133 赤い髪の少女
今更のことだけれど、ここは俺たちが住んでいた地球とは別の世界らしい。
俺は恐怖に震えて、そいつを直視することなんてできなかった。
そいつの青黒い鱗を目にした俺は、轟音と激しい揺れの中、ただ必死に美緒を庇い地面に伏せていた。
死にたくないと思ったのは何度目だろう。
ザアッと嵐のような音を立てて、地上へと昇っていく長い巨体。
振動で吹き飛ばされないように、俺は地面にしがみつく。
あまりにも速いスピードと衝撃に、長い胴体がドラゴンのものであると確認することはできなかった。
そうなんだと確信したのは、最後に姿を現した尾がアニメやラノベに出てくるドラゴンのそれと酷似していたからだ。
ドラゴンが聖のゆりかごを抜けて遥か彼方の空へ抜けていくまで、大した時間は要しなかった。
揺れと音が遠のいていくのを確認し、俺は丸めた背中をゆっくりと伸ばしていく。
全身が砂まみれ。俺たちの周りにはサッカーボールよりも大きな石が幾つも散乱していた。
それらの直撃を免れたのは幸運だと思ったが、それだけではないらしい。
ティオナに元老院の二人、そして新旧親衛隊の面々が咄嗟にバリアのようなものを張ったことで、俺は今生きているらしい。
急に静まり返った地下空間。
部屋中に広がるぼんやりとした白い光は、彼らが放った魔法の一部らしい。
「ありがとうございます」
震えた両手を組み合わせて、美緒が深く頭を下げる。
「助かりました」と俺も礼を言うと、「無事でよかった」とゼストが顔いっぱいに安堵を広げた。
足元から天井を超えて、地上である中央廟一階までまさに筒抜け状態。遥か高い位置に青空が見えて、この地下からクラウの姿も消えていた。
メルが部屋の中央に歩み寄って、呆然と空を見上げた。
彼女は今何を思っているのだろう。
大粒の雫が頬を伝う。声を殺して涙を流す彼女の髪がふわりと揺れた。
風が流れ込む様子もないこの深い地下で、空を見つめる瞳がその色を濃く染めていく。
オレンジ色の仄暗い明りではっきりとした変化は分からなかったが、これは――。
「いけませんぞ」
ハイドに肩を叩かれて、メルはハッと我に返った。
「ここで悲しみに暮れても、元の姿になって暴れても、誰も喜びませんよ」
メルの姿をした彼女は、憂いを含んだ顔をハイドに向ける。
「ハイド、私はどうすればいいと思う?」
「一度、上へ上りなさい。そこに居る民衆は、貴女が守ることのできなかった民です。それをまずしっかりと受け止めて下さい」
「わかりました」と返事するメルに、ヒオルスがそっと寄り添った。
ハイドは天井を見上げて、
「我々は、この国の平穏を望んでいる。いえ、それ以外に興味などないのです」
そんなことを口にすると、メルの前へ移動して肩をすくめて見せた。
「私は一度、貴女をこの城から切り捨てた。けれど、もし今も貴女の頭がこの国の未来を描くことができるなら、私たちの意思を覆すのもありだと思いますよ」
黙って話を聞いていたメルの姿が、メルーシュへと変貌していた。青いカーボのワンピースが窮屈そうになってしまうのを見るのは何度目だろうか。
慌ててヒオルスが自分の上着を脱いで彼女の肩へ掛ける。その表情はどこか嬉しさを滲ませていた。
『緋色の魔女に気をつけろ』
俺はヤシムに言われた言葉を思い出していた。
彼女の赤色の姿を見ると刺された傷を思い出して心臓がうずく。
けれど今彼女は、背中の剣に触れようとさえしなかった。