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150 気配

 ワイズマンが山の向こうへ消えていくのとすれ違いに、リトが慰霊碑(いれいひ)の方角から駆け足でやって来た。

 俺たちがここへ来た時に倒れていた親衛隊の二人は、地面に仰向けに転がったままだ。

 きっとワイズマンは、リトが治癒師だと知っていて逃がしたんだと思う。

 クラウまでが倒れた今、満を持しての登場だ。


「マーロイ!」


 親衛隊の制服を着た彼女の後ろには白衣姿の男性が一人いて、メルが彼をそう呼んだ。

 リトと揃いのスイス国旗の腕章を付けている。


「マーロイって、前の親衛隊の?」


 即座に反応したヒルドに、ヒオルスが「リトの父親です」と説明する。

 リトと同じ眼鏡を掛けていて、ひょろりと背の高い彼はヒオルス同様メルーシュ親衛隊の一人だ。前に名前は聞いたことがある気がするが、会うのは初めてな気がする。


「ごめんなさい、父上の支度が遅れてっ」

「こんな形で戦に加わるとは思っていませんでしたからね」


 「ああっ、クラウ様までっ!」と主の姿に慌てるリト。

 物腰が柔らかく黒髪のマーロイは、ヒオルスよりもだいぶ若く見えた。


「マーロイ、リト、みんなを治してあげて」

「お久しぶりです、メルーシュ様。その姿に戻られたのですね」


 頭を下げるマーロイに、メルは「訳アリでね」と苦笑した。


「ワイズマンはいませんね」


 温泉の方を確認したリトは、黒焦(くろこ)げの木々を見上げて「みんな無事でよかった」と呟いた。

 倒れた三人の側にしゃがみ込んで、二人は処置を始める。白んだ光が(てのひら)に現れ、患部を覆っていった。


 「貴女も無事で良かったわ」とメルが気遣うと、リトは「私は運がいいんですよ」と笑う。


「明け方に、ここでワイズマンに取り込まれたクラウ様を見つけたんです。けど、あっという間にやられてしまって。それでも私はまだ動くことができたから、二人に息があるのを確認して、父上の所に一旦戻ったんです」

「致命傷ではありませんでしたが、娘も怪我していましたからね。ここへ来るのが遅れたのはその為です。リトをあんな目に遭わせて、私はワイズマンを許しませんよ」


 リトが逃れられたのは、ワイズマンの計画ではなかったのだろうか。

 マーロイが怒りを込めて、拳を握り締めた。

 言われて初めて、俺はリトの胸元に包帯が覗いていることに気付く。リトは「大したことないですよ」と平気な顔を見せるが、マーロイの様子だと実際は相当な傷だったのかもしれない。


「油断できないわね」

「その通りです」


 「厳重に注意を」と口調を強めるヒオルスに、メルは「そうね」と(うなず)いた。


「昨日はアイツの炊いたチャーチ香のせいで、私とヒオルスはカーボの群れに襲われて大変だったのよ。その後に山道を進もうとしたんだけど、かつてのワイズマンは獣師(けものし)だったってヒオルスに聞いて、奴らが獰猛(どうもう)な夜は避けたの。けど……」


 ふと思い立ったように言葉を飲み込んで、辺りを見回したメル。

 「どうしました?」と尋ねるヒオルスが、その意味に気付いて眉をひそめた。もちろん俺には訳が分からなかったが、ふと足元に倒れた三人が動き出したことに気付いて「良かった」と歓声を上げた。


「完治まではいきませんが、とりあえず一安心という所ですね」


 マーロイが額の汗を拭いながらそう報告をする。

 「ふぅ」と息を吐いたリトは、両手をクラウの胸に当てながらメルたちと一緒に辺りを見張った。


 「痛ッてぇ」と頭を押さえながら、まずゼストが起き上がる。

 震わせた(まぶた)を大きく広げたマーテルは、マーロイに気付いて頭を下げるように(あご)を引いた。


「マーロイ様がいらしていたんですか。ありがとうございます」

「その為に僕たちが居るんだから気にしないで。マーテル、君はますますハーネットに似てきたね」


 ハーネットは彼女の祖母の名前だ。メルーシュ親衛隊の三人目で、先のクーデターの混乱で命を落とし、そこにある慰霊碑の下に眠っているらしい。

 マーテルは「はい」と頬を赤らめて、「リトもありがとう」と加えた。そして、ゼストと顔を見合わせる。


「ざわついている……」


 焼けた木々のもっと奥。魔法師たちがそれぞれ違う方角に目を光らせる意味を悟って、俺はそっと美緒の側に寄った。


「さっきのドラゴンの声が元凶かな」


 リトと駆け寄ったヒルドに支えられて、最後に起き上がったのはクラウだった。

 魔法師たちの様子でモンスター達が迫っていることを、俺も理解したつもりだ。

 けれど、魔王の声にみんなの緊張が緩んだ。


「クラウ」


 涙を(にじ)ませたメルの声。大人になった彼女の姿に、クラウはふわりと笑顔をこぼす。

 モンスターの声が頭上でキキィと鳴いたけれど、その戦いは俺たちにとって単なる前哨戦(ぜんしょうせん)でしかなかったのだ。





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