137 言葉の重さは発言者によって変動するらしい
その格好で鍛冶屋のカウンターに立っていた時だって驚いたのに、まさかこんな所にまで現れるとは思ってもみなかった。
猫耳に尻尾を付けた茶色い超ミニのワンピース。ゲームキャラのコスプレ紛いの姿で、彼女はとびきりの営業スマイルを振りまきながら、絶望に暮れる周囲の視線を集めていた。
「ご武運をですにゃん!」
ゼスト仕込みの猫語で、シーラは両手に抱えていた剣をヒルドに差し出した。
隙間なく色とりどりの宝石が散りばめられた奇抜な柄は、以前ヒルドが使っていたものを思わせるが、形が少し違う気がする。
ヒルドはその剣を受け取ると、腰にある飾り気のない剣を鞘ごと抜いて、「ありがとう」と彼女に渡した。
「これは、シーラに借りてた剣だよ。こっちがゼストに貰ったやつ」
そう言って見せつけられた宝石だらけの剣は、もはや原形を留めてはいなかった。俺は唖然としながら「大分変わったな」と目を瞬く。
最初持っていたキラキラ剣のインパクトが強すぎて、ヒルドの剣がすり替わっていた事なんて気付きもしなかった。
「僕の不注意で、刃に糊が付いちゃってさ、シーラに磨いてもらったんだよ」
「相変わらず悪趣味ね」
チェリーがストレートにそんなことを呟く。俺は大きく頷きたい気持ちをぐっと抑えて、苦笑して見せた。
「僕の芸術は、理解できる人にだけ理解してもらえばいいのさ」
ヒルドは満足そうに剣を腰に差し、俺の胸ポケットに目を止めた。メルが落としていったカーボの髪留めだ。
「それ、隊長に買ったお土産? いらないって突き返されたの?」
「そうじゃねぇよ。地下でメルーシュになったアイツが落としていったんだ。だから、これをもう一度渡したいなって」
「ええっ? 隊長変身したの?」
そのことには気付いていなかったらしい。ヒルドは途端に青ざめた表情で身をぶるぶるっと震わせた。
「じゃあ、あの子もエルドラに行るのね」
「そ、そうだね。メルーシュは強いしね。親衛隊も向かったし、あとは僕たちくらいかな」
「ハイドやティオナは行かないのか?」
もし向こうで戦闘が起きるなら、ハイドの力が不可欠なのではと思ってしまう。あの人が本気を出したら、ドラゴンだって一瞬で倒してしまいそうだ。
けれど、ヒルドは「それはないよ」と呆気なく否定した。
「ワイズマンが現れたって本当ですかにゃん?」
「うん、僕もびっくりしたよ。元老院はワイズマンに逆らうことはできないからね。同じ理由で、ティオナも残ると思うよ」
「ワイズマン?」
この世界で初めて耳にする言葉だ。
ヒルドは「うん--」と一つ大きく頷いて説明しようと口を開くが、遠くから向かってきた慌ただしい足音に振り向いて、「えっ」と言葉を飲み込んだ。
「エムさんに、エルさん?」
ハーレムメンバーの双子、エムとエルだった。
「私たちも連れてってくれない?」
駆け寄ってきた二人は、息を切らしながらそんなことを言ってくる。
どこで揃えたのかは不明だが、二人とも赤いミニのチャイナドレスに肩からベルトを巻き付けて、剣を背負っていた。武装していると言えないこともないが、チェリーが美緒に言ったように、その短いスカートとハイヒールでは戦うなんて非現実的だ。
「クラウ様の所へ行きたいの。私たちも何か役に立ちたいのよ。美緒も行くんでしょ?」
二人は俺の陰に隠れた美緒に目を止めて、「あら?」と眉を上げた。
「それって川島台中の? 懐かしい。私も昔、同じの着てたわ」
「うんうん。でも、美緒って高校生だったわよね」
姉妹合わせての鋭いツッコミだ。美緒もまさか同じ地域の人がこんなにゴロゴロいるとは思ってもみなかったんだろう。隣町に住んでいるチェリーでさえ、何も言わないながらも理解している様子だ。
かあっと頬を染める美緒を姉妹が「気にしないで」となだめる。
「全然問題ないわよ。ここは異世界なんだし。私たちだって良く制服で遊びに行ったりするもの」
そういう文化があるんだろうか。姉妹はどうみても高校生には見えない。
常にフェロモンを振りまいている悩殺ボディで制服を着るのは、男に対しての犯罪行為に思えてしまう。
「ち、ちさと佳奈先輩は残るんですね」
色々妄想しすぎた俺は、とりあえず話題を逸らして、ここにいない二人の話をふってみた。
「あの二人も行くって言ってたんだけど部屋に置いてきたわ。危険だもの。ゼストが必死に佳奈を止めてたわよ」
姉妹は「ねぇ」と抱き合って、きゃあきゃあとそのシーンを再現してくれた。
俺は美緒を連れていく選択をしたけれど、ゼストの気持ちは痛いほどわかる。今だってどっちが正しいのか迷っているくらいだ。
「危険と分かってるなら、ここに残ってよ」
年長者らしく、ヒルドが説得を試みる。
彼女たちの意向を無視するわけではないけれど、俺も彼女たちはここに残った方がいいと思った。
美緒は『クラウの保管者』という肩書きのせいで面倒なことになっているだけで、他のハーレムメンバーは異世界から連れて来られた客人でしかないのだ。ゼストが佳奈先輩を残したように、彼女たちはここに居た方が安全なのだろう。
「来てくれたら嬉しいけど、美しい二人の肌に傷をつけるなんて、僕には耐えられないよ」
けれど、ヒルドがキメ顔で言ったところで、あまり効果は見えない。
微妙な空気が漂って、チェリーが呆れ顔で前に出た。
「アンタたちはやめときなさい。足手まといになるでしょ? 私だってどれだけ戦えるかも分からないんだから。いい? 女は男が欲しいって言った時だけ甘えて、あとは好き勝手やってりゃいいのよ」
突然方向性が変わってしまったような。それじゃ魔性の女だ。
どう見てもヒルドの意見の方が真っ当だと思えるのに、エムエル姉妹はチェリーの言葉にシュンと俯いて、「はぁい」と素直に従ったのだ。
「女はね、男の為に何かしてやろうだなんて思わなくていいの。自分を大事にするのよ? 男どもは自分の掲げた正義のために、勝手に戦ってくるんだから」
俺は隣で美緒がチェリーの言葉に大きく頷いたことに一抹の不安を覚えつつ、彼女達に見送られながら城を後にしたのだ。