私、今日の夕焼けは何も見えない
8月15日。真夏のど真ん中。
昨日までは何もない日だとそう思っていた。
「輪廻、出かけるぞ」
「…………は?」
北川先輩に外へ強引に連れ出されるまでは。
いつもなら言い負かしたり、駄々をこねて我を通す私なのだが、今回ばかりは待ち人がいるため従うしかなかった。
しかも、その待ち人が………。
「……来たか」
午後3時。
待ち人が寝坊するのを恐れて時間を午後にしたのだが、期待を裏切らないというか30分遅れで彼女は到着した。
「お、お待たせしましたぁ」
その名を熊谷秋奈である。
目元にはクマが出来ていて、顔が疲れている気がする。
おそらく道中でこけたのだろう。
「お、おい。大丈夫か?熊谷?」
「だ、だいじょうぶです。さ、さぁ行きま、しょ、う?」
ふらついた足取りで歩いてきた秋ちゃんだったが、つまずいてか、ヒールが折れて、前のめりに倒れた。
「危ないっ!」
反射的速度で北川先輩はそれを受け止めた。端から見れば抱き締めたように見えなくもない。
「………あ……え、え!?ごごご、ごめんなささささ、い!せせんぱ」
「落ち着け。とりあえず何処かに座るぞ」
「は、はいいいぃぃぃぃ!」
そのままその辺のベンチに座って、買ってきた瞬間接着剤でヒールをくっ付けた。
ちなみに乗るはずだったバスの時刻は時刻は過ぎているようだった。
「すぴーすぴー」
次のバスが来るまで待っていると、秋ちゃんは先輩に寄りかかって寝息を立てていた。
きっと昨日、楽しみにしすぎて寝れなかったのだろう。
「ってか、先輩。私、まだ何処にいくか知らないんですけど」
「そうだな。…俺もどうしてお前がそんな離れて座っているのか聞いてないな」
「それは……別になんだっていいじゃないですか」
神崎先輩の爆弾発言から私は一層、彼と距離を置いた。
理由はまだ嘘や勘違いがあり得るからだ。
核心を突く確信がないからだ。
それならばまだ、私は嘘を吐き続けられる。
新しく来たバスに乗って揺られること10分。
到着した先は。
「ここは……」
町外れの墓地だった。
その時に思い出す。今日が何の日であるかを。
「……………」
北川先輩が流石に気づいたかという顔をしたが、しかし、口には出していなかった。
「え、えっと、先輩。い、行きましょうか」
「あぁ」
そう言って二人が向かう先を私は知っていた。
彼と彼女の共通点なんて私と知り合いであること以外考えられない。
「輪廻はここまで待ってろ。これは俺と熊谷の自己満足でやることだからな」
北川先輩は小声で呟いた。
「………………」
私は―――――。
私は……隠れてついていくことにした。
自分の墓がどんなのか興味はあった。
まぁきっと春日井家の墓には入っていないことはわかっていたので、その理由は建前に建前に過ぎなかった。
私は先輩たちの歩く道の一つ右を通って進むことにした。
「……ここか」
先輩たちはそう言って一つの墓の前で止まった。
悔しくも私はその奥にいたので文字は見れなかった。
自分の墓の裏で息を潜めながら、そのまま目を閉じた。
「リンちゃん来ましたよー。今日は以前話してた北川先輩も一緒です」
秋ちゃんが私の名前を呼ぶ。花を替えようと鳴った水音が耳に届く。
以前、ということは度々ここに訪れていたのだろう。
そう思うだけで目から涙が出そうになった。
「……悪かったな、熊谷。休日に呼び出して…」
北川先輩の声が聞こえた。いつもよりトーンが低い。
「いえ、私もお盆に行くつもりでしたので……えっと、その、あ、謝らないでほしいです」
「でも、お前にとってここは」
そこまで先輩が口走ったところで。
「北川先輩」
珍しく秋ちゃんが、強い口調で遮った。そして。
「こうゆう時は『ごめん』じゃなくて『ありがとう』ですよ」
静かに彼女は笑った。
「………そうだったな。ありがとう」
先輩もまた、笑っていた。
「けど、何でリンちゃんのお墓を見たかったんですか?えっと、北川先輩、何か、その、ご関係が…?」
不思議そうに尋ねる秋ちゃんに、先輩は少し間を置いて応えた。
私は耳を澄ませた。
彼の本当を聞くために。
一言目は残酷だった。
「………何も関係なんてない。春日井 輪廻と俺との関係なんて顔見知りな後輩の友人ぐらいだ」
死んでいるけど死にたくなった。もしかしたら涙が落ちたかもしれない。
だけど、二言目は。
「そんな関係で何も始まってなくて終わってなくて。結局は俺の一方通行な」
その二言目は。
「片想いの、初恋だったよ」
愛に満ち溢れていた。
悲しげで寂しげな台詞は風を凪いで時を止めて。
一秒の間に私の中の感情全てが膨らんで弾けて割れた。
私はこの言葉にならない気持ちを音のない涙に変えた。
『名前は確か……そうそう!』
『春日井 輪廻ちゃん!』
この前の神崎先輩の言葉が頭に浮かんだ。
「よし、そろそろバス来るしいくか」
あたりはもう日が傾いていて、夕焼けが眩しく見える。
「あ、その前に。えっと、リンちゃんとお話ししてもいいですか?」
「もちろんだ。ここで待っとくからな」
「あ、えっと、いえ、で、出来れば先に行っておいてほしいです。えっと、二人で話したいですから……」
「……そうか」
北川先輩が墓を離れるのを見て、私も向かおうとしたが。
「リンちゃん」
唯一無二の親友の声が足を止めた。
「えっと、き、北川先輩って面白いよね?それで、優しくて、頼りになって………リンちゃんが好き、なんて、しらなかったなぁ…」
声量が小さくなっていくにつれて、私の中の自己嫌悪が大きくなっていた。
また、私は自分のせいで秋ちゃんを………。
そんな私の暗い檻は。
「……リンちゃん。リンちゃんにはいっぱい色んなことを、ものをもらった私だけどね」
一緒に隣で笑ってくれていたその。
「……私、負けないよ」
親友が、友人が、秋ちゃんが壊してくれた。
「…………………!」
今日は本当に涙が足りなくなりそうだ。
夕焼けなんて瞳の水泡が反射しすぎて。
オレンジ色の空に見えなくなった。




