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25 彼女の剣が長い理由は?

 緋色の魔女に気をつけろと言ったヤシムの言葉は、もしや赤い目をギラつかせるカーボの事なのだろうか。

 どう見てもメスには見えないけれど。


 正面から飛び掛かって来るカーボに姿勢を低くしたメル。

 足から滑り込む姿勢で後ろ脚の股を潜った身体が、次の瞬間にはもうカーボに向けて攻撃態勢に入っている。


 カーボが向きを変えようと(ひね)った脇腹に、メルの長い刃の一撃。

 響き渡ったカーボの叫び声に痛みがこっちにまで伝わってくる気がして、俺はザワリと震えた自分の肩を抱え込んだ。

 

 戦いが始まって数分で、既にメルに勝機が見えた。


 それでもカーボは、その図体から俺が想像する以上の俊敏さで立ち向かい、攻撃をやめようとはしなかった。

 灰色の身体に黒く血液が(にじ)むが、数回切られた位じゃヤツを制止させることはできない。

 メルの小ささが優勢に向いているだけで、力はほぼ互角だ。


 それにしても、メルの剣はどうしてあんなに長いのかと俺は疑問に思った。

 その長さ故、太刀筋の速さがいささか鈍く見えてしまうのだ。


 下へ払った切っ先が地面すれすれで土を触らないのは、彼女がそうさせているからだ。

 少しずつ蓄積されるストレスに、メルが僅かだが疲れの表情を見せる。

 こんな奴あっという間に倒せると豪語していたのに。


「きゃあ!」


 戦闘の位置が林の方へと流れて行く中で、カーボに向けて振った剣の先が横にあった木の幹をこすり、メルの体制がぐらりと揺らいだ。

 彼女は足を開いて転倒を回避させるが、一瞬の隙にカーボの口が小さな身体へ大きく開く。

 唾液(まみ)れの長い牙が、メルに向けて照準を定めた。


「メル―!」


 彼女の危機に、俺は咄嗟に声を上げた。

 彼女はその位で(ひる)むような女の子じゃないのに、俺が叫んでしまったせいで、カーボのターゲットが一瞬でこっちにシフトしてしまった。

 

 何でそこに居るんだと言わんばかりのメルの表情。

 彼女は俺を見過ごすなんてしないだろう。


「うわぁ!」


 俺にはどうすることもできなかった。腰の剣を引き抜いたところで何かできるとは到底思えず、構えてみようかという余裕すら起きない。


 俺の声にカーボが身体ごと反応する。

 俺を食おうとする意志を見せた姿は、あっちの世界の公園で初対面(はつたいめん)した時と同じだ。

 こっちの方が何倍も大きいけれど。


「行かせないわ」


 メルがカーボと同時に地面を蹴る。

 いくらメルでも、魔法も使えない彼女が獣の足に追いつくはずはない。

 

 俺は、全てを諦めるしかなかった。

 もう終わりだと悟って、最期の恐怖を逃れようと目を瞑る。


 カーボの足音が頭いっぱいに響いて、意識が遠退きそうになった瞬間。

 ゴオッと生ぬるい空気が俺の顔目掛けて吹き付けてきた――ような気がした。


 目の前でガシュリと肉を刺す鈍い音が響く。

 その瞬間、俺は死さえ受け入れようとしたのに、数秒経った時の自分がまだ死んでいないことを認識して、そこから目を開くことが出来た。


 足音はもうしなかった。

 目の前で崩れる巨体は灰色のカーボだ。

 コイツは、どんな最期を迎えたのだろう。そう思わざるを得ない光景が目の前に広がっている。


「メル……?」


 俺は目の前に立つ少女に声を掛けた。けれどそれは俺の知っているメルじゃなかった。


 赤い髪に赤い目をした、きっとこれが『緋色の魔女』なのだ。





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