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125 枷(かせ)

 城に着いてすぐ、俺はクラウの部屋を目指した。

 今日はクラウにとって一世一代ともいえる大切な日だ。三日前はお互いが気絶してしまい何も話すことはできなかったが、その儀式の前に何か言葉を掛けてやれたらと思う。


 いつも城門の前で構えていた二人の兵士は、開け放たれた門扉の両端に分かれて客を迎え入れている。

 来客はそこからまっすぐに庭へと誘導されていたが、俺は城門の兵に城への入場を申し出た。

 ハイドの件もあって断られる覚悟はしていたが、すぐに他の兵が呼ばれて俺たちを城の入り口まで案内してくれた。


「中に入ってもいいんですか?」


 あまりにも呆気なく事が進んでしまい俺が思わず本音を漏らすと、熟年の女兵が快い笑顔をくれた。


「ユースケ様をお通ししないワケないじゃないですか。そちらのお二方(ふたかた)も、お部屋だってあるのですから、遠慮せずお入りください」

「ありがとうございます!」


 扉が開いて中を覗くと、ホールには大輪の花が飾られている。

 聖剣や美緒(みお)のことがあって俺はこの建国祭に暗いイメージばかり持っていたが、そう解釈しているのは少数派なのかもしれない。

 「拍子抜けしちゃうわね」と言ったチェリーは俺と同じ考えのようだが、ヒルドは「まぁ、お祭りだしね」と当てがった指で自分の唇を弾いた。


 「では」と俺たちが中に入るのを待って、ゆっくりと扉が閉められる。バタンと響いた音に続いて、「あら?」と聞き覚えのある少女の声が鳴った。

 「あっ」と声を弾ませるヒルド。広いホールの奥にある階段を下りてきたリトが、「こんにちは」と挨拶して俺たちの所にやってきた。


 黒タイツのハイレグ姿。乱れた黒髪を背中へ払って、眼鏡のレンズ越しに笑顔を見せた。

 一昨日、荒れた庭を復活させたという治癒師の彼女だが、思ったより元気そうだ。


「ブースケさん、城に来たばかりですか? もしかしてクラウ様のトコロに行くんですかぁ?」


 そしてまた俺の呼び方が()()()()に戻っていた。


「そのつもりだけど。クラウは目が覚めたのか?」


 モヤッとした気持ちを抑えて(うなず)くと、リトは俺たち三人を見て「そぉですか」と細い(あご)をキュッと押さえて小さく(うな)った。


「何か不都合でもあるのか? アイツの具合が悪いとか?」

「あっ、いえ。もうすっかり元気です。昨日の朝に目覚めて、昼間にはゼストと剣の稽古をしていましたから」

「昨日、って。二日も眠ってたってことか」

「睡眠は大事ですよ!」


 それにしたって寝すぎな気がするが、リトの心配はそこではないらしい。


「ただ、今は儀式の前の大切な時間です。弟君のブースケさん一人でお願いしてもよろしいですか? ヒルドさん、チェリーさん」


 俺以外の名前はきっちり覚えているのも相変わらずだ。

 ヒルドが「そっかぁ」とチェリーと顔を見合わせて、「分かったよ」と同意した。


「うるさくしたら悪いもんね。僕たちはここで待ってるよ」


 「ありがとうございます」と頭を下げて、リトは一階の廊下の奥へと小走りに消えていった。

 クラウの部屋は二階だ。


「じゃあ、行ってくる」


 俺は二人に見送られて、正面の階段を上った。


   ☆

 ドアノブの上に彫られたグラニカの紋を確認して扉をノックする。

 扉越しのくぐもった声で「はい」と返ってきたのは、またもやティオナの声だった。

 この間意識を失わされたことを思い出して、全身が彼女を警戒する。

 こっちの返事を待たずに開いた扉から、青髪の彼女が俺を見上げた。


「元気そうだね」

「お陰で良く眠れました」


 皮肉を込めてそう返すと、ティオナは「ふん」と笑って俺を中に招き入れた。

 彼女は三日前に会った時と同じ、腰の肌が菱形(ひしがた)に露出した、破廉恥(はれんち)なワンショルダーのワンピースを着ている。


「私はもう帰るところだからね」


 彼女の横を通り過ぎて中へ進むと、ベッドの(ふち)に腰かけたクラウと、寄り添うメルの姿があった。


「ユースケ」


 ホッとした表情で目を細めるクラウは、いつものラフなシャツ姿ではなく、襟元の詰まった濃グレーの上下を着ていた。背中にはいつもの黒マント。それは祭の正装なのだろう。

 聖剣を抜いて民衆の前で舞うというクラウ。その聖剣が抜けるかどうかは分からないが、とりあえず今は目覚めた状態の兄の姿に安堵(あんど)するばかりだ。


 対してメルは久しぶりのカーボの青いワンピースに大剣を背負って「ユースケ」と笑顔を見せてくれた。


「では、私はこれで」


 早々に立ち去ろうとするティオナを、俺は「ちょっと待って」と呼び止める。

 「何だい?」とゆったり振り返るティオナ。これは、俺がずっと気になっていたことだ。


「ティオナ様、貴女は俺の敵なんですか? 味方なんですか?」


 彼女は『次元の(はざま)』を護る番人だ。俺に協力的な言葉を掛けながらも、彼女がハイドとも繋がっていることは、隠す素振(そぶ)りもなく本人から聞いている。

 ティオナは右手を自分の腰に添えて、にんやりと口角を上げた。


「私は中立だって言っただろう? 私は私さ。さぁ、ユースケ。(かせ)を外してやる。あとは後悔しないように生きな」


 --『当日が来たら、お前の枷を外してやる。そうしたらもう見届けろなんて言わない、好きなようにすればいいさ』


 彼女の言葉の謎を、俺はいまだに解くことができなかった。


「枷、って。俺は、どうすれば……」


 ティオナはクラウに向けて深く頭を下げると、その答えをくれぬまま静かに部屋を後にした。


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