toxic
僕にとって、物語を読む事は至上の娯楽だ。特に、口絵と表紙背表紙くらいにしか具体的な視覚イメージがない小説がいい。その方が、自分で想像して頭を働かせる分物語に入りこめる気がする。情報が限られる分、作者の意図と違う方向に誤解している可能性もあるが、僕一人が楽しむ分には別に間違っていてもなんら問題はない。漫画や映像作品は情報が多い分作者のイメージしたものが伝わってきやすくなるが、はっきり伝わってくる分こちらで考える必要性が薄れてさらっと流せてしまう。まあ、個人的な見解だが。
ある種の、"濃い"物語は、読了後にも僕に酩酊に似た感覚を引き起こす。魂がふわふわして、物語の中を彷徨っているような、意味のわからないことを口走りそうな(というか、昔、妙な事を口走ったことがあるような気がする。記憶から抹消したので細かい事は覚えていないが)、地に足のついていない心地になるのだ。それは幸福だが、同時に酔いがさめるまで他の事が手に付かなくなるので困りものなのである。
それは一種の万能感にも通じるところがあるようにも思う。まるで、物語の中に自分も入りこんでしまっているような。現実とは異なる理の中で動けるようになっているような。実際には、全くそんなことはないのだけれど。
酩酊に似た感覚と先程言ったが、実の所本来の酩酊状態というやつを体験したことはない。別に、酒に弱くてすぐ潰れるから、というわけではない。寧ろ、酒には強い方だと思う。酒に酔う前に、持病の喘息による不調が出てくるので、酔う程酒を飲む事が出来ないのだ。また、人によっては酩酊状態になるという薬品類なんかも使った事がない。人によっては、カフェインですら酩酊を引き起こせるらしいが…まあ、そういう経験はない。だから、先に言った状態が本来の酩酊状態と合致しているかはわからない。
物語による酩酊は、初めて読む物語か、一度に多量の物語を摂取した時に起こる。何度読み返しても酩酊できる物語に出会った事はないし、短い物語を一つ読んだだけで酩酊したことはない。そんな所にも、飲酒による酔いへの相似があるように思う。
最初の方で、小説が特に良いと言ったが、漫画で酩酊を起こしたことがないわけではない。寧ろ、漫画は一度に何十巻でも(揃っていれば)読める分、相性が良ければ(或いは悪ければ)すぐ酩酊してしまうものだと思う。僕が初めて酩酊を起こしたのも、確か母親の所蔵する長編少女漫画を数十巻一気読みした時だった。それで何をやらかしたのか(あるいはやらかさなかったのか)までは覚えていないが、それが一つのきっかけになったのは確かだろう。
余計なことを考えず、その世界に浸れる物語がいい。一次二次関係なく、素人の作品よりプロの作品の方がいいのは、表に出る前に作者でない人間のフィルタリングを受けているからだ。誤字や誤用で世界から引き戻されることほど興ざめなものはない。僕はそういう細かいことが気になってくる性質なのである。物語の出来そのものと、それを書いたのがプロかアマかは必ずしも関係しない。同人や趣味で世に出ている、酩酊できる作品もあるし、商業作品だというのに読む時間が無駄だった作品がないわけではない。当然だ。それで食っていようがいまいが、書いているのが人間であるのに違いないのだから。ただ、プロはプロであるだけの求められるクオリティのようなものがあるだけだ。
僕は、僕に酩酊を引き起こす物語が好きだ。愛しているといってもいい。あまり一度に摂取すると自分で頭がおかしくなってきているのがわかるのも楽しい(が困りものである)。自分で物語を綴るのも好きだ。どう考えても筆が乗っている時は酩酊しているし、少し時間を置いて読み返すと高確率で酩酊するが、それがいい。己の求める物語は、他人が書くのを待ったり、探したりするよりも己で書いてしまった方が早いと思う。僕の物語の一番の読者でありファンは僕だ。まあ、必ずしも己の望む物語を生み出せるとは限らないのだが、意図しない方向に転がってしまった物語もそれはそれで楽しいものである。
要するに僕は、とにかく物語によって酩酊することが好きなのである。これほどに正気を投げ捨てる趣味も、そう多くあるまい。