話し合い
イブの歌を聞いてから、悩みに悩んだが、いまだ結論は出ていない。
それとなく今刺繍しているものをどうするつもりか聞くと、ハンカチにして私にプレゼントしてくれるつもりらしい。
お礼だそうだ。
それを聞き、純粋に嬉しかったが、それよりも安堵の気持ちが強かった。
私がイブのハンカチを死守すれば、ひとまずはまだ周囲にイブの特異性がばれることはない、と。
時間的余裕を手に入れた私はそれからイブの行動をばれないように、しかしこれまで以上に注視することにした。
もしかしたら歌うことに飽きるかも、という楽観的な希望を抱いていた。
そう、子供は飽きっぽいものだし、と。
しかし、そんな私の思惑など、所詮は現実逃避の楽観論に過ぎなかった。
あの日以降も、イブは歌いながら刺繍を続けていた。
どうして私にそれが止められよう。
うるさいから?私がいつも歌っているのに?
危ないから? それには少なくとも一部でも事情を説明する必要がある。力を自覚すれば、より一層強まる可能性が高いだろう。
今ですらいたいけな少女の身にはもて余すだろう力なのに。
しかし、これほどの才能の片鱗を私に押し潰せるだろうから。
逆にすべてを説明し、教え導いていくか。
イブがそれを望むだろうか。力あるものはそれに伴って波乱に満ちた人生を歩む可能性が高い。
ただでさえ、両親の死や異国での慣れない暮らし、すでに波乱に富んだ人生をこの歳で送ってきているのに。
これ以上、望むだろうか。
ダメだ、結論を出すことは出来ない。
イブの希望を聞いてみよう。
そう、歌のことなんて触れず、これからどうしたいか聞いてみればよい。
将来の展望を考えさせるのに、こちらの世間ではイブの歳は早すぎという程でもない。
こちらでは、イブの歳で奉公に出たり、弟子入りしたりは普通のことだし。
何かしらの希望があるようなら出来るだけ叶えてあげたい。それに、そこは抱え込むと決めた責任でもある。
ある日の食事のあと、ラインバルブから買わされたイブの故郷のお茶を入れ、話を切り出すことにした。
「イブにお話があるんだけど」
「なに」
「イブは、将来何をしたいとか、何に成りたいとかある?」
「……ここを出ていった方が良いってこと?」
イブが硬い表情で問いかけてくる。
私は慌てて否定すると、どうしてイブがそんなことを言い出したか必死に考える。
「違う違うよ! 誤解させちゃったら申し訳ない。ここには好きなだけいていいし、私はいてほしいと思っているよ。ただ、もしイブが何か将来に希望があるなら、出来るだけ応援してあげたいと思ってさ」
「ありがとう。私は……」
イブはそのまま黙ってしまう。
私はそんなイブに伝える。
「もちろん今すぐ決めろって、そんな話じゃないから。色々考えてごらん。そのあとでまた話しましょう」
その場での話し合いはそれで終わりとなった。
それからは折りにつけてイブは真剣に考えているようであった。
そうしてゆっくりと季節は巡る。
その間にも私たちは変わらぬ日常を過ごしていた。時たまラインバルブが訪れ、お茶を飲んで行ったり、ついでにお茶を売り付けてきたり。
マルティナさんとマリアさんとのランチミーティングにイブも参加するようになったり。
そうして次の季節に変わるかと言う頃、イブは真剣な顔で、やりたいことを決めたと教えてくれた。
私は息を殺してイブの言葉を待つ。
イブは口を開く。
「わたしは、力が欲しい。理不尽をはねのける力。悲しい運命に抗えるたけの力が」
その深紅の瞳に決意を込め、イブはその意思を示した。
そしてそれは私が一番聞きたくなかったものであった。
私はそんな自分の気持ちがばれないよう、一度目をつむり、気持ちを落ち着かせる。
「わかった。最大限手を貸そう」
一緒に暮らすなかで、娘のように思えてきたイブ。彼女が遥かに険しい修羅の道を選び、私の庇護の中から飛び出していく近い未来を思い、私は声を殺して心のなかでだけ涙した。