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99話 もう一人の鍛冶師

 ここは『(とむら)いの場所』。

 山頂の丘に立って、俺は少し涼しいなと感じた。炎天下の日本から来れば、どこでもそう感じてしまうのかもしれない。


 「帰ってきたのね」とメルが辺りを見渡す。

 どこまでも広がる、緑と青のコントラスト。

 穏やかな生温い風と新緑の匂いに包まれて、つい現実を忘れてしまいそうになる。


 俺たちは慰霊碑(いれいひ)に祈りを捧げて、各々(おのおの)の武器を身に着けた。

 ついこの間、ほんの数日間だけ提げていた剣なのに懐かしく感じてしまうのは何故だろう。

 クラウは久しぶりにマントを着けて、何だかホッとした表情を浮かべた。


「メル、ありがとな」


 (さや)を抜くと自分の顔がぼんやりと刃に映る。メルが早朝手入れをしてくれたお陰だ。


「いつでも戦える状態にしておかないと、救えるものも救えなくなってしまうから」


 メルの剣は華奢な背中が定位置だ。腰に差すには少し長いし、戦う時にも彼女は意識的にその長さを考慮していた。


「それってもしかして、メルーシュの剣なのか?」


 何となくそんな気がして尋ねると、メルは「そうよ」と笑顔になる。


「ゼストのお爺さんが私の親衛隊で、同じように鍛冶師をしていたから。特別に打ってもらったものなの。ずっと彼が持っていてくれたんだけど、私が討伐を始めた時にはもう引退していたから、ゼストが持ってきてくれたのよ」

「へぇ」


 メルがその剣を大事にしているのも納得だ。


「ヒオルスは引退する前、最後に僕の剣も打ってくれたんだよ」


 そう言って見せてくれたクラウの剣は大分シンプルなものだった。初心者用の俺の剣と大差なく思えてしまう。


「やっぱりユースケのとは全然違うね」


 けれどヒルドはそんなことを言う。俺には違いがわからない。


「そういえば、クラウ様が着地点をここにしたんですか?」

「うん。最初にここへ来ておきたかったからね」


 慰霊碑を振り返るクラウに、ヒルドは「確かに」と(うなず)く。


「城は今とっても慌ただしくなってるから、直接入るより良かったかもしれないね」


 城の様子が見たいと言って、俺たちは公園の出口へ向けて芝生の丘を下りていく。

 前に来た時とは少し様子が違っていた。

 まばらにだが、俺たち以外にも人がいる。

 討伐に来た時も、風呂に入りに来た時も、ここはまだ閉鎖中だった。メルが巨大カーボを倒したことで開放されたのだ。


 向かいから丘を登ってきた子供が、俺たちを見て「わあっ」と声を上げた。傍らの母親を残して、「クラウ様だ!」と駆け寄ってくる。

 メルより少しだけ小さな少年はクラウを見上げ、ぐんと背伸びをした。


「クラウ様、聖剣が抜けないって本当? 病気なの? それで城が壊れてしまったの?」


 子供は容赦ない。一瞬流れた気まずい空気を割くように、「ロイ!」と少年の母親が息を上げながら追いかけてきた。

 「申し訳ありません」と息子の頭を鷲掴(わしづか)みにして、力ずくで頭を下げさせる。


「いえ、気になさらないでください」


 クラウはロイの前に腰を落とした。


「不安にさせてしまって、ごめんね。僕は病気ではないんだよ」

「そうなんだ! なら頑張って、クラウ様。応援してるから」


 ロイの目に不安はなかった。期待に満ちた目がまっすぐにクラウを見ている。

 「こら、ロイ」と腕を引っ張られると、ロイはもう一度「頑張って」と声を上げた。


「すみません、すみません」


 クラウは何度も頭を下げる母親の前に立ち上がった。


「僕が至らないせいで」

「いいえ、私も応援していますので」


 彼女もまたそう言って深く頭を下げると、慰霊碑の方角へと歩いて行った。

 「クラウ様、頑張って」と何度も何度も振り返って手を振るロイに、クラウは笑顔で手を振り返していた。


「お前が聖剣を抜けなくても、怒る奴ばっかじゃないんだな」


 俺はてっきり国民から非難されるものだと思っていた。


「クラウ様はそれだけの功績を残して、国民に愛されているもの」


 メルが両手を胸の前で組み合わせると、クラウが眉尻を下げて「けど、抜けないことにはね」と苦笑した。

 クラウが背負っている期待は、俺が想像するよりも大分大きいようだ。


 公園の入り口にある大きなアーチが見えたところで、メルが「えっ」と息を飲み込んだ。

 アーチの真下に一人の男が立っていたのだ。黒いマントを着けた老父は明らかに俺たちを待ち受けている風だったが、俺は知らない顔だ。


「ヒオルス?」


 クラウが呟いたその名前に聞き覚えがあって俺が首をひねらせると、ヒルドが「あぁ」と声を上げた。


「ヒオルス様? メルーシュ親衛隊の」


 その名前とゼストの顔が俺の中で一致する。

 目を潤ませたメルが走り出す背中を追って、俺たちはヒオルスの元へと向かった。



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