俺、初恋が始まり終わる
小説や漫画によると人は恋に陥った時、世界が色づいて見えるらしい。
かという俺も一人の少女と出会った瞬間、目の前が一つの色に覆いつくされた。
澱みのない血の紅に――。
その日は何気ないいつもの朝だった。
春休みが終わるという憂鬱感と疲労感が俺の足取りを重くしていたがそれは些細な話。
天気は若干雲っていて少しばかり寒かったので、街ゆく人の中にはコートを着ている人がちらほら見られた。
ここまではごくありふれた、一般的で平和な日常だ。退屈で変化のない日常。
別に不満もなかったし、むしろ俺は暴力的なことが嫌いだったので変化なんて求めていなかった。
そんな俺の目の前に彼女は現れた。
一年間登校し歩き慣れた十字路の交差点には一ヶ所だけいつもと違っていた。
電柱に寄り添って何かから隠れて見ている厚手のコートを着た黒髪の少女がいたことだ。
周りをキョロキョロと見回す仕草と微かに見えた肌白の横顔に俺は心が奪われた。
一目惚れというやつだ。
『可愛い』とか『タイプ』とかそういうのではない感情。
生まれて今まで、恋に落ちたことなどなかったが、高まる鼓動とさっきより輝いて見える彼女の姿を見てこの気持ちは恋なのだろうと直感した。
話しかけて見ようかと俺は少女のいる電柱へ向かおうとした。
彼女しか見えなかった。だから気がつかなかったんだ。
歩道へ猛スピードで乗り出してきた車のことを。
アニメの主人公なら自分が犠牲になったとしても彼女を庇ったかもしれない。
だが、ここ現実で俺はただの一介の高校生に過ぎない。
乗り出してきた車は彼女に突っ込み、そのままガラス張りの床屋の壁に激突した。
一介の高校生の俺にはそれを眺めることしかできなかった。
気が動転していた。考えがまとまらない。思考もままならない。
目の前にいた少女が轢かれた。
初めて恋に落ち、何も始まらないまま終わった。
少しずつ足の力が抜け、不安定になっていくのを感じる。
原因はおそらく彼女から出た血だ。昔からそういった類いのものは苦手だった。気づけば俺は曇った空を見上げ、そして、ゆっくりとまぶたを閉じる。
完全に脱力しきり、暗闇の中で少しずつ意識が遠退いていく気がした。