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58 彼にかける最初の一言

 佳奈(かな)先輩の突撃訪問の余韻(よいん)に浸った俺は、ふと思い立ってバルコニーに近付いた。

 庭には色とりどりの花が咲いていると聞いていたのを思い出したからだ。もしかしたら、美緒(みお)が居るかもしれない。


 格子の枠が付いた両開きの窓は、俺の背の倍近くはあるだろう大きなものだ。

 外へ向かって両手で押し開けると同時に、温い風に乗って甘い香りが部屋に流れ込んでくる。


 太陽に向いたバルコニーに下りて、凝った装飾のフェンスまで五歩。目の前に広がった光景に、俺は「すげぇな」と溜息すら漏らしてしまう。

 流石王様の城だ、と言わんばかりの見事に整えられた庭は、俺の想像した何倍も広く豪華だった。大体、このバルコニーですら日本にある俺の部屋より広いのだ。


 残念ながら美緒や赤いチャイナドレスの巨乳少女は居なかったが、遠くで庭師が高い木に梯子(はしご)を掛けて剪定(せんてい)をしているのが見えた。

 黒い城壁は外からは威圧感の塊のように見えたが、こうも広いと中からは圧迫感を感じないし、遠くには海を臨むことが出来た。


 本当に、外国映画に出てくるような『魔王の城』とはかけ離れている。

 クラウが『魔物の王』ではなく『魔法使いの王』なのだから当たり前のことだが、それにしたって外観さえ黒でなければ、美緒の憧れる『プリンセスのお城』そのものだった。


 フェンスに頬杖(ほおづえ)をついてボーッと風景を眺めていると、


「ユースケ」


 突然の声に、俺は我に返ってその主を探した。一瞬誰の声か分からなかったが、答えが出るよりも先にバルコニーの真下で俺に向かって手を振るヤツを見つけて、「ひっ」と短く悲鳴を上げてしまう。


 ――『久しぶり』

 転生者がこの異世界に残る選択をしたとき、向こうの世界での本人は死んだことになるという。

 だからもし、俺の兄貴がこっちで生きていたなら、そんな言葉を掛けようと思っていた。


 思っていたんだけど。


「よぉ」

 

 半分喧嘩腰に、俺はそんな声を投げてしまう。

 けれど俺の気まずさなど気に留める様子もなく、クラウは爽やかな笑顔を振りまいて、右手を振り続けた。


 クラウは相変わらずのイケメンだった。

 最初に会った時と同じように、長い髪を後ろで束ねた王子様ヘア。

 チェリーやメルに似ていると言われて俺はちょっとだけ期待してしまったが、そんな箇所一つも見つけることが出来ない。


 本当にお前は、俺の兄・速水瑛助(はやみえいすけ)なのか?


 首を(ひね)る俺に「ちょっと待ってて」と声を掛け、クラウは白いシャツの腕を(まく)ると、おもむろにバルコニーの横に生えた大振りの木に軽々と飛びついた。


「えっ?」


 流石に邪魔になるだろうマントはしていなかったが、白シャツに黒いパンツという高級レストランにでも行けそうな格好で、木登りなど似合わなそうな顔がひょいひょいと巧みに俺の居る二階まで登って来る。


 建物一階分の木登りなんてあっという間だった。

 片手を軸にバルコニーへ飛び込んで、クラウは疲れも見せずに全身を払った。


「見かけによらないんだな」

「僕は結構、野生児なんだよ」


 結局『久しぶり』なんて言葉は言えず仕舞いだ。

 俺の描いていた『異世界に行ってしまった兄貴』像は、こっちの世界で異国人だという事を隠しながら、一般人に紛れてひっそりと暮らしているような奴だったのに。


 異世界転生した男が権力を得るだなんて、モロにラノベのパターンじゃないか。


「本当に、兄貴なのか?」


 ってことは、俺の家で仏壇に手を合わせていたクラウは、幼い頃の自分の遺影(いえい)を見ていたことになる。


「多分そうだと思うよ。だから、夕方ティオナの所に行ってみようと思う。そうすれば、少しは分かるんじゃないかな――僕たちのこと」


 奥二重の俺とは真逆の、くっきり二重の目を細めて、クラウはそう提案した。

 ティオナと言えばゼストもその謁見(えっけん)を試みた、次元の間に居る門番の名前だ。


 クラウは「それより」とずっと手に持っていたらしいペットボトルを俺の前に突き出した。


「これは……」

「ゼストが今朝、終業式ってので向こうの世界に行くっていうから、買ってきてもらったんだ」


 俺が前に渡したものと同じ、コーラのペットボトルだ。俺はコレのお陰で今ここに生きていられると言っても過言(かごん)ではない。


「そっか。夏休みになるのか」


 俺や美緒が居ない世界は、何事もなかったように通常運転なのだろう。

 ちょっと寂しいけれど、未だ分からない俺の保管者以外には全く影響のない話だ。


 ペットボトルを受け取る俺に、クラウが「どうぞ」と勧めてくれるが、見るからにそれは開けてはいけないものだった。尋常(じんじょう)じゃない泡が、出口を求めて上に集まってきている。

 これを持ったまま木登りしたら――そうなるよな。


「後でいただくわ」


 黒い噴水を披露してやるのもアリかと思ったが、面倒なことになりそうな気がするからやめておく。


 改めて俺は、俺の兄貴だという魔王クラウザーと向き合った。


「俺は全然、実感沸かないけど。お前は覚えてるのか? 昔の俺のこと」

「いや。僕は覚えていなかった。自分が異世界から来たことは知ってたけど、小さい頃の記憶なんて普通は残っていないだろ?」


 俺もそう思う。

 幼稚園以前のことなんて兄貴が亡くなった時のことはぼんやりと思い出せても、それ以外のこととなるとゼロに近い。


 けれどクラウは「ただ」と呟いて、告白でもするように真っすぐ俺を見下ろした。


「ユースケと会って、少しだけ思い出したんだ。きっとこれもそのせいだと思う」


 そう言って俺に背を向けたクラウは、束ねた髪を横にずらして、俺に首元を示した。


「ユースケに会うまではなかった筈なのに。チェリーにどうなんだって聞かれてね。最近ずっと気になってたことが、確信に変わったんだ」

「あぁ……」


 それを見て俺は、コイツが兄貴だと認めざるを得なくなってしまう。

 俺の首筋にあるホクロと同じものがそこに付いていたからだ。小さい頃から、ずっと兄貴と同じものだと言われてきた。

 酒場に行った帰り、チェリーが俺の首を見て様子が変だったのはこれが原因だったようだ。


 「ね」と微笑んだクラウに、俺は黙ってうなずいた。


「あとね、どうやら僕は君の保管者らしいよ」


「――はぁ?」

「だから僕は、ユースケを思い出せたんだよ」


 俺は唐突に告げられたその事実に、全身を震わせた。


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