、昔のこと思い出したのか?」

「全部じゃないのよ? 心配するからクラウ様には言わないで。これは私じゃないの。私の中に別の人の感情が入り込んでる感じで」


 メルは俺にその事実を隠そうとはしなかった。


 異世界転生した少年は、異世界の魔王と恋をした。

 恋心を秘めたような表情で(うつむ)くメルを見て、俺はそんなラノベのあらすじみたいな状況を妄想しながら、フワフワのメルの髪を乾かしていった。


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