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30 俺にお前の色気アピールは無用だ!

 それが例え作り物の胸であっても、この世界に踏み込める理由になるのだろうか。


「貴方と私は仲間ね」


 まさか彼も誰かの保管者で、その子を助けるために女装までしてここに来たという事だろうか。その手段で自分もハーレム女子に紛れたというのなら、凄いなと素直に尊敬できる。


「まさか、あの門を潜ってこの世界に来る男が居るなんて思ってもみなかったわ」


 いや、貴方も男じゃないですか――口から出掛けたツッコミを、俺はグッと飲み込んだ。


「ちぇ、チェリーさんは、魔王の集めている、お、おっぱいのハーレムに入るためにここに来たんですか? 誰かを追ってきた、とかじゃなく……」

「そうよ」

 

 そうなのか……。

 トロンと微睡(まどろ)んだ表情で言われると、どう返していいのか分からなくなる。


「えっと、ゼストさんに誘われたんですか?」


 中身はどうであれ、魔王ハーレムのメンバーとしてこの世界に来たという彼には、色々話を聞きたかった。

 俺はまだこの数日で起きた出来事を夢の話なんじゃないかと思っているところがあったが、初めて遭遇した同じ世界の彼の存在に、現実を突き付けられた気がした。


 チェリーはベッドの縁に腰掛け、「違うわ」と俺に向けて上半身を(ひね)る。


「私をこの世界に連れてきてくれたのは、リトっていうお嬢ちゃんよ」

「あぁ! あ――そうですか」


 その名前を聞いて、俺は納得した。

 リトと言えば、俺がこの世界に来た時に門の前で偶然会った黒髪の少女だ。

 親衛隊の1人で、ハーレムメンバーを探すのに熱心だったようだが、あの時連れていたのが巨乳どころか巨体のアラフォー女子で、クラウに即却下されていたのだ。つい数日前の事なのに、やたら懐かしく感じてしまう。

 あの感覚じゃあ、チェリーを連れて来るのも納得だ。


「俺もリトさんに会いました。可愛いですよね」

「そうね。私の方がいい女だけど」


 物凄い自信だが、俺はリトさんの方がタイプだ。

 どうやら彼は根っからのこういう人らしい。


「ゼストはあっちの世界にも詳しいから、何度か話しているのよ。今回は大分お世話になったから、貴方も会ったらお礼を言ってあげて」

「そうだったんですか」

「えぇ。ここに運んでもらってすぐに、忙しいからって行っちゃったのよね。けど、また様子を見に来るって言ってたわ」


 全然気付かなかった。俺が不本意ながらもチェリーの乳を揉みながら夢を見ている間、色々あったようだ。


「でもどうして俺を見つけてくれたんですか? あそこは山の中で、ゴンドラも施設も閉鎖中ですよね?」


 よくよく考えてみると、異世界人のチェリーが崖下に転落した俺に気付いたのがおかしい。ハーレムに入った女は、城に閉じ込められているわけではないのだろうか。


「知りたい?」


 思わせぶりに身体を寄せて来るチェリーから俺は必死にのけぞって、接触を回避した。


「し、知りたいです」

「まぁ、色々あったんだけど。私は温泉に入りたくてあそこに行ったのよ。こっそりね。広い露天風呂があるから」

「あぁ、温泉ですか!」


 メルと一緒に入る筈だった温泉の事らしい。


「じゃあ、チェリーさんも、トードに乗って行ったんですか?」

「そんな、お忍びだもの。歩きよ」

「歩き? 一人でですか? 温泉に入る為だけに?」


 思わず叫んで、また痛みに襲われる――この部屋で目覚めてから、俺はそれを繰り返していた。


「お風呂は女にとって重要なことよ。それに、私体力には自信があるの」


 彼は女じゃないけれど。 

 トードでも半日以上かかっているのに、歩きなんて想像もつかない。前日一本道を通って行った時にも、こんな派手な人は追い越さなかった筈だ。


「凄いですね」


 色んな意味で次元の違う男だなと、俺は手を叩きたい気分になる。

 腕もそうだが、脚も力を掛けるとモリモリ筋肉が浮き出てくる。ここだけ見れば男でしかない。それなのに、化粧映えする顔とやや細い肩幅と人工的な巨乳が、「俺は女だ」と猛烈にアピールしてくるのだ。


「あの、チェリーさん?」

「なぁに?」

「チェリーさんは、俺があの場所で倒れていた理由をどこまで知っているんですか?」


 彼がゼストと通じているなら、隠す必要はないと思った。案の定、俺が悩むこともないくらい、彼は俺に詳しかった。


「大体ね。ここにあなたを運ぶ途中に聞いた話だけど、貴方がメルと居たこと、彼女が急に本能をあらわにして貴方と戦ったことは聞いたわ」


 一度死んだことが抜けているが、彼女の話で大体合ってる。

 俺の中にある魔王の力の事は、ここで話さなくてもいいかなと思って、「そうですね」と頷いた。


「メルには会いましたか?」


 チェリーに怪我をした様子はないから、きっと遭遇はしなかったのだろう。

 しかし彼女は返事せず、別の会話を繋げた。


「辛かったら私に頼ってくれていいのよ? 慰めてあげるから」

「いえ、結構です」


 突然胸を突き出して「どうぞ」と誘ってくるチェリーに、俺は丁寧に遠慮させてもらう。

 チェリーは「つれないわね」と微笑んだ。


「で、貴方は大変な目に遭って、これからどうしたいの? ボインの彼女が居る城に乗り込む? それとも、メルに復讐でもする?」

「復讐なんてしません」


 俺はきっぱりとそう答えた。


「俺を刺したのはメルじゃなくてあの魔女です」

「それって一緒ってことなんじゃないの?」

「俺には違うんです。メルはあんなことするために、俺と一緒にあそこへ行ったとはどうしても思えません。だから、もう一度メルに会いたくて……」


 けれど、その手段は俺には想像もつかなかった。


「お人よしね、貴方」

「そんなの、分かってます」


 チェリーは大きく溜息をついて肩越しに後ろを振り向くと、開いたままのドアに向かって声を掛けた。


「そうなんだって。アンタの王子様は、会いたいって寂しがってるわよ? 貴女はどうするの?」

「えっ……」


 廊下の横から現れた小さな姿に、俺は息を飲み込んだ。

 まさか――と疑ってしまう。そこに居たのはサファイア色の澄んだ目ではなく、緋色の魔女と同じ赤い目をした小さな少女だった。


 けど、ボロボロのトードの服も、俺を刺した背中の剣も、華奢な体もフワフワした栗色の髪も、俺の知ってるメルだった。

 殺意の消えた真っ赤な瞳から、ボタボタと涙が零れて足元を濡らす。


「メル……」

「ユースケ、ごめんなさい」


 うわぁああんと声を上げた彼女からは、魔女の影など消えてしまっていた。

 俺はチェリーに腕を借りて起き上がり、メルに向かって手を広げる。


 泣き顔のまま駆け寄ってきた彼女を強く抱きしめて、俺は一緒に少しだけ泣いたんだ。



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