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73 忘れていた記憶

 決行する、と誰かが呟いた。

 けれど、もちろん俺の耳には届いていない。


「おやすみ、メル」


 川の字に並べた三台のベッドの真ん中で、俺は右隣りのベッドに(もぐ)ったメルにそんな声を掛けて横になった。

 反対側のベッドでは、既にヒルドが就寝中だ。見るからにそうだとは思っていたが、酒の飲み過ぎだ。プンとその臭いを漂わせながら、「ぐぉうぐぉう」と激しいいびきを繰り返している。


「おやすみなさい、ユースケ」

「寝れるか? 何なら()()か誰かの部屋に行ってもいいんだぞ?」


 メルは月明かりの差し込む窓を背に、「大丈夫よ」と俺を振り向く。


「ここはメル隊の詰め所だもの。みんな一緒に居なきゃ」

「そっか」


 目を閉じるメルにもう一度「おやすみ」を言って、俺は再びヤツの視線を感じてハッと自分の足元を見た。


 「うわ」と音にならない声を上げる。何度視界に入れても慣れない視線。

 ギラギラと存在感を放つヒルドの自画像は、むしろ魔よけのような気さえした。


 布団を目元まで被って、今日一日を振り返る。

 朝、マーテルさんが俺をクラウの弟だと言って迎えに来てから、何やら色々ありすぎて数日経った気分だ。

 クラウに会って、メルたちが来て、中央廟(ちゅうおうびょう)にも行った俺は、最後にハーレムメンバーにも会うことが出来た。


 詰め込み過ぎな1日だったけど、美緒と仲直り出来て本当に良かったと締めることが出来る。


 けど。


「あれ――」

 

 ふと、頭の中で何かの場面が俺に呼び掛けるようにチラついた。


 小学校の高学年くらいの時、一度だけ美緒が心を閉ざした時期がある。

 それまで何の前触れもなく、突然訳も言わずに学校を休んだのだ。

 登校拒否――とはいえ、一週間もなかった筈だ。理由を聞けないままあっという間に元通りになったせいで、俺にはあまり印象に残らなかった。


「美緒……」


 布団の中に呟いた名前が、あの時の俺の記憶とリンクする。

 まだ夏になる前の、涼しい頃だった気がする。


 美緒の家の前で、俺は何度もアイツの部屋へ向けて呼び掛けたが、反応は全くなかった。

 それなのに、ある日突然何事もなかったように学校へ戻って来たのだ。


 あれは、結局何だったんだろう?

 現実と夢の間を彷徨(さまよ)っているうちに、俺はいつしか寝てしまったらしい。


『えいくん……』


 そして俺はまたこの夢を見ていた。

 兄を思って泣く夢は、偽りの記憶だという事を、俺はもう知っている。それなのにどうしてまたこの夢を俺に見せようとする?


 俺の兄・瑛助(えいすけ)の死は、彼本人が異世界にクラウとして生きる決意をしたことで俺たちに植え付けられた『偽りの現実』なのだ。だから、俺が兄の死を(いた)んで泣く光景はただのインプットでしかない。

 実際は俺が小5の時――『瑛助の死』がインプットされる『決意の日』まで、兄を存在ごと忘れていたのだ。


 それなのに、夢はいつもより鮮明に俺に語り掛けて来る。

 

 俺の、家の……中?

 まだ仏壇のない広いリビング。


『どうしたの? なんで泣いているの?』


 その声は……まだ小さな頃の俺だった。

 じゃあ、泣いているのは俺じゃなくて……。


『えいくんが、いないの』


 美緒……なのか?


 ――――?


 全身が猛烈に騒ぎ出す衝動に、俺は一瞬で覚醒し布団から飛び起きた。

 全身が汗だくだ。


 月明かりにぼんやりと照らされた青白い静寂(しじま)に、ヒルドとメルの寝息が響く。

 俺はうるさく暴れる心臓を強く押さえて、左の手首を見やった。この世界に来てからずっと外していない腕時計は、11時を示している。


 この世界のモンスターは夜型だ。だから、その時間を過ぎたら無許可で外を出歩いてはいけない。

 けれど、外に行くわけじゃない。


 俺は美緒に会わなければならなかった。

 女子たちの部屋はこの部屋の並びだ。しかも丁寧に、入口の扉には向こうの文字で部屋主の名前が書かれている。


 俺はさっと着替えをして、2人に気付かれないようにそっと廊下に飛び出した。

 メルの言いつけを聞いて、ちゃんと剣もつけている。


 『みお』と書かれたプレートは、俺の部屋から一番離れた扉に()げられていた。

 トントン、トントンと控えめに何度も扉を叩く。


 10回ほど鳴らしたところで部屋の奥に物音がして、俺は手を止めた。

 近付いてくる足音に、「俺だ」と声を掛ける。


「ゆうくん?」


 すんなりと扉は開いて、目をこすりながら美緒が出てきた。何故かチャイナドレスのままだったが、俺はその姿を見て衝動的に涙が込み上げた。


「あの、俺……」


 上擦(うわず)ってしまう声を飲み込んで、大きく深呼吸する。

 興奮は全然収まらなかったが、確信と不安と、とにかくその事実を確かめたくて、俺はその言葉を絞り出した。


「美緒……お前が瑛助の保管者だったのか」


 その瞬間、美緒が困惑と涙の衝動を顔いっぱいに広げた。

 迷いが確信に変わる。

 俺は部屋に入り込むと、震え出す彼女の身体を必死に抱き締めたのだ。


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