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149 心待ちにした彼女

 彼女の足元には(ひざまず)くヒオルスの姿があった。

 怪我の程度はそれぞれだが、みんなどうにか無事だったことにホッとする。


「お前はもうメルじゃないのか?」

「ううん、メルだよ。けど、私の過去はメルーシュだから。全部思い出しただけだよ」


 少し大人びたメルの声。ワイズマンからの脱出に力が働いたせいだろうか。本来の姿に戻った彼女は、メルでもありメルーシュでもあるという事らしい。

 バシャリとワイズマンが水面に跳ねて、飛び上がった熱いお湯がボタボタボタっと俺たちの頭上へ落ちてくる。


「あれは何をしているの?」


 ワイズマンを不可思議に見つめながら、目元を塞ぐ濡れた前髪をかき上げるチェリーに、ヒオルスが立ち上がって説明した。


「この温泉に治癒の効力があることを知っているのでしょう」

「全身の傷を湯で洗うなんて、マゾなことするのね。想像しただけで痛みを感じるわ」


 よく見ると、キラキラと輝くワイズマンの青い鱗が所々赤く変色していているのが分かった。はっきり血液だと断言できるほどではないが、(たてがみ)の辺りから尾に向かって全身に広がっていた。


「まぞ?」


首を傾げるメルーシュに、「痛いことされるのが好きなヤツのことだよ」と真面目に答えてみると、彼女は「おかしな人がいるのね」と苦笑する。


「けど、痛みは相当だと思うわ」

「とどめを刺さないのか? さっきお前はワイズマンに取り込まれて、自爆しようとしてたんじゃなかったのか」

「彼は殺傷すべき相手じゃないと思ってる。彼だってこの国の為を思って尽くした人よ。そんな人を道連れに死のうなんては思わない。それに、もう一度この姿で彼に会いたかったから」


 クラウを見て表情を緩ませるメル。そんな彼女もワイズマン同様、全身に血を(にじ)ませている。


「隊長はドラゴンを説得するつもり? 難儀なことだね。そいつ性格悪そうだし。けど、ずっと土の中に居たら僕だって性格ねじ曲がっちゃうよ」


 ヒルドは自分の右ひじを持ち上げて、大きく溜息を漏らした。どうやらさっきの衝撃で擦りむいたらしく、ギザギザの傷が刻まれている。


「メルーシュ様がご無事で何よりです」


 胸に手を当てるヒオルスに、メルは「ありがとう」と向き合った。


「ワイズマンが何と言おうと、私はもう魔王に戻るつもりはないわ。だから、ヒオルスを縛るつもりもない。けど、それでも側にいてくれるなら、私は心強い」

「今、貴女のお側にいるのは、私の我儘ですよ」

「なら、私の盾にはならないでね」

「承知いたしました」


 目尻に皺をいっぱいに刻んでヒオルスが笑うと、メルは「ありがとう」と笑顔を返した。

 そんな微笑ましい光景を見入っていると、美緒が「そういえば」と俺の腕を指で突いた。


「ワイズマンに取り込まれていた時のメルちゃん、ティオナ様に似ていなかった? 髪の色のせいかな?」


 こっそりと呟いたその疑問に、俺は「あぁ、確かに」と頷く。

 マーテルの髪の色は明るいオレンジ色だけれど、金髪を含めてこの世界の人たちは茶系の髪ばかりだ。あとは黒。青色はティオナ以外で見たことが無い。


「どこかで繋がっているのかしらね」


 後ろでチェリーが唇に指を添えながら同意すると、再びバシャリと大きく水が跳ねた。

 ヒルドが「来たっ」とアトラクションよろしく声を上げて構える。

 今までで一番大きくしぶきが上がって、俺たちの頭上に水の膜が覆いかぶさってきた。


 立ち上った温泉の水が重力に引かれて落下しようとしたその時、水の膜を突き破ってドラゴンの巨大な顔が高い空へと加速した。


「どこへ行く気?」


 慌てて飛び出そうとするメルを、ヒオルスが「お待ちください」と引き留める。彼は「奴が来ますよ」と自分の米神に手を(かざ)した。「そうなの?」と立ち止まるメルーシュ。

 それが何を意味する合図なのかを俺は知らないが、ゼストが前に同じようなことをしていた気がする。


 そんな事を考えたのも束の間、俺たちを滝しぶきが襲った。

 全身に水を浴びて、空へ上るドラゴンを見上げる。


 太陽の光を背に黒光りする青い肢体。尾の先端が水面を離れると、その全形が数十メートルにわたっていることを知らされる。

 ワイズマンは空中で一度静止すると、キンと一声高い声で鳴いた。

 そして、一気に山の向こう側へと滑り降りていく。その姿があっという間に視界から消えて、俺たちは息を飲み込んだ。


「アイツの目的は私だし、あの怪我じゃそう遠くには行けないはずだわ」


 今にも走り出そうとするメルーシュの衝動を押さえつけるように、彼女を掴むヒオルスの手に力がこもった。

 彼が誰も居ない慰霊碑の方角を向く。

 その視線を追って、俺たちは「あっ」と声を合わせた。


「遅れましたぁ、ごめんなさいっ!」


 慌ただしい足音を鳴らしながら、心待ちにしていた彼女がいつも通りのハイレグ姿で駆け寄って来たのだ。





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