45 煙の中から現れた治癒師
おかっぱ男のヒルドに過去の詳細を聞いて、ゼストは困惑混じりに「すまねぇ」と両手を合わせた。
何でも彼の話では、兵学校とやらのバトルトーナメントで戦った一回戦の相手がゼストだったというのだ。
全部で10人とかならともかく、決勝まで10戦もあると聞いては、そりゃ無理だろうなと思ってしまう。
しかも、隣のクラスだろ?
俺だったら絶対覚えてない自信がある。
結果は勿論ヒルドの一回戦負けで、ゼストの優勝だ。
まぁ、さっきの戦いを見ても納得だけれど、彼が居たおかげで俺たちが生き残れたのも事実だから、
「さっきは本当に助かりました」
と、俺は頭を下げた。
途端にヒルドの表情が晴れやかになる。分かりやすい人だ。
「いやぁ、礼を言われるほどの事じゃないよ。僕は、やれることをしただけさ」
さらりとした前髪をかき上げてキザっぽく歯を見せて笑う姿に吹き出しそうになるのを、俺はぐっと我慢する。
ヒルドは振り返り様に掌でゼストを指して、にっこりと笑んだ。
「僕を覚えてなくても、気になんてしてないからね。ところでゼスト、さっきその少女とやった剣の技だけど、良かったら一度僕にも撃ってくれないかな?」
「ん? あぁ、雷落とすやつか?」
「そうそう」と興味津々のヒルドに、ゼストは彼が壁から引き抜いた剣を一瞥して「無理だな」と即効言い放った。
「何でゼスト! 僕が嫌いなの?」
「はぁ?」
何でそうなる?
一瞬起きた沈黙を破るように、ゼストが「あのなぁ」とヒルドを宥める。
「そんなヤワそうな剣で、俺のスペシャル級の雷喰らったら、剣が壊れてお前にダメージが行くって事だよ」
「ええっ。そうなの?」
ヒルドは愕然とした表情で俺たちを見回すが、生憎ゼスト本人以外にその詳細を知っている奴は居なかった。
炎を付けた時は俺のなまくらでも耐えられたが、確かにあの雷が落ちたら折れてしまいそうだ。
「第一よぉ、そんな趣味悪ぃ剣、よく使えるな?」
「ちょっと。ひどいこと言わないでくれる? これは僕がオーダーメイドで作って貰ったものなんだからね?」
ヒルドは自分の剣を鞘ごと必死に抱き締めた。
鞘や柄に散りばめられた赤や青の統一感のない宝石は、お世辞にも趣味がいいとは言えないし、俺も使いたいとは思えなかった。
「外見はともかく、そんなんじゃ無理だって事だ。メルのは俺の爺さんが打った特別仕様なんだよ」
ヒルドはメルの背中にある大きな剣をじっと見つめ、長い溜息を漏らす。
「僕の剣より彼女の剣の方が良いっていうなら、僕にもその剣を打ってよ。君も鍛冶師なんでしょう?」
「全く同じにはならんし、そんな趣味の悪い宝石付けられるのはごめんだけどな。それに、俺は高いぜ?」
「構わないよ。この宝石たちは、後で僕が貼れば済むことだからね」
貼る?
「それって貼るものなんですか?」
思わず俺は声に出して尋ねた。
まさかその剣の石も両面テープとかボンドで貼ってあるのか?
それって女子の間で流行ってる『デコる』ってヤツでは。
ゼストは怪訝な顔を傾けているが、ヒルドは自信気な笑顔を振りまいてくる。
「これには僕の繊細な美的センスがいるからね。これも僕が付けたんだ。どこの鍛冶屋も僕の感覚にはついてこれないのさ」
「そ、そうですか」
「まぁ、売った後のことは好きなようにしてくれ。それよりお前、怪我してるだろ。そっちが先だ」
ゼストの言葉に、当の本人が「えっ? 僕が?」と自分を指差した。
流血さえ見当たらないが、ジーマとの戦闘で俺より大分打撃は受けているはずだ。
ゼストは「痛くねぇのか?」と彼の腕を掌で叩く。
「ひぃぃいいい」
激痛に顔を歪ませたヒルドの悲鳴が、店の外まで響き渡る。
今になって痛みを実感したのか、背中を丸めて「痛い、痛い」と声を上げ続けた。
「先生、こっちってヒーラーみたいなのが居るんですか?」
魔法世界での治療と言えば、ヒーラーだと俺は思った。
「あっちだとゲームとかでそう呼ぶよな。けど、こっちだと『治癒師』。やってることは一緒だ。お前も一緒に額を診てもらえよ」
「あ、はい」
すっかり血も乾いた額は、手で触れるとジワリと痛いくらいだ。
「お前が崖に落ちた時は間に合わなかったが、アイツ今日は暇なはずだ」
ゼストは右手を天井に構えて、何やらボソボソと呟いた。
ふわりと彼の掌に沸いた白い光が、ポッと弾ける。
そういえば俺が崖に転落して骨を折った時、治してくれたのは専門の治癒師ではなかったらしい。その人と、あの黒い液体と温泉のお陰で、今はもうすっかり元気だ。
「因みに、お前の肋骨の骨を繋いだのは俺だからな」
「先生が? しかも肋骨って!」
思わず両手で自分の胸を押さえてしまう。
心臓に剣を刺されたり、崖から落ちて肋骨を折ったりと、昨日の戦闘は俺にとって相当酷なことだったらしい。
「ありがとうございます」
「お前は俺の教え子なんだから、全然気にしなくていいぞ――おっ、来たな」
ゼストは「来るぞ」と一言強く言って、天井や部屋の隅に視線を巡らせる。
俺は、隣に並んだチェリーにボソリと聞いてみた。
「どんな人が来るんですかね?」
「そりゃあ、ゼストが呼ぶ治癒師って言ったら一人しかいないわ」
「そうなんですか?」
呼び出しをしてから登場までが、ゼストたちと比べてやたら早い。
「来ましたよぉ」
緊張感の抜けるその声に懐かしさを感じて、俺はハッと一人の少女の顔を頭に浮かべた。
店の中央にモクモクと白い煙が湧き出し、俺の身体より大きくなったところで満を持して彼女はその中から登場したのだ。
「リトさん!?」
メガネの似合うその彼女は、俺がこの世界に来る時に、『次元の間』で会った少女だ。
久しぶりに目にした黒タイツとハイレグの共演に、俺は心の中で「やったぁ」と叫んだ。