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背中越しに彼女が泣いているのが聴こえた。
冷えた涙が床に数滴零れ落ちた。
――
死に場所を求めていた。
救われないのに気付いてしまったから。
どこまでが偽りなのか、彼女自身判らなくなってしまった。
時折ふっと闇に引き寄せられるような感覚に陥る。
気付いたのは、笑っていた時間。
我に返ったように。ふと顔を上げると、そこにいるのは、ただただ自分独り。独りだけだと思った。
自分など、いなくてもこの日々は続くのだろうと。
――そういえば、なんで生きてるんだっけ?
昔からかもしれない。くだらない毎日だと、そう思いながらも彷徨っていた。
全てを辞めるには、あぁ、そうだ。家族のこともあるんだ。お金のことも。仕事もまた始まるんだし。一応、隣に居てくれる人も。
けれど。
シンプルに考えれば、そんなもの、関係ないんだって、解った。
全てを捨ててしまえば、すぐ、そこからでも飛び降りることが出来る。
いつだって、死ねるのだ。
「死にたい」
そう呟くと、ただ、何の理由もなしに「駄目」だと返答が返ってきた。
全てが偽りで、元から此処には自分の心など無かったのだ。
本当は、意識も全部無くなってしまえば良かったのに。そう思うけれど、空っぽなままそれは存在している。
偽りながら、ここまできた。
このまま、一生を過ごすことも出来るのかもしれない。
この気持ちのままでも。
長い、長い道を――
放り投げず、あと何年、何十年と、長い長い刻を。
――苦痛?
今更、どちらでもいいけど。
何も希望が無いまま生きるのと、シンプルに消えてしまうのは、一体どちらが幸せなんだろうね?
手を、自分の細い首筋に当ててみた。力無く、再び腕を下ろす。
流す涙も無かった。
瞼を閉じると、暗闇が誘った。
静かに息を漏らして、白い壁に寄りかかった。
名前を呼ぶ声が聴こえる。
浅い眠りから深い眠りへと誘うように、彼の腕へと身を寄せた。
「死にたい」
はっきりと、何度も伝えた。
何も得られないままに、ゆっくりと眠りへと堕ちた。
そのまま、死ねるのではないかと思うくらいに――
彼は立ち上がった。
何も持たぬ彼女は、目を醒まし、手を伸ばした。
「いかないで」
何も無いからこそ、酷く不安で、縋るようにと。
彼女もゆっくりと立ち上がり、彼にもたれかかると、とうとう背中越しに涙を流したのだ。
「独りにしないで」
もしも――
救われたとしても。
一時的な感情だろうと、解っていた。
背中越しに泣いていた。
誰にも、解らないだろう彼女だけの世界で。
いつか、たった一人で逝くのであろう彼女は、安らげる場所と、死に場所を求めていた。