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143 魔王

 辺りが炎に包まれるまで、時間などかからなかった。

 俺が「うわ」と口を開けたまま、その様子をアホみたいに見入っていると、


「逃げましょう」


 チェリーの強い口調で、ようやく我に返ることができた。


「けど、二人が……」


 ゼストたちは目を閉じたまま、その状況に気付いてさえいないのかもしれない。


「見捨てるって言うのか?」

「私たちが死んだら、元も子もないでしょう?」

「自分が生き残ることは最優先だよ?」


 俺の腕を掴んで、ヒルドが急かした。

 マーテル一人ならともかく、ゼストの巨体を運ぶのは現実的じゃない。

 そんなことを考えている間に、バチバチと頭上で火花が弾けて、美緒が「きゃあ」と俺の腕にしがみ付いた。


「美緒を守るんでしょ?」

「当たり前だ!」


 道が炎で塞がれる前に逃げるか、それとも温泉に飛び込もうか――俺が咄嗟(とっさ)に美緒の手を取った時、ガサガサと葉の擦れる音がして背後の森から突然人影が現れた。

 速足ですれ違った影は二つ。俺たちのすぐ後ろで足音を止める。


「何をしているの!」


 メルの声だった。

 俺が驚いて踵を返すと、彼女とヒオルスがワイズマンと対峙(たいじ)していたのだ。


 俺の知っている小さなメルの姿だ。

 彼女は背中の剣を抜いて、頭上へと高く持ち上げる。

 炎に揺らぐ髪は、昨日暴走によって変化した赤色も抜けている。ただ、「伏せて!」と振り向いた彼女の目は、まだ赤みを帯びていた。


「は、はいっ」


 言われるままに腰を落として地面に顔を押し付けると、


「お待ちしていましたよ」


 クラウの声がそんなことを言った気がして、俺は向かい合ったままの三人へ目線だけを投げつけた。

 「メルーシュ様」とヒオルスが合図して、二人の手から青い光が沸き上がる。


 ヒオルスは胸の前に構えた両手の中に。

 メルは剣を握った(てのひら)に生まれた光を、もう片方の手で刃の先端へと滑らせた。切っ先に大きな光の球が現れて、美緒が「すごぉい」と俺の腕に押さえつけられたまま興奮している。

 美緒は城を修復した時以外に魔法を見るのは初めてなのかもしれない。


 そして俺は、メルが魔法を使っていることに驚いてしまった。

 赤い瞳のせいだろうか。暴走時以外は使えていなかったはずだ。

 俺は彼女との距離を感じつつ、その瞬間を見守った。


「さぁ、貴女の力で消してください」


 ワイズマンは嬉々としてそんなことを言う。

 メルはその小さい身体で居丈高(いたけだか)に「ふざけるな!」と吐き、青く光る剣の先端を炎に向けて振り上げた。

 彼女の興奮が再び緋色の魔女を呼び起こすのかと見守るが、メルの姿は変わらない。


 二つの青い光は同時に二人を離れ、炎を突き抜けて空へと広がる。

 光は黒い雲を誘い、俺たちのすぐ上で土砂降りの雨を降らせた。


 辺り一面を焼き尽くそうとしていた炎がみるみると勢いを鎮め、やがて断末魔をこぼすように幾つもの白い煙を立ち上らせた。


 焼けた葉が地面に落ちて、(すす)となった黒い木々がワイズマンの望んだように見晴らしを良くしている。


 俺たちはずぶ濡れで重くなった体を、よろりと起こして立ち上がった。

 メルとヒオルスは何事もなかったように、ワイズマンと対峙している。

 雨でべったりと貼りついた髪の隙間から、メルの赤い眼光が力強い意志を持ってワイズマンを凝視していた。


「それでこそ、私の認めた魔王だ」


 ワイズマンは濡れた前髪をかき上げて、そんなことを言った。

 その言葉の意味を俺はすぐに理解できなかったけれど、彼の手口がハイドと同じだという事は改めて理解したつもりだ。





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