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135 その空は地獄に似ている

 急な雨に、俺たちは一度中央廟(ちゅうおうびょう)へ戻った。

 入口から突き出た軒下(のきした)には他にもたくさんの人がいたが、どうにか入り込むことができた。

 前にここへ来た時も、同じように雨宿りしたから、この軒下には縁があるのかもしれない。


 真夏の夕立のように真っ黒な雲が空をびっしりと覆っている。ゴロゴロと雷鳴が鳴っているというのに、雨の中ずぶ濡れで空を見上げたままの人も少なくはなかった。

 魔王が聖剣を抜いて戻って来るのを待ち望んだ彼らは、その空を見て何を思っているのだろうか。


「ゆうくん、私はどうしてあそこに居たのかな?」


 美緒がしっとりと濡れた前髪を払って、不安げな顔で俺を見上げる。

 ミーシャの魔法で心を失っていた彼女が正気に戻ったのは、激震に見舞われた地下空間だった。訳の分からないままドラゴンが現れ、今は民衆の絶望を目の当たりにしている。

 そりゃあ、頭の中が疑問符だらけになるだろう。


「お前がボーッとしてるから、アイツらに利用されるとこだったんだぞ」


 うまく誤魔化したところでバレるのは分かっているから、とりあえず俺はそう返事した。それは100%正しい答えではないけれど、美緒は自分自身の立場を俺よりもちゃんと理解しているらしい。


「私が瑛助(えいすけ)さんの保管者だからなんだよね」

「お前は何でも分かってるんだな。けど、帰る時は一緒だからな」


 「うん」と答えて、美緒が俺の手にそっと触れた。雨で冷えた体温を強く握り返すと、どこからかヒルドの声が「ユースケ!」と俺を呼んだ。


 雨の中をチェリーと並んで走ってくるのが見えて、俺は手を上げて二人を迎える。


「良かった、ここに居たんだね」

「あぁ、無事でよかったわ。地震かと思ったら、周りが急にドラゴンが出るとか言い出すから、何事かと思ったわよ」


 チェリーもヒルドも全身ずぶ濡れだが、元気そうだ。

 互いの無事に安堵し合うが、のほほんと落ち着いていられる状況でもない。


「昨日言ってたドラゴンの話が、まさか本当だったとはな」

「僕だって信じてたわけじゃないんだよ? けど、出て来たってことは怒りに触れたんでしょ? 意思に背いて聖剣を抜いたってことだよね? クラウが無茶なことしたの?」


 伝説と言われながらも、ドラゴンが現れた理由は周知のことらしい。

 俺が地下でのことを()(つま)みながら二人に説明すると、ヒルドが話を引き継いでドラゴン噴出を興奮気味に話してくれた。


「金の(たてがみ)をまとった青いドラゴンが、中央廟の天井を突き破って空に立ち上った姿は、もう思い出しただけで心臓が飛び出そうになるよ。僕は感動したんだ」


 周囲に漂う絶望感とは真逆の反応だ。ヒルドは「はぁぁ」と恋焦がれるように胸元に手を組み合わせる。


「お前は怖くないのか? ドラゴンが出てきたのは、禁忌(タブー)を犯したからなんだろう?」

「そうしたのはクラウだからね。僕じゃないもの。僕にとっちゃ緋色の魔女の方がよっぽど怖い存在だよ」


 一度殺されかけたヒルドは、自分を両腕でぎゅっと抱きしめて重い溜息を漏らした。

 緋色の魔女には、俺も殺されかけるどころか殺されたことがあるから、その気持ちはよく分かる。


「で、ドラゴンはどこ行ったんだ?」


 それを聞くと、ヒルドは顔を上げて遠くの山を見やった。

 西の方角。「すぐ見えなくなっちゃったんだけど」と目を凝らす方向には、俺にも思い当たる場所がある。


「エルドラか」


 それ以外に知らないのというのもある。俺がこの世界に来て、メルと巨大カーボを倒しに行った、山の上の自然公園――マーテルの祖母が眠る、前のクーデターの慰霊碑や温泉がある場所だ。

 「当たり」とヒルドは笑顔を見せる。


「あそこは神聖な場所だからね。ドラゴンがどうしてそこに行ったのかは分からないけど。ユースケは行くって言うんでしょ? だったら僕たちもついて行くからね」

「え……」


 まだそこまで考えてはいなかったけれど、そうしたいと思える。

 俺が一度死んだあの場所で、何が起きるのかは想像もつかない。

 恐怖を予測してしまうと、この暗い空に覆われた世界が地獄のようにさえ見えてしまう。


「こりゃあ地獄だな」

「ジゴク? って何?」


 神より魔王の立ち位置の方が上だというこの世界では、地獄など想像つかないのかもしれない。


「そりゃあ、悪人が死んだ後に行く場所だよ」

「ユースケの世界じゃ、死んだ後にどこかに行くことができるの?」

「作り話だとは思うけど」


 もちろん、地獄が本当にあるとは思っていない。


「へぇ。けど、そう言われると、確かにそんな雰囲気かもしれないね。僕には縁のない世界だ」


 ヒルドは恐怖なんて吹っ飛ばすようなポジティブさで、俺たちに笑顔をくれた。


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