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151 10年分の思い

 魔法師たちがその影に向けて魔法を放つ構えを取ったが、一呼吸分先に一本の白い光が俺たちの視界を猛スピードで横切っていった。

 さっき笑顔を見せたばかりのクラウの瞳が鋭い(やいば)のように光って、攻撃を放った先を凝視(ぎょうし)している。


 彼の(てのひら)から発射された光は、空に羽ばたいた敵のど真ん中を貫通して空へと消えていった。

 敵は俺たちの真上で絶え、太陽を遮る。

 暗い影を落としたその姿には見覚えがあった。俺は確信をもって「ジーマか」と口にすると、「そうね」とチェリーが同意して、ヒルドも「そうそう」と首を縦に振った。


 俺たちが酒場で戦ったモンスターだ。昨日コテージ近くでチェリーが倒したのはシーモスだが、ジーマの戦闘力はそれを遥かに上回る。

 クーデターが引き起こした過去の戦いで、クラウはメルーシュの放った100匹のジーマを一人で倒したらしいから、こんな単体相手では蚊を叩くようなものなのかもしれない。

 「良かった」と自分たちの無事を噛み締めていると、


「離れて!」


 メルが突然声を張り上げた。

 断末魔を零すように、力なく羽を振り上げたジーマの巨体が落下する。

 間一髪。

 慌てて横に飛び退(すさ)った俺は、奴が地面に落ちるのと同時に盛り上がった木の根につまずいてしまう。野球のスライディングよろしく砂の地面をズルリと滑ると、土に叩きつけられたジーマの衝撃が尻に響いた。


「大丈夫? 佑くん」

「あ、あぁ」


 痛みを堪えて頷く俺に、胸を撫で下ろす美緒。

 リトはクラウを父親に託して俺の所に駆け寄って来た。「気を付けて下さいね」と俺の腕を強引につかみ、訳も分からぬまま光を当てられる。痛みよりも傷は大きかったが、広範囲に(にじ)んだ血が目に見えて小さくなっていった。


「ありがとな。リトさんは平気なのか?」


胸の包帯をチラと見ると、リトは「はい」とフレームの上から俺を見上げた。


父上(ちちうえ)の治癒は完璧ですから。それより、ユースケさんは戦う覚悟でこんな場所まで来ているんでしょ? もっと危機感を持って下さいね」

「は、はい」


 今日はちゃんと名前を呼んでくれた。彼女の処置はあっという間で、「僕もお願い」と肘の傷をアピールするヒルドに「えっ」と渋り顔を見せつつも、数秒で治してしまった。

 そしてリトは、メルの前へ行って深く頭を下げる。


「メルーシュ様も、治療させてくださいね」

「リトはそんな呼び方しないで」

「分かりました、メルちゃん」


 照れくさそうに笑うメルににっこりと笑顔を向けて、リトは側にあった大きい岩に彼女を座らせた。

 メルの全身にあった傷が、光に溶けていくようだ。


「あのドラゴンを探さなきゃいけないな」


 クラウがヒオルスに「ありがとう」と礼を言って、俺の所へやって来た。


「さっきワイズマンが声を上げただろう? あれはヤツの力のようだね。ヤツは獣師(けものし)。あの声にモンスター達が集まってきている。ここは危険だから、ユースケたちは城に戻った方がいい」


 獣師と聞いて真っ先に思い当たるのは、元老院議長のハイドだ。彼はクラウに聖剣を抜かせるためと言って、俺の歓迎会の夜に城へセルティオを放った。あとは、ゼストの店に居るシーラだ。獣のコスプレをしている彼女が危険な獣使いだという怪奇。


「戻らねぇよ。けど、無理はしないって約束する。だから、ワイズマンを探す手伝いをさせてくれ」

「美緒を危険にさらすのか? 戦闘になったら守り切れる保証なんて誰にだってできないんだぞ?」

「私も、ここに居させてください!」


 俺に迷う暇も与えず、美緒が(かたく)なにその意思を通した。


瑛助(えいすけ)さんが死んだら……佑くんの保管者が死んだら、佑くんは向こうに戻れなくなるじゃないですか。だから、その運命に私も関わらせて下さい」


 保管者が死ぬと、向こうの世界での存在が消滅する。

 クラウが死んだら俺が、俺が死んだら美緒が。そして、美緒が死んだら俺に兄貴が居た事実が消えてしまう。

 だから、誰も死んではならない。


「頼む」


 頭を下げて懇願(こんがん)すると、ゼストが「はぁぁ」と見せつけるように溜息をついた。


「お前らが本気で戦ったところで、勝てるわけねぇだろ。けどこれはクラウ様も含めて、お前らの運命を決める戦いなんだよな。いいか、絶対に死ぬんじゃないぞ? 即死さえ(まぬが)れれば、治癒師の力で復活できる。いいな? (はらわた)出してでも、息だけはしとけよ?」


 そうなってしまうのかと想像して吐き気が込み上げたが、それでも生き残れることを実感すると自分でも戦えそうな気がしてくる。

 「はい」と声を揃えた俺たちに合わせて、ヒルドとチェリーも頷いた。

 「困った奴らだね」と苦笑するクラウは治療の済んだメルの側へ行って、腰から抜いた聖剣を彼女に(さや)ごと差し出した。


「クラウ?」

「これは君が持っていたほうがいいのかもしれない。僕は君が魔王に戻ってもいいと思ってるよ」


 魔王の突然の意思表明に、俺たちは息を呑んだ。メルーシュの顔が豹変して、クラウを(にら)む。


「あの男の言いなりになる気? 私は絶対に戻らないし、この国の王は貴方だと思ってるわ」


 興奮するメルに、ヒオルスが慌てて駆け寄った。


「受け取らないわよ」


 クラウの両腕に掴みかかって、メルが声を荒げた。

 勢いで地面に転げた聖剣はその威厳(いげん)を感じさせず、俺の剣とも大差なく見えてしまう。


「こんな剣抜けなくたって、貴女はグラニカの魔王よ」


 「私もそう思いますよ」と続けたヒオルスの言葉に、皆が「そうだ」と同意する。


「そうは言っても、ワイズマンにきちんと納得させないとな」


 自身なさげに笑うクラウ。メルは涙をにじませて、悲痛な声を張り上げた。


「貴方は魔王よ。貴方は最初から禁忌(タブー)を犯してばかりだったじゃない。何を今更弱気になるの?」

「そんな顔しないで。泣かないでよ。だったら君が、僕の側にいてくれる?」

「クラウ……」


 零れた涙を人差し指で拭うクラウに、メルは出しかけた答えを飲み込んだ。一瞬()をおいて、申し訳なさそうな表情を見せる。


「けど、このままじゃ居られないわ」


 メルは両手をクラウの首へと回し、そっと顔を近付けた。驚いた顔のクラウに悲しさの(にじ)む笑顔を向けて、(まぶた)を閉じる。

 彼女の全身に白い光が(あふ)れて、クラウはハッと目を開いた。

 重ねられた唇の意味を悟ってクラウはメルを突き離そうとするが、すぐに力を緩めて彼女を受け入れた。

 メルとクラウの表情が穏やかに(ゆる)む。


 突然のことに俺たちは目を奪われつつ、二人の決意を見守った。

 「メルーシュ様」と悔やむヒオルスに、マーロイが苦笑してその肩に手を置く。


 長いと感じさせるキスの終わりは、彼らの意思ではなかった。少しずつメルの手足が縮んで、メルーシュが俺の知っている小さなメルに戻っていたのだ。


 メルは背の高いクラウを見上げて、悪戯っぽく笑う。


「貴方が奪いきれなかった力よ。全部渡したから、私がさっきの身体にまで成長するには10年以上掛かると思うけど。それでもいいなら、ずっと側に居させてくれる?」


 前のメルーシュ王が赤子の姿に戻ってまでも継承しきれなかった魔王の力は、彼女の成長10歳分を秘めていたらしい。

 「もちろんだよ」とメルを抱きしめたクラウは、俺がこの世界で見た表情の中で一番いい笑顔をしていた。




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