ビフォーアフター
ども、名無しの七歳児、男です。
早速ですが俺は今、浴場に居ます。
あのあとお辞儀をし終わって頭を上げると、何故か皆さんぽかんと間抜けな顔をして放心していた。まぁ、当たり前か。スラムと言えば国のごみ溜めとまで言われている場所だからなぁ…
食事なんて出来ないのが普通で、ましてやそんな状況下で教育の場である学校があるわけない。
だからスラムに住んでいるほとんどの人が字は読めないし言葉遣いだって粗暴だ。
だから、俺が使った言葉遣いとお辞儀の知識に驚いたんだろう。
するとすぐに放心状態から抜け出した男(ご当主様と呼んだほうがいいのだろうか?)が、
「ほ、ほう…あの街に居たにしては、マシな言葉遣いじゃないか。…だが、その、見目がな…」
「遠慮なんてしなくていいわよ、あなた。ねぇ、そこのあなた、もう少しマシな格好は出来なかったのかしら?汚らわしいわ。」
そもそもあんな場所から側仕えを見つけるなんてことが間違いだったのよ!と不機嫌に怒る奥様(多分)
まぁ、そうだろうなぁ。今の俺の格好というと、水浴びさえ出来ない俺の髪は脂ぎっており、丁度肩のした辺りまで伸びている。洋服なんて言えるものは着ていない。袖も裾も破れていて、本当にボロを身に纏っている。
食べ物を満足に食べれないせいで、身体はガリガリに痩せ細り、ほとんど骨と皮である。全身隈無く汚れているし、こんなみすぼらしい姿を貴族はきっと受け付けれはしないだろう。
「それじゃあ、湯浴みをしてきてくれないか?話はそれからにしよう。ライナー、案内をしてくれ。」
湯浴み?ってなんだ?とりあえず格好の話をしていたから、綺麗にしてこいってことか?男にライナーと呼ばれて出てきたのは、俺を捕まえたあの下級貴族の人。さっきとは違って随分と高そうな服を着ている。やっぱり下級貴族なんかじゃなかったな。
「行きましょうか。」
命令された男に促され、返事をしてからついていく。あ、部屋を出るときもちゃんと挨拶したからな。
ライナーと名乗った男についていき、だだっ広い廊下を歩いていく。だがしかし、廊下にある全てが俺なんかより価値のある調度品や装飾品ばかりで、ここに居るのが何だか申し訳なくなってくる。
って言うか、…気まずい…っ!
見かけだけは平気そうな顔で黙々と歩いているが、こんな広くて豪華な廊下で綺麗な人と無言で二人っきりなんて心が折れるぞ。あ、ちなみにだがライナーも相当に顔が整っている。少し明るめの茶髪に甘いたれ目。少し上がっている口角が更に甘い雰囲気を醸し出している。瞳の色は緑色だ。
年齢は三十代後半だろうか。ここまでの美貌を変わらず保ってられるなんて、凄いな。そんでもってご当主様も格好良かった。何か偉そうなで命令するのに慣れてそうだった。口調はそこまでじゃなかったけど。どうでもいい人の外見についてぐるぐると考え込ち現実逃避をする俺に、上からクスクスと微かな笑い声が落ちてくる。え、
「…なんでしょうか?」
「いえね、フフッ…私には読心術という魔術スキルがあるのですがね、先ほどから君の心を読ませていただいてたんですよ。」
……えっ?えっと、つまり?今までの考え事はあなたに筒抜けだったということ?ですか?
「はい、そうですよ。すみません、万が一ということも想定して見張らしていただきました。」
や、やぁ…まぁ、そういうことだったら…
「君が眠ている間にたらふくご飯を食べて、食べ過ぎで死んだ、という夢を見ていたときは思わず皆の前で吹き出しそうになりましたよ。」
ぅ、うわあああああ!!恥ずかしい…意外に恥ずかしいぞ、コレ…で、でもいいじゃないか!現実で満足に飯が食えないんだったら、夢で腹一杯になることくらいいいじゃないか…!夢くらい個人の自由だ!
「ちなみにそのあと天国へ行って雲の上でゴロゴロ寝てダラけてる夢も見ていましたよね。」
止めて下さい、夢のなかの俺+ライナーさん…!確かに夢は個人の自由と言いましたけど!!やっぱり恥ずかしいんで撤回したいです…。
「…それで、先ほどから考え込んでいたようですけれど、何か質問があるのならお答えいたしますが?」
「湯浴みって何ですか?」
速攻で聞きましたよ、ええ。それが何か?ライナーさんのその言葉に甘えて半ば被せるように質問をした。先ほどまでのおどけた喋りは俺の緊張を解すためか、それとも本性なのかよく分からないけどありがたい。ついでにライナーさんに笑われたがそんなことはどうでもいい。多分目的地であろう湯浴みが気になってしょうがないのだ。
で、湯浴みって何ですか?
「湯浴みというのはですねぇ…君は風呂というものを知っていますか?」
「…いや、わからないです。すみません。」
「いえ、大丈夫ですよ。風呂というのはですねぇ、一日の汚れや疲れを流すものなんです。平民とは違って貴族はお湯で身体を流します。」
「…お湯…失礼ですが水浴びのお湯版と言ったところですか?」
「フフッ、えぇ、そのような感じですかね。ですがその前にその髪の毛をどうにかしましょうね。」
「はぁ…」
髪の毛をどうにかするって、どういうことだ?
ぽかんとしたまま上の空でたどり着いたのはこれまた豪華絢爛で見上げるほど大きな扉がついた浴場?だった。
うわぁ…
感嘆というよりかは若干引いた心の声が出てしまった。だって仕方がない。いまだに湯浴みというものがよく分からないが、汚れを落とす、それだけのことにこんなに豪華にする必要があるだろうか?…貴族のする事はわっかんねぇなぁ…
だが、これからはここが俺の職場になるのだ。いちいち驚いていたらキリがないからな、早く慣れよう。
そしてその扉を開けたのだが、そこはもう異世界でした。
…嘘です、すいません。俺にとっては異世界だけど貴族にとっては当たり前なんですよね、なんだろうこのとてつもない場違い感は…
「それじゃあ君、ここに座って。髪を切ろう。」
何故か置いてある椅子に促される。多分この家の人達が風呂上がりに座ってんのかな、なら俺が座ったんなら怒られるんじゃ…
って、え?どうにかするって散髪のことだったのか?俺はいつも髪が伸びて鬱陶しくなったときは燃やすか、近くに居る人にナイフでちぎってくれるように頼んで、髪を切ってた。ナイフって言っても切れ味のきの字もないなまくらだったので、切る、よりちぎるって感じだった。だから髪をまともに整えたことなんて無かったし、まともな散髪なんてこれが初めてだ。
「え、でもライナーさんが切るんですか?」
椅子に怖々と腰掛けて聞いてみる…って、うおおおおおっ!なんだコレ、柔らけえ…っ!!こんなの座るどころか触ったことすらねぇぞ!!…俺の寝床は地面に草敷いただけだったからなあ…
…あれ、何だか目の前が霞んで見えないや…
心の中でしょっぱい汗を流しながら黄昏ていると 、私、結構散髪には自信があるのですよ、信用出来ませんか?と爽やかにライナーさんが言ってきた。んー、信用ができないとかそういうのじゃなくて…
「ライナーさんが散髪できるっていうのが、少し意外です。」
多分ライナーさんは貴族では無いがこの家に居てご当主様の指示に従っているってことは、この家の執事かそれに近い役職だろう。そんな人が散髪なんて…いや、だからこそ何でも出来るように散髪を…?俺も側仕えになったら何でも出来るようにならなくちゃいけないのか?うむ、奥が深いなあ、この仕事は…。
少しこれからの仕事について俺が悩んでいると、ライナーさんが失礼しますよ、と一言言ってから首に布を巻かれる。そしてジョキジョキと遠慮なしに鋏を入れてきた。…ここまで潔くバッサバッサ切られていくと鬱陶しかった筈の髪が急に名残惜しくなって、はらはらと地に舞い落ちる髪が哀愁帯びて見えてきたぞ…
少しの名残惜しさがあるが、少しずつ鮮明になってくる視界にそれを上回る楽しさでわくわくと内心はしゃいでいる俺に、ライナーさんが終わりましたよと話しかけて散髪の出来を見るため俺の前方真正面に回り込んできた。そして俺の顔を見て、
「…おや……」
と言ったきり固まってしまった。…何かこの流れは身に覚えがあるぞ…俺の顔はいつも長い前髪で覆われて居るのたが、時々そんな俺の素顔が気になると言ってくる酔狂な奴らが居る。まあ、別に隠しているという訳でも無いので見せてやるのだが、見せた途端相手が固まって、その後ぎこちなくなるのだ。あのスリの少年も、知恵袋の爺さんもそうだった。
っていうかいつまで固まってるんだろ?心配になって顔を覗き込もうとしたところでゆっくりと気がついたライナーさんが放った第一声が…
「君は美男子、いえ美人さんだったのですね。」
……はい?
なんか真面目な顔でライナーさんあなた、さも重大事項のように言ってますけどねぇ、もう一回言いますね。……はい?
「え、ええと…聞き間違いではなければ、その…私の顔が整っている…と?」
「ええ。まさか無自覚なんですか?」
「あ、その前に自分の顔を一度も見たことないんで」
またも驚き固まるライナーさん。驚いたら固まるのかな、この人。っていうか何も驚くことなんか無いと思うんだけど…スラム出身の俺には鏡なんて高価な物持ち合わせてないし、むしろそれが当たり前だったから気にすることも無かった。あぁでも、貴族は外面を特に気にすると言われてるから外見を気にしないなんてのは言語道断ってことかな。やっぱりスラム出身の俺と貴族では認識が違いすぎる…気を付けないと。少し反省。
そしたら何を思ったか、ライナーさんは俺に鏡を持たせてきた。自分の顔を見てみろということらしい。な、なん、なんてことするんだ!!こんな高価な物を持たせるなんて!!落として壊したらどうしてくれる!
心のなかでありったけ騒ぎたててから、そーっと鏡を覗き込む。そして俺は固まった。
……だ、誰だこれ!!
顔を見られるといつも決まって相手が固まりぎこちなくなるので、てっきり自分は醜悪な顔立ちなんだろうと思っていた。だが鏡のなかにいる初めて見る俺はそんなこと無かった。全然違った。それどころか真逆だった。ホントに誰だよこいつ!
育ちのせいで髪に艶は無い。無いが、闇色を塗り潰したかのような黒髪に繊細な骨格からなる細く華奢な身体。肌はかさつき荒れてこそいるが病的なまでの白さと、(もうここまで来ると逆に青白いが)目の下に出来た対称的な黒い隈がどことなく消えてしまいそうな儚さと憂鬱さを倒錯的に演出していた。少し長めに切り揃えられた前髪の下から覗く目はアーモンド形をしており、二重の切れ長の目は少し冷ややかな印象を受ける。そして何より、思考が読めず熱が籠っていない蒼の瞳がそれに一層加味して、全体的に線の細い冷ややかな瞳が印象の麗人、という感じだった。
…ホントにこいつ誰…
もうここまで来るとなんか他人事だね。これが自分とか信じられないんだけど。っていうかアラン様と目の色真逆じゃん俺。なんか色違いのお揃いみたいで落ち着かない。それより、
「ライナーさん、髪切るの上手ですね。こんな髪型は生まれて初めてです。」
「え、そこ?」
…?逆に何を気にするっていうんだ。今の俺は耳元、首回り、襟足がわりと短めで、前髪は眉より下で丁度目の上に重なるか重ならないか、くらいだ。なんかよくわからないがおしゃれってやつだろう。ライナーさんが言ったとおり散髪の腕は相当だったようだ。
「フッ、君は少し天然の気がありますねぇ。それでは湯浴みをしましょうか。」
俺のどこか天然なんだ。…よく言われるけど。そしてライナーさんに連れられた先はもう、ホントにもう異世界&天国でした。
湯浴みの部分は省くがホントにもう凄かった…もこもこでしっとりで、ホワホワでバッシャーンのホッコリでどわーん…だった。
風呂から出ると俺はもう別人に成り果てた。髪の毛はさらさらで言い香りがするし、先程まで青白く痩せこけてた頬が、風呂に入って血行促進されたせいか薔薇色に染まった痩せこけた頬に幾分かランクアップした。
そんなこんなで風呂から出た俺は、側仕えの服装に着替えさせられ、先程まで居た部屋の前に移動していました。
「次は側仕えの仕事について詳しいお話をしましょうね。」
ああ、そういえばご当主様が話はそれからだって言ってたっけ?…うわあ、緊張するなあ、なんたって貴族様だぞ!しかも公爵!!
よしっ!行くぞ俺!!
お仕事その1:ご当主様とおはなし。
……うぅ、緊張しすぎてお腹いたい……
ここまで読んでいただきありがとうございます。