第二話 結団式
六月五日、日曜日。
いよいよ明日から修学旅行だ。
前日の今日は、学校で結団式が行われる。
中学部三年生は荷物を持って登校し、体育館へと集まった。
この学校では、カバンは自由となっている。生徒達は様々な色やスタイルのものを持ってきていた。
「カバンの中に入っとるもん全部出して、忘れ物が無いか確認しなさい」
酒田先生は舞台の上に立ち、まず始めにこう指示した。
持ち物は体操服【就寝時の着替えに使用】、洗面用具、筆記用具、雨具、財布【小遣いは一万円以内】、常備薬などなど。
生徒達は確認し終えると、しおりの持ち物チェック欄に印を付けていく。
着替え、洗面用具など移動時に使わない物は大カバン。財布やしおりなど頻繁に取り出す物は小カバンに分けるようにとも、しおりに注意書きされていた。
班長さんは、班行動計画表を各担任に提出した。
各クラス担任からカバンに付ける札を配布され、教頭先生他から諸注意があったあと、
「ゲーム機やマンガ、トランプとウノ以外の遊び道具、CDラジカセ、それから化粧品といった不要物を持ってきた場合、見つけ次第即没収します! 観光ガイドブック、小説、教科書、参考書類といったためになる本は許可します。先生もな、修学旅行中はみんなの見てる前で怒鳴りたくないねん。規律正しい行動して、さすが橙中生やなってとこを見せてやりっ!」
最後の締めとして、学年主任も勤める酒田先生がいつものような厳しい口調で告げた。
こうして十時頃に、結団式は閉会した。
「ねえ、これからデパート行かない? ワタシ、新しいカバン買いたい。今日持ってきたやつ、もうパンパンに詰まっちゃって。お土産買うから帰りはもっと荷物増えるでしょ」
帰り道で、希佳は三人を誘う。
「わたしも一緒に行くよ。お菓子買いたいし」
「あたしも行く、本屋さん寄りたい」
「私もついでに」
三人は快く乗った。
こうして四人は下校途中、三宮にある大型デパートを訪れることにした。
「それじゃ、三十分くらいしたらここに集まってね」
希佳は集合場所として、一階入口入ってすぐに所にある噴水広場を指定した。
緑は地下一階食料品売り場へ、小夏と真優子は六階大型書店へ、希佳は四階カバン売り場へと散らばっていった。
そしてあっという間に三十分が経過する。
「お待たせーっ」
希佳は、新しく購入したカバンの詰められた紙袋を持って集合場所へ戻って来た。
「おかえり、希佳ちゃん。緑ちゃん知らない?」
「まだ戻ってなくて」
先に戻っていた小夏と真優子は伝える。
「ワタシも見てないよ。グリーンさんはどこいったんだろ?」
「日曜だから人いっぱいいるからね、迷子になっちゃったのかも。おーい、緑ちゃーん」
さっきまでの間、小夏はライトノベルコーナー、
「緑さーん。どこですかーっ?」
真優子はサイエンス系雑誌コーナーにいた。
「まさか……」
小夏がそう発した次の瞬間。
ピンポンパンポン♪
と、チャイムが流れた。
〈迷子のお知らせです。神戸市灘区からお越しの花見小夏様。魚田緑ちゃんと申される……十四歳のお嬢ちゃんをお預かりしております。お心当たりの方は、二階迷子センターまでお越し下さいませ〉
「……やっぱり。そうしたか」
このアナウンスを聞いて、小夏は苦笑いした。
「グリーンさん、えらいね。それにしても、迷子センターに中学三年生とはね」
希佳はくすくす笑い出した。
(私、緑さんのこと笑えないかも。急に一人ぼっちになっちゃったら思わず駆け込んじゃいそう)
真優子の今の心理状況だ。
「あっ、あたし、引き取りに行ってくる。なんかこっちが恥ずかしいよ」
小夏一人で、早足で向かう。エスカレータを使い、二階へ。
「緑ちゃん、迎えに来てあげたよ」
「あっ、こなつちゃんだ! こなつちゃあああん、会いたかったよーっ」
緑は小夏の姿を目にすると満面の笑みを浮かべ、すぐさま抱きつきに行った。
「……あのね、緑ちゃん」
小夏は照れくさそうな表情をしている。
「お菓子買ったあと、おもちゃ屋さんとか熱帯魚屋さんとかをうろうろしてたら、集合場所が分からなくなっちゃって困ってたの。みんなとはぐれたら、すぐに迷子センターへ駆け込みなさいってお母さんに言われてるからそうしたの」
「えらい、えらい。でも、中学三年生がすることじゃないよ。携帯使ったらすぐに連絡取れたでしょ?」
小夏は優しく注意して、緑の頭をなでてあげる。
「あっ、そうか。次からはそうするね」
緑はぺろりと舌を出した。
「いや、そもそも迷子にならないで」
「分かった。これからは絶対気をつけるよ」
係りの人は、このやり取りを見てにこにこ微笑んでいた。
「おかえり、グリーンさん」
「緑さん、おかえりなさい」
希佳と真優子は爽やかな笑顔でお出迎え。
「ただいま、きかちゃん、まゆこちゃん。わたし、あそこにいた子の中では一番背が高くて、大きなお姉さんになれたよ」
緑は嬉しそうに、自慢げに語った。
「良かったねえグリーンさん」
「とっても楽しかったよ、迷子センター。ミルク味のキャンディーももらえたし」
「あたしは、早く逃げ出したい気分だった」
小夏は苦笑した。
「まあこれで一件落着だね」
希佳は微笑む。
「修学旅行の班行動で緑ちゃん迷子にならないか、あたしすごく心配だなあ」
小夏は不安をよぎらした。
「大丈夫だよ。こなつちゃんこそ、明日の朝お寝坊しないようにね」
「分かってるって」
緑と小夏はにらめっこするように見つめ合った。
いよいよ明日から修学旅行。
四人は期待に胸を膨らませながら、それぞれのおウチへと帰っていった。