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31 安堵と不安と色仕掛けと。

 「ごめんな」と「無事で良かった」を何度も繰り返す。

 メルはそれに「うん」と「ううん」を重ねて、包帯だらけの俺の胸にぎゅっと抱きついてくれた。


 彼女を責めようなんて思っていない。

 ただ、俺がアホなことをして招いた結果で、メルが悲しむことが一番辛かった。


「メル……」

 

 謝罪を込めてもう一度彼女を抱き締めたところで、


「はい! じゃあこの辺で、感動の抱擁(ほうよう)はおしまいよ」


 パンパンパンとチェリーが手を叩いて、その感動のシーンは強制終了となった。


「話し出したら長くなりそうだし、先にご飯にしましょうよ。もう、お互い敵じゃないって決めたんなら、難しいのは後よ。私、おなかペコペコなんだから」


「メシ?」


 大分現実的な話だ。

 けれど確かにお腹は空いている。もう窓の外は暗くなりかけているのに、俺は朝ごはんの途中にカーボに襲われてから、何も口にしてはいなかった。

 グルグルと鳴り出した腹を押さえてメルと顔を見合わせると、彼女は小さく笑顔を見せて俺の腕を離れた。


「メルは夕飯作るの手伝ってくれる?」

「はいっ」

「それなら、俺も手伝うぜ……ウッ」


 タタタッとチェリーに駆け寄るメルを追い掛けて俺も立ち上がるが、脚にかけた体重が全身に響いて、針を突き刺したような痛みが駆け抜けていく。


 「駄目よ、ユースケ」とメルにベッドへ押し戻され、俺は素直に従った。

 こんなやり取りまで懐かしいと思える。

 俺たちがいつも通りで居られるのは、チェリーのお陰だ。ここに彼が居てくれて本当に良かった。


「メルの言う通りよ。それに貴方じゃカーボをさばくことが出来ないでしょう?」

「えっ?」


 またカーボだと?

 またアイツを食べる事になるとは――いや、今日の夕飯が奴だってことを、俺は朝から知ってたはずだ。


「え、じゃないわよ。貴方たちが倒したんじゃない。あんなに大きくて驚いたけど、頑張って運んだのよ?」

「か、担いで?」

「貴方、私のこと超人みたいに言わないでくれる? 貴方と並べて、ちゃんと荷台で運んだわよ」


 今朝倒した巨大カーボは俺の身体より大きかったから現実的に考えればそうだろうが、チェリーならやりかねないとも思えてしまう。

 そうか、俺はアイツと一緒に運ばれてきたのか。


「チェリーさんは、動物さばくの平気なんですか?」

「私、学生の時スーパーの食肉のトコでバイトしてたから。魚はちょっと苦手なんだけど」


 もう、その女装がただの仮面にしか見えなくなってくる。

 リトも凄い人を連れてきたものだ。クラウは奴が男だって気付いているのだろうか?


   ☆

 一時間も経たないうちに、部屋にはいい匂いが漂ってきた。

 一人ベッドで休んでいると、トントンとドアがノックされる。メルかなと少しだけ緊張を走らせたが、投げキッスとともにチェリーが現れた。


「メルじゃなくて残念とか思ったでしょ」

「いえ、ホッとしました」

「まぁ、そうだと思ったから私が来たんだけど。メルからの差し入れよ」


 ちょっと待て。

 メルと二人きりの気まずさを回避できたことには礼を言うが、その手に持っているのはまさか。


 美味しそうな夕飯の匂いに、記憶にまだ新しい臭いが絡みつく。

 慌てて起き上がった俺の横に滑り込んできて、チェリーは手にしたマグカップを俺の口に寄せて来た。

 鼻をつく湯気からの悪臭に、ドロドロとよどんだ黒い液体。


 二度とこの世界で風邪を引かないと誓った俺が、同じ日にまたこれを飲む状況を強いられるなんて。


「俺、風邪はもう治ったと思うんですが」

「風邪? あのコ、これは万能薬だからって言ってたわよ? けど、貴方こんなの飲めるなんて偉いわね。一度飲んだことあるんでしょ?」


 あぁそうか。肝心なところの記憶が抜けていたようだ。

 この世界に居ると、風邪どころか弱っただけで、この薬を飲むというクエストが発生してしまうらしい。


「いえ、飲まされただけです……」

「あんな可愛い子に言われたら、断れないわよね」


 うふふ、と見透かした表情で微笑んで、チェリーは俺の手にそのカップを握らせた。


「じゃあ、今は私の為に飲んで」

「ええっ?」


 これ以上、チェリーの色気アピールはいらないから。

 俺は自分でも驚く程に呆気なくカップに口を付けて、その薬を飲み干したのだ。


「うぅ……」

「すごいわね、貴方」


 チェリーも目を丸くして、俺が差し出した空のカップを受け取った。

 あんなに嫌だったのに、飲んでみてやっぱり不味いと思えるのに、もう二度と飲みたくないという気持ちが薄らいでしまうのが怖い。


 頭を抱えて息を整える俺の背中をさすりながら、チェリーは雰囲気のある溜息を漏らしてその話をした。


「彼女、崖の上で泣いてたの」


 それは、俺が崖下で意識を失っている時の話だった。


「私は緋色の魔女の事は詳しく分からないけど、小さなあの子がボロボロの恰好で泣いてて、声を掛けたら貴方が落っこちたっていうからゼストを呼んだのよ」


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