俺、置いていかれた少女は真意を語る
「こ、ここです」
熊谷に連れられて着いた場所は、古びた一軒家だった。
ガラガラと玄関に戸を開けてくれたので、中に入ろうとしたが。
「…輪廻、何してんだ?」
「…先輩、鎖を長くしてくれませんか。私、外で待ってるので」
「…?」
不思議にも思ったが、本当に入りたくないかのような素振りだったので、外に待たせておくことにした。
「失礼します…」
声を掛けてみるも、どうやら人は住んでいないらしく返事はこない。
え、コレ、空き巣じゃね?
「その、こ、こっちです」
埃にまみれた廊下を歩く熊谷の後を俺もちょっと爪先立ちして追う。
そして、一番奥の部屋の前に着くと『お先にどうぞ』的な仕草を熊谷がしたので俺がその部屋の戸を開いた。
その部屋は和室だった。
廊下や他の部屋とは違い、隅々隅々まで掃除が行き届いている。
その中で小さな窓から差し込む光に照らされていたのは、紙袋いっぱいのナニカと小さな写真たてだった。
写真たての中にはおれのよく知っている、春日井輪廻が笑っていた。
「ここは…リンちゃんのおうちなんです」
と熊谷は写真たての前に正座し続けた。
「リンちゃんのお母さんは離婚してて、リンちゃんの死んだ後はこの家のもの、小学校の時のアルバムも中学校の時の文集も全部燃やしちゃったんです」
坦々と、しかし悲しみを抑えるように彼女は写真たてを手に取る。
『家も恵まれた環境とは言い難かったですし』
幽霊とあった初日の夜を不意に思い出す。
「先に…行っちゃったんです。私を…置いてけぼりにして」
その言葉には悲しみの中に怒りも入っている気がする。
「私が…一人じゃ誰とも…はなせないことしってて…リンちゃんはいっちゃったんです」
コートの袖で顔を擦ると先程印刷したのであろう神崎の写真が飛び出した。
「リンちゃん…好きだったんです…かんざきせんぱいが…だから、だから…」
声を引くつかせて、彼女は俺の方を振り向いた。
その顔はまるで助けを求めるようで、もう限界だと言っているようで。
「せんぱいぃ。わたし、どうしたらいいですかぁ…」
彼女は泣いていた。悲しみに溺れていた。それでも「助けて」と手を伸ばしていた。
今ならまだ助けられる。ただ、何も知らない俺の薄っぺらい言葉じゃ絶対に無理だ。
だから、俺は首輪のボタンを押した。
彼女がどうして自分の家に入りたくないかを考えた上で、例えそれで俺が嫌われたとしても。
それでも、幽霊として残った親友の彼女だけが熊谷を救えるとそう思った。
「ちょ、何してるんですか。先ぱ…い…」
壁をすり抜けて、この部屋に入ってきた輪廻はただ驚愕していた。
何に驚いているのだろう。山のようにある神崎の写真だろうか。墓前のように飾られた自分の写真にだろうか。それとも、親友の涙にだろうか。
俺は少しずつ退いていく輪廻に、目を閉じてただこう言った。
「体、貸してやる。だから…逃げるなよ」
俺の目の前は真っ暗だ。当然だ。目を閉じているのだから。
聞こえてきたのは涙ぐんでいる熊谷の声だ。
「もう…いや…です。せんぱい…。もう…死ん、じゃいたい」
そして。
「パチンッ」
何かが叩かれたような甲高い音が鳴った。
ゆっくりと目を開くと、そこには。
左の頬を触る熊谷と頬を叩いたのであろう俺の姿、いや、彼女がいた。
「死んじゃいたいなんて言ったら駄目だ。わた、輪廻だって死にたくて死んだわけじゃない」
一度止まり掛けてた涙が溢れそうになったとき、そんな熊谷を彼女は優しく包み込んだ。
「秋ちゃんは強く生きてほしい。無責任に聞こえるかもしれない。無慈悲に聞こえるかもしれない。でも…一人で生きなきゃ、いけないんだ」
「ひっぐ、ひっぐ…」
「私が…ずっと、いるから……側にいるから…」
少しずつ涙声になっていく彼女につられて、熊谷も我慢していたものを全部吐き出すように泣き叫んだ。
「ううぅ…ごめんねぇ、リンちゃん!ごめんねぇ!」
「……私も…ごめんね…ひっぐ、ひっぐ」
小さな和室のなかで二人の少女は涙が枯れるまで泣き続けた。




