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159 離脱

「痛ぇ、いでっ!! ちょ、美緒、やめ……」


 ついさっき俺と再会して喜んでいた顔が、怒りを込めた鋭い形相に変わっている。

 彼女の手を振り払う事もできず痛みに耐えながら訴えると、美緒はその指に力を込めた。


「くはぁっ!」


 痛みを拳に逃がそうとすると、手中にびっしょりと汗が沸いた。

 「痛ぇ」と再び悲鳴をあげた俺に、後ろでヒルドが「痛そう」と目を細めながら口を横に開いた。

 俺はワイズマンに怯える余裕も吹っ飛んで、目の前の美緒と向き合った。


「何すんだよ」

「しっかりしてよ、佑くん!」


 鬱々(うつうつ)とした俺に活を入れる美緒。

 ブチィ! っと頬を挟み込んで一気に離れた彼女の手が、今度はバチィン! とビンタで返ってくる。

 

 これは、可愛い女子の平手打ちじゃない。強打といっても過言ではない。

 勢いで倒れ込みそうになるのを(こら)えて、少しだけ美緒を睨んで見せる。


 俺は何故こんな目に遭っているのか。


「痛ぇよ」

「佑くんは私を守ってくれるんでしょ? 私に守らせるつもり?」


 もう彼女は今にも泣きそうな顔で声を張り上げる。


「佑くんが死んじゃったら私が戻れなくなるんだよ?」


 さっきモンスターと戦ったばかりで、今はワイズマンを目の前にしているというのに、どうして美緒はそんなに強くいられるんだろう。

 目の前で彼女が涙を流しているのに、俺はぼんやりとそんなことを考えてしまう。


 彼女のビンタ一つで正気に戻れたのかどうかは俺自身定かではない。

 ちゃんと立って、戦って。彼女を守らなきゃいけないことくらい言われなくても分かっている。

 けれど強靭(きょうじん)な敵を前に、俺が剣を振ったところでどうにもならないことを知らされた気がした。


 それでも、逃げ帰る以外に俺がこの戦場でやれることがまだあるのだろうか。


「お前と話がしたい」


 ワイズマンが低い声を響かせる。ヤツの言葉の矛先が自分だという事を理解して、俺はそっと立ち上がった。

 「チェリー」と彼を呼んで、俺は頭を下げる。


「美緒を頼んでもいいですか?」

「え?」


 眉を上げるチェリーに向けて、俺は美緒の背中をポンと押した。


「佑くん?」

「美緒を城へ連れて行ってもらってもいいですか?」


 やっぱりここは危険だと思った。

 やる気だけではどうしようにもないことを知らされた俺が選ぶ道は、もうこれしか思い浮かばない。


「本当なら俺が下山してチェリーを残した方が戦力的にはいいんだろうけど、貴方になら美緒を任せることができると思うから。わがまま言ってもいいですか?」


 地理が強くて俺の何倍も強いチェリーになら、と思える。

 チェリーは最初困惑していたが、やがて「分かったわ」と顔を強張らせた美緒の手を握った。

 美緒は「ちょっと待って」と一度チェリーを離れ、俺の所にやってくる。


「佑くん、これ持ってて」


 そう言って美緒は、腰に提げていた短剣を抜いて俺に差し出した。ゴンドラの麓で、公園のオーナーに渡さたものだ。

 前に崖から落ちた時もそうだったが、俺の剣は上に置き去りになっている。

 「ありがとう」と素直に受け取って、俺はその短剣を(から)(さや)と並べてベルトに差した。


 城に戻れと言った俺に、美緒は嫌だとは言わなかった。ただ、「絶対に帰って来て」と口調を強めてチェリーの元へ走る。


「絶対だ」


 俺がはっきりとそう伝えるとチェリーが美緒の手を再び握って、「全く」と空の手を腰に当てた。


「偉っそうに。私だって任せてって胸を張れるほど強くないけど、美緒を守るためなら覚悟を決めるわ。貴方は一人で残るの?」

「いえ、やっぱり怖いからヒルドには残ってもらおうと」


 急に名前を呼ばれて、ヒルドが「僕?」と目を輝かせた。


「戦友……なんだろ? 俺たちは」

「う、うん、うん。そうだよ、僕たちは戦友だ!」


 「お任せあれ」と胸を張る彼は、俺にとって心強い相棒だ。


「構いませんよね」


 ワイズマンを振り向くと、ヤツは「あぁ」と返事した。


「佑くん」


 不安がる彼女に俺はようやく立ち上がって「またな」と伝える。

 この言葉はもはや彼女と別れる時の常套句(じょうとうく)になっていた。

 次に会う時は、全てが終わった後だと思える。


「離脱するわ」


 そう残して美緒の手を引いたチェリーに、俺は深く深く頭を下げた。




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