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123 おかっぱ頭の正体

「俺は、異世界から来た奴が魔王になるなんて、始めから反対だったんだ」


 男の放ったその言葉は、周囲を一瞬で黙らせた。もちろん(ふた)テーブルも離れていれば声も届かず、ステージからの音楽も鳴ったままだ。


 広い店の一角。

 反応したのは男と隣接したテーブルのみ。

 皆、正面から男を見ようとはせず、チラリと一瞥(いちべつ)しては素知らぬ方を向き、耳だけを傾けているようだ。

 男の言葉に同意する人は誰も居なかったが、止めようともしなかった。


 「お前もそうだろ?」と同意を求められた同席の女性は、「何てこと言うんだよ」と否定するものの、それ以上強くは出ない。

 魔王が聖剣を抜くことが、国の平穏に繋がると言っていたハイド。その考えが国民の思考の根底にあるらしい。クラウが聖剣を抜けない不安を、みんなが少なからず感じているんだと実感する。

 それに、王都のハスラとは温度差があるようにも感じた。


「だからって、ふざけんなよ。こんなトコロで……」


 俺はブツブツと声に出しながらテーブルのグラスを両手で握りしめ、上目遣いに男を睨んだ。

 「落ち着きなさい」とチェリーに止められても、冷静さを失った頭は男に対する攻撃の言葉ばかりが溢れてしまう。

 腹の虫がおさまらないどころか、ヤツの俺に対する無意識の挑発は更にエスカレートしていった。男の興奮と周りの沈黙が、徐々に店内の中央辺りまで伝わっていく。


 限界だった。

 髭面のその男が、クラウを「腑抜(ふぬ)け」だと(ののし)る。


「グラニカの覇王(はおう)だとか言われて、聖剣が抜けないときちゃあな、腑抜け以外の何者でもねぇぜ」


 ガハハ、と響いた嘲笑(ちょうしょう)を打ち消すように、俺は『バン!』と両手でテーブルを勢いよく叩いた。

 男が「あぁ?」と眉毛をねじ上げて、不快な顔をこっちに向けてくる。


 俺は怒りのままに立ち上がろうと再びテーブルに手を突くが、「やめて」とヒルドが俺の耳元で囁いて、代わりに男のテーブルに歩み寄った。


「ヒルドに任せて。貴方が出たらややこしくなるでしょ?」


 収まらない怒りに、チェリーが俺の手を掴んだ。

 顔を横に往復させて、「ダメよ」と強く諭してくる。


「ちょっと。せっかく食事に来たのに、やめてくれる?」


 ヒルドは男にそう言うと、俺を振り返って「ごめんね」と浅く頭を下げた。


「この店に連れて来た僕が謝るよ」

「お前のせいじゃないだろう?」

 

 俺はそう返して、唇を噛み締めた。

 ひとまず水を飲み干して、運ばれてきたばかりのナッツを鷲掴(わしづか)みにして、むさぼるように口へと運んだ。


「何だ、お前は」


 喧嘩腰の男が激しい音で椅子を引き、立ち上がる。熊のような体格が、やたらに大きく見えた。

 もう店中に騒ぎが伝わって、ステージの音がやみ、ざわめきが広がった。

 そんな中で駆け寄ってきた店員の男が、対峙(たいじ)する二人を見て「ヒルド様?」と呟いた。

 周りが「えっ」とどよめく。


「ヒルド……様?」


 聞き慣れない敬称に、俺が大きく疑問符をつけて顔をしかめると、ヒルドは「気にしないで」とにっこり笑った。


「僕は、ただの絵描きで戦師だよ。ただ、アルグーン家はこの町の領主だからね」


 ヒルド=アルグーンが本名なことなんて、俺は全く覚えてなどいなかった。


「そうか。凄い奴だったんだな」


 それが俺の率直な気持ちだ。


「お前がアルグーンの長男って奴か。戦師ごっこかよ。金持ちの道楽か? 魔法が使えなくても、剣提げときゃあ強そうに見えるもんな」


 男は俺たちの腰にある剣を一本ずつ目で確認し、「ハッ」と鼻で笑い飛ばす。


「考え方って色々あるから、そんな風に愚痴るのも間違ってるわけじゃないと思うよ。けど、そんなに嫌だと思うなら自分で世界を変えようとしてみなよ。クラウはそれをしたから、結果として今とっても悩んでるんでしょ?」


 高圧的なのは男の方なのに、全く動じないヒルドの態度が優勢に見える。


「聖剣を抜けないから魔王になれないだなんて古い考えだと思うけど。そう言っていられるのも建国祭が終わるまでだよ。アンタみたいのがいるから、元老院は祭を早めたんだ。自分たちの王様を見守ってあげなよ。それもできないくらいなら、この国を出てったほうが賢明だよ?」

「や、やれるもんならやればいいのさ」


 男は逃げ腰になりつつも「金持ちの茶番には付き合ってらんねぇぜ」と強気な捨て台詞を吐いて早々に店を出て行ってしまった。

 シンとした店内に立ち上った喝采(かっさい)は、ヒルドに向けられたものだ。クラウへの不安を抱きながらも、みんな彼の言葉に同意している。


「お前、領主様の長男って。絵描きの息子じゃなかったのかよ」

「絵描きの息子だよ。領主、って言ったって大したことないよ」


 周りの反応はそんな軽いものではなかった気がするけれど。

 ようやく興奮が落ち着いてきてテーブルが料理で埋まったところで、再び店内に音楽が流れだした。

 俺はシーモスの唐揚げとやらをつまみながら、男が出て行った出口を振り返り、さっきのヒルドの言葉を思い出す。


「クラウは10年前、この世界を変えようとしたのか?」

「え? あぁ。ちょっとオーバーに言っちゃったかな。結果的にこの世界は変わったってこと。けど、この国が彼を王にしたことは良い選択だったと思うよ」


 俺は10年前の詳細を知らない。

 メルーシュへの気持ちがクラウをそうさせたってことは、本人から聞いている。

 暴走したメルーシュに刺されたという傷跡を俺に見せたクラウは、聖剣を抜くことを試練だと言っていた。


「クラウはもう目を覚ましたのかしらね」

「どうかな。明日まで寝てればいいのにって思っちゃうけど。あの人は、今までちょっと頑張りすぎたから」


 ヒルドがゆっくりと傾けたグラスの中で、大きな氷がカラリと音を立てる。

 俺は「確かに」と同意して、目が合ったチェリーと頷き合ったのだ。


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