163 彼の姿をした彼
「私に未来を見る力があれば良かったのにと思いますよ」
ワイズマンがそんなことを言って、俺は少なからず驚いている。
魔王は世襲だという一辺倒な考えに変化が起きているのだ。
もし、未来への悲観を払拭することができるなら、クラウを受け入れてもいいという事だろうか。
けれどヒルドは真っ向から「そんなことないと思うけど?」と否定する。
「先の未来がどうなるかなんて分かったら、つまらないだけだよ。努力してもしなくてもその到達点が同じ場所だと知ってしまったら、嫌なことなんて誰もしなくなる。命をさらして戦おうだなんて思わないでしょ? 未来のためにって思うから戦えるんだし」
「そういうことだね」
クラウは大きく頷いた。
「貴方はこの国の為に魔王の世襲を第一と考えた。それを貫いたから、確かにこの国は平和だった。けど、それは昔のことだ。もし貴方が僕の立場だったら、クーデターの時僕と同じことをしたんじゃないですか? 貴方が異世界人の僕を魔王には認めないと否定するなら、僕は下りても構わない。けどメルーシュが望まないのなら、彼女を魔王に戻そうとはしないで欲しい」
ワイズマンは真顔になって、目を伏せる。
クラウの言う言葉の一つ一つを受け入れようとしない姿勢が見え見えだ。
「私と貴方が同じ? ……せめて貴方がこの世界の人間だったらと思いますよ」
「そんなに俺たちの血が嫌なのかよ!」
俺はまたカッとなってワイズマンに吠えた。こんな時こそのヒルドも、今回は止めようとしない。
俺は自分の胸を掌でバンと叩いて声を荒げた。
「俺たちとこの世界の奴らはそんなに違うか? 変わらないだろ? 俺たちに魔法を使える奴はいないけど、それだけじゃねぇか。古参は未来に執着するなよ。若い奴らが造ろうとする未来を、見守るってことができないのか?」
「間違いがあっては困るんですよ。私はいつもこの世界の未来を思っている」
「元老院の奴らだって同じこと言ってるけど、クラウをちゃんと認めてる。結局アンタがクラウを否定してるだけじゃねぇか。昔はそれで良かったのかもしれない。けど、今と昔は違う。臨機応変に考えろよ!」
「言いすぎだ、ユースケ」
クラウが俺の衝動を遮るように前へ出る。けれど俺は、それ以上は駄目だという視線を逃れて、ワイズマンへの言葉を続けた。
「言いすぎじゃねぇ。ワイズマン、ちゃんと状況を見ていないのはアンタだ。クラウはサイファーって奴みたいな野心家じゃねぇよ。誰よりもこの国の平和を望んでる」
「やめろ!」
荒ぶった俺に、今度はクラウがピシャリと叱責を飛ばす。掴まれた右腕がジリと痛んだ。
強く飲み込んだ感情を抑えきれずに、俺は「うわぁ!」と威嚇するように声を吐き出して、ワイズマンを睨みつけた。
「ありがとう、ユースケ。あとは僕の仕事だ」
クラウは小さく微笑んで手を離すと、俺に背を向けた。
「ワイズマン、貴方がドラゴンに条件を出されたように、僕にも条件をくれませんか? それをやり遂げたら、僕をこのグラニカの魔王と認めて欲しい」
ドラゴンを自らに取り込むことで、その力を得たワイズマン。まさかクラウもそんな条件を出されるのではと俺がヒヤリと背中を震わせたところで、ドラゴンはこの提案に答えを示した。
「この世界で魔法を使う事のできる人間は、このグラニカに伝わる一部の血筋の者だけ。魔王の偉大なる力と平和を願う強い意志が、戦争への抑止力になってきたんです。私は純血でない貴方の強さを納得したい。だから、私と戦って下さい。貴方が勝ったら、魔王として認めましょう」
その条件は意外とシンプルなものだった。
「分かった」と即答したクラウに、ワイズマンはにんやりと目を細める。
「戦う、って。クラウが負けたらどうするつもり?」
そういう聞き辛い事を平然と口にしてくれるヒルドの存在は貴重だ。
「そうですね」と答えるワイズマンのトーンが上がっている。
「この世界を全て捨てて、元の世界へ戻してあげましょうか。貴方がこの世界に来た事実を全て記憶から消して、向こうの世界での生活を送れるようにしてあげますよ」
「なに……?」
ワイズマンの怪しげな笑みに半信半疑になりつつも、俺はそれでもいいかなと思ってしまった。
そうなると俺がこの世界に来た事実も消えてしまうのだろう。それでもクラウが速水瑛助として、俺の兄として向こうで過ごすという事に魅力を感じてしまう。
仏壇で笑う幼い瑛助の写真が頭をよぎる。あの植え付けられた暗い思い出が全部なくなるのかもしれない。
けれど、クラウは俺を振り返って「ごめんね」と謝った。
「僕は戻るつもりはないんだ。ユースケも、僕がここに残ることを認めて欲しい」
「あ、あぁ」
だよな、と反省。クラウはとっくの昔にメルを選んでいる。
「認めるよ。当ったり前だろ?」
「ありがとう」と答えたクラウは聖剣を抜いて、切っ先をドラゴンの鼻先へ向けた。
俺とヒルドは慌てて二人から距離を離す。
「まぁ、そう逸らないで下さい。私にも準備がありますから」
そう言っている間に青いドラゴンの肢体が白い光を帯びる。
彼の身体を隠していた緑が白けた。
「何だ」と警戒する俺たちの目の前でドラゴンがその身体へと変化するまで、10秒と掛からなかった。瞬きしたかどうかも分からないくらい一瞬で、ワイズマンはシュンと縮まり俺たちを驚愕させたのだ。
「ドラゴンのままじゃ戦いにくいでしょう? 私は一度相手を取り込むと、相手の情報を記憶して自由に姿を変えることができるんです」
彼の声色が変わった。まるで副音声を聞いているような感覚。
「うん、凄い能力だと思うよ」
黒髪のクラウは不服そうに笑った。その黒い瞳が見据えた先には、同じ表情をした青い瞳がある。
青髪の彼――俺の前には今、二人の魔王クラウザーがいた。




