127 横顔
修復されたばかりの庭は、この間の戦闘の影も全く見せない程に色とりどりの花が咲き乱れていた。
クラウが中央廟へ向かう時には俺もできるだけ近くまで行きたいと思っているが、それまでまだ少し時間があるらしい。
人だかりを縫うように移動して、俺たちはヒルドお勧めの屋台飯を探した。長い金属の串に細い肉が巻き付けられたものだ。
クラウや美緒のことがあって食事する気にもなれなかったが、「食べれる時に食べておくのが戦師の心構えだよ」とヒルドに言われ、やむなく従った。
「あぁ、これカーボか」
その味を、俺はちゃんと覚えている。鍋や塊で出てくることが多かったが、味はほぼ一緒だ。
「そうね」とチェリーが同意すると、ヒルドが「当たり!」と目を細める。
「これは背肉の部分だけ削ぎ落したものなんだ。この国で祭といえば、これなんだよねぇ」
確かに、これを買った時も数十人の列に並んだ。
この国の祭も基本は日本の祭と変わらないようで、庭のいたるところに物を売るテーブルが並んでいる。
モンスターをその場でさばいて、臓物や肉をあばらごと吊るして焼いている人気の店もあった。流石にそれは遠慮したが、広い庭には歌が流れ、踊りだすものも少なくない。大人も子供も20年に一度の建国祭を楽しんでいるようだ。
けれど、皆が浮かれているばかりではない。
祭で華やかな空気の中、厳戒態勢を匂わせる数多い兵たちが民衆に紛れていた。
祭のメインは、魔王が聖剣を抜いて大勢の前で舞う事--10年前にクーデターを起こしているこの国で、警戒を強化するのは至極自然なことだと言える。
ハーレムメンバーも庭に出て祭を楽しんでいるようだが、そこに美緒の姿はない。
浮かれた民衆が、俺には上辺だけの盛り上がりに思えてしまった。
「毎年、小規模の建国祭はやってるけど、いつもは町がちょっと賑やかになるくらいなんだ。20年に一度の城開放の時こその盛り上がりだよ。前の時は僕も小さかったから、家族と来たんだ」
嬉しそうに過去を語るヒルドが、ふとチェリーの腕に視線を止めて「あれぇ?」と眉を上げた。
「チェリー、何か腕太くなってない?」
「ちょ、ヒルド!」
突然何を言い出すのかと思って慌てて止めようとするが、発言の撤回ができる雰囲気はなく、チェリーがジロリと苛立たしさを込めた目でヒルドを睨んだ。
「怒らないでよ。悪い意味じゃないんだから。強そうってことだよ!」
いくら男の容姿に戻ったからとはいえ、それはチェリーにとって誉め言葉になるのだろうか。
チェリーは「やめてくれる?」と眉をひそめつつ表情に諦めを滲ませて、自分の腕をそっと握った。
「元々、筋肉がつきやすくて嫌なのよ。けど、剣の稽古は楽しいから仕方ないのかしらね」
ゼストに剣を習っているというチェリー。
腰に剣を差す姿が頼もしく感じる。あの夜、偶然とはいえ一人でセルティオを倒した彼が、俺とは大分離れた場所へ行ってしまったような気がした。
そんな俺たちとは少し離れた場所を、ガタガタガタと車輪の回る音が駆け抜けていく。
治癒師の再生後すっかり戦闘の痕が消えた庭だが、城同様に前とは若干だが様子が違っていた。
庭のちょうど真ん中に城と中央廟を繋ぐ大きな通りができていて、そこをトード車が往来している。
こうしてみると様々な形があって、もはや運転席も箱もない馬乗りになるだけという凄技の男までいた。
通常頭の位置が低いトードだと、馬というよりはヒョウだかライオンのロディオ状態だ。
城の方から来た一際目立つ一台のトード車が周囲の視線を集めていた。
どこぞの貴婦人が乗りそうな煌びやかなものではなく、黒塗りで艶のある高級感漂うものだ。
「あら?」と後頭部でチェリーが呟いたのと同時に、俺もまたトード車の扉についた紋章に目を細める。
「元老院?」
先にそれを口にしたのはヒルドだ。そして、「あれミオじゃない?」と続いた言葉に、俺とチェリーが視線を向けた。
正面を向いて俯いた彼女の横顔が、確かにそこに見えた気がした。けれどそれを確認できたのは一瞬で、走り過ぎるトード車を俺は衝動的に追いかけたのだ。