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50 俺はその服がたまらなく好きだ。

 ヤシムの店に来て、俺は感動してしまった。


「こんなことだろうと思ってな。ちょっと違うかもしれないが、大した再現力だろう?」


 白髪交じりの顎髭(あごひげ)を得意げに()でながら、ヤシムはカウンターにその服を広げた。

 紺色のジャケットに、グレーのチェック柄のパンツ。そして、白いシャツの首に引っ掛けてあるのは、赤と細いシルバーの斜めストライプ柄のネクタイだ。


「俺の制服! ヤシムさんが作ってくれたんですか?」


 制服姿の時に一度会っただけなのに、ほぼ忠実に再現されている。胸のエンブレムがないのとパンツやネクタイの柄のパターンは少し違うが、そんなのは全く問題ない。

 メル戦で血だらけのボロボロになり、もはや諦めていた『異世界を制服で過ごす』という俺の野望が突然復活したのだ。


「そうだ。ネクタイってやつが良く分からなくて、昨日ゼストに形を聞いたんだ。スゲェだろ。良かったら着てくれや」

「いいんですか?」

「もちろんだ。メルと討伐に行ってきたんだろ? 大変だったな。お陰でまたあそこの風呂に入れるってもんよ」


 緋色の魔女に気をつけろと言った彼は、メルがああなることを知っていた。

 そして俺は、さっきヒルドに同じセリフを伝えたのだ。その時の気持ちに、俺はふと疑問を抱く。

 これって、もしかして――。


「ヤシムさんて、もしかしてメル隊にいましたか? だから俺にあんなこと」


 まだメンバーがたくさんいた頃、討伐でメルは俺の時と同じように『緋色の魔女』へ変身したという。それがきっかけで、誰も隊に入らなくなってしまったのだ。


 「バレちゃ仕方ねぇ」とあっさり認めたヤシムの横で、ゼストは「メルも今のままって訳にはいかなくなってんだろうな」と溜息を漏らす。


「国民は前王が死んだと思っている奴の方が多い。けど、そう頻繁(ひんぱん)にあっちの姿を見せてはバレるのも時間の問題だろうし、隠し続けようものなら悪い噂が立つだけだろうよ」

「すぐにどうこうって話じゃねぇだろ。俺は今のままの小さいメルか好きだぜ? 可愛いだろう? 彼女の服を作るのは、俺の生きがいなんだからな」


 小さなメルのワンピースに刺繍を入れているヤシムの姿を重ねて、俺は「そういうことですか」と小声で頷いた。


「ところで先生、ヒルドさんは大丈夫なんですか?」

「アイツは自分の事を剣師なんて言ってる位だから、平気だろ。ヘマさえしなきゃな」


 やっぱりそこがポイントらしい。


「何だゼスト。メルはまた別の奴連れてったのか? まぁ、あれは洗礼みたいなもんなのかもしれないな」

「洗礼、って……」


 俺は死にかけたんだけど。ヤシムは上機嫌だが、俺はヒルドが帰ってきたら、せめて「お疲れ様」と声を掛けようと心から思った。


「それより早く着替えて来いよ」

「あ、はい!! 有難くいただきます!」


 俺はフワフワでフリフリの洋服が並んだ通路を抜けて、示された奥の更衣室に入り込んだ。

 四面鏡張りの小さな更衣室は、妙に恥ずかしい。

 チェリーに借りていた服を脱いで、俺は真新しい制服に着替えた。


「おぉいいね。流石、俺。サイズもぴったりだな」


 出て行ってすぐに、ヤシムの声が飛んでくる。

 なんだかちょっと照れ臭い。


「いいねいいね。ヤシムさんはやっぱ天才だな。今度、俺の服にもギラギラのラインとか入れてくれよ」


 ゼストは藍色のタキシードの襟をつまんで、ヤシムに提案した。

 絶対に悪趣味だと思うのに、ヤシムが「おぉ、それはいいな。引き立つね」と同意するものだから、俺が「やめたほうがいい」なんて言える状態ではなくなってしまう。


「あと、兄ちゃんにもう一つ見てもらいたいものがあるんだ」


 ゼストの要求をメモしたヤシムは、ペンを置いて奥のロッカーから赤色の服を抱えて戻って来る。


「それは!!」


 感動して声を上げてしまい、俺はハッと口に手を当てがった。

 見たことのあるデザイン、というより俺がデザインした巨乳ハーレムのメンバーが着るチャイナ服である。

 胸のボタンも、スリットも、丈の短さも俺が想像してた以上の完成度だ。


「まだこれ一着しかできてねぇんだけどな。どうだ? こんな感じでいいか?」


 俺の下手な絵が、ちゃんとした現物になって出てきて心臓が高鳴った。

 これを何人もの巨乳美女が着るんだと想像しただけで顔がにやけてしまう。

 「いいです、完璧です!」と俺は勢いよく挙手した。


「もうサイコーじゃねぇか。ユースケ、お前も好きモノだな」


 ニヤニヤと表情を緩ませるゼストは、頭に先輩の顔でも浮かべているのだろうか。

 俺は「でしょう?」と答えて、


「親衛隊のハイレグよりは地味ですけどね」


 と、謙遜(けんそん)してみた。

 親衛隊のハイレグ衣装をデザインしたのがゼストだと、ヤシムに聞いている。


「そんなこたぁねぇよ。これだって立派にエロいぞ」

「俺はチャイナの胸の所が好きです」

「だよなぁ。この、ぱっつんと張った布の中で胸が窮屈(きゅうくつ)そうにしてるのがたまらねぇんだよな、この服は」

「それですそれです!」


 まだ午前中だというのに、どんどんゼストに引っ張られてしまう。

 もう、ゼストは親衛隊とか教師とかいう肩書は捨てて、更に『普』の字も捨てて、『(ちち)普及協会』の会長を名乗り出た方がいいと思ってしまう。


「あとはこのスリットっていうヤツだ。俺は向こうで初めて見た時、神の悪戯かと思ったね」


 もちろん、異論はない。

 ヤシムが作ってくれたチャイナのスリットは、俺の絵よりもさらに深くまで切り込んであることに気付いて、思わず「うわぁ」と歓声を上げてしまった。


「スリットの魔力はケタ外れでよ。敵がこんなの着た美少女だったら、俺は負ける自信があるぜ」

悩殺(のうさつ)させられちゃいますね」


 俺たちは鼻息を荒くしながら、チャイナのスリットの場所を何度もめくって、怪しい妄想を膨らませていた。


 そして俺は、このチャイナを着た美緒を妄想しながら何度もヤシムに礼を言って店を出たのだ。


   ☆

 町で昼飯を食べ、ゼストの店に戻った俺たちは、店の裏に停めてあったトード車に乗り込んだ。荷台のない、二人乗りの小さなものだ。


 「じゃあ行くか」と腕時計に目をやるゼスト。良く見ると、日本製で有名なメーカーのものだった。


「どこに行くんですか?」


 町の中心を抜けるメインストリートに出ると、ゼストはトード車をメルの家がある方角へ走らせ、横に座る俺を一瞥(いちべつ)する。


「本当は中央(びょう)に行きたかったんだけどな。ティオナが多忙でアポが取れなかったんだ。代わりに良い情報仕入れたから、特別にセッティングしてやったぞ」

「セッティング?」


 何のことだろうと首を傾げると、ゼストは「ふっふっふ」と意味深な笑い声を立てて、キラリとキメ顔を俺に向けたのだ。


「感謝しろよ。及川に会いに行くぞ」


 その一言で、俺は頭が真っ白になってしまう。

 想定外すぎる喜びをすぐに実感することが出来なかった。

 だから。


「ええええっ?」


 俺が驚愕の悲鳴を上げるまで、10秒以上かかってしまったのだ。


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