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prologue/epilogue

雪之進と申します。

どうぞよろしくお願いします。

 ───やっちまった。

 此処は神界の極地、所謂別荘地とでも言うべき場所。

 そこに建てられたこじんまりとした社の中で、私は盛大なミスをした。

 旅行鞄に荷物を詰め込んできたのだが、一度道路、と言うか雲路の途中休憩中に鞄を紛失し、見つかったものの中身がないと言う事態が発生したのがおよそ今から10日前。それはただの手鏡なので、別段いらねえやと放置していたのだが、───先日、その手鏡が現代世界の日本で発見され、しかもそれが人間の手に渡ってしまうと言う緊急事態が発生した。

 正直に言おう。───コレはヤバい。

 神々にとってはただの手鏡でも、人間からしたら神具である。

 神の力を一部宿したその手鏡を拾った者が、その鏡に宿る能力に気が付かないとも限らない。いや、おそらく気付くだろう。アレはそういう代物だ。

 なので早々に取り戻したのだが、いかんせん。現代世界に神が直接介入する術はない。

 なのでしょうがないよねと、配下の天使に人間界になるべく干渉しない様に持ってくるように頼んだのだが、───人選、いや天選を間違えたらしい。


「神様、手鏡を持ってきました!」


 元気よく敬礼する少女然とした天使ナターシャ。

 その手にはズタボロにされた姿で必死に手鏡を握りしめている少年が、真夏日に放置されていたサバのような目で此方に助けを求めている。いったい何があったのか、そしてこの莫迦天使が何をしたのかを問い詰めるべきだろうと心に決めて、取りあえず莫迦天使の側頭部に蹴りを叩きこんで沈黙させておく。

 こっそりと持ってくるようにと頼んだ手鏡は確かにあるものの、人間(おまけ)を持ってこいなどと誰も頼んでいない。マジでこれどうするつもりなんだよと頭を抱えた私は悪くないだろう。

 

「あー、まあ、なんだ。とりあえず話をしよう」


 取りあえず即席で作り出した椅子に座らせて落ち着くまで背中をさすったりしながら少年の事を調べておく。いくら神様だからと言って心を読むなんてプライバシー侵害を行うのは忍びないし、アーカイブに保管している記録を軽く読む程度にとどめておくとしよう。



 ◆



 ───何故、こんな事になってしまったのだろう。

 それは今から少し前の事。

 時刻は23時を回ったところ、天気は澄み渡るような星空。

 夏休みということで田舎に遊びに来ていたのだが、借りている部屋に気が付けば使い古された手鏡がある事に気が付いた。それは旅館ではなく、かといって自分の物でもない。そもそも男が手鏡を常備する事はないだろう。

 なのでコレは誰のだろうと思いながら、その手鏡を覗き込んで───。



【人間】烏丸鴉鳥(からすま あとり)

【魂位】1 

【称号】天涯孤独の善行者

【保有属性】基本:無(全属性) 固有;増強(増幅)、捕食(吸収)、融合(乖離)

【魔力量】300/300

【能力】環境適応

【道具】猫柄パジャマ、伊達眼鏡、神様の手鏡

【善行値】1,000,000(STOP)


 ……なんだ、これ?

 パッと見るとゲームのステータスの様に見えるんだけど、さて。

 もしかしたらもう眠っているのかもしれない。だからこんな奇妙な夢を見ているのであって、現実にこんな事があるわけではないだろう。まあ、今日は山を散々歩き回ったからそれも仕方ないか。

 これが夢だとするのなら、まあ、後で神様が取りに来るだろうから会って会話でもしてみたいな。

 そんな事を考えながら布団に入って目を瞑ったのだけど、それからしばらくして不審な音が鳴り響いた。なんだなんだと目を覚まして、周囲を見ると特に変わった事が、……あった。

 明障子の向こう側に翼が生えた人の影が出来ている。その影はどうも窓を開けたがっているらしく、何度もトライしているのだが、内側から鍵をかけているので無駄だろう。

 流石夢である。まあ、例え夢でもこのまま騒音をまき散らされたら安眠妨害もいいところなので、取りあえず窓を開けようと障子を開けるとしよう。

 立てつけが悪いのか、少しガタガタと音を鳴らしながらスライドする障子の先には、天使としか表現できない少女が満月みたいな蒼い目を更に見開いてオロオロと混乱していた。

 その少女、というか最早幼女と言っても通ずるような女の子を相手に、流石に外に出したまという訳にもいかないのでとりあえず中に招き入れて、こんな夜遅くに何の用ですかと小首を傾げながら聞いてみる。


「あの、驚かないんですか?」

「だって夢でしょう? 驚く必要ないじゃないですか」

「あ、はい。そうですね、これは夢ですもんね」


 そして話を聞いたところ、この手鏡は神様が落とした物なので返して欲しいとの事。

 それならしょうがないですねと返却をしたのだが、此処で問題が一つ───手鏡がどれだけ渡そうと何故か手元に戻ってくるのだ。

 これは一体どういう事だろうと首を傾げて悩むのだが、まあ当然答えは出てこない。

 しかし相手からすればどうも返すつもりがないので妨害工作をしているように見えたらしく、段々と目が座り始めている。そして何を考えたのか、突如として燐光と共に現れた美麗な槍を此方に向けて、ヨコセサモナキャブチノメスと視線で語り始めている。


「いや、あの……何もしてないので落ち着いてください」

「─────────それはこちらで判断する」


 最初のデスマス口調は何処へやら。

 その後盛大にぶちのめされた挙句、そのまま首根っこを掴まれて拉致されてしまったのであった。

 そして今更だが、激痛によってコレが現実だとようやく理解したのだが、正直遅かったよ。



 そして現在、手鏡を落とした張本人に慰められながら、温かいココアを飲んで何とか気分が落ち着いてきた。それはもう、槍で全身をしこたま殴られ、穂先で突かれ、最後は拉致されて気が付けばこんなところにいるのだ。……こうしてココアを飲んだだけで落ち着ける自分がある意味素晴らしいと思う。

 そう言えば先程見た手鏡の【能力】に環境適応って記されていたけど、もしかしてそれが関係しているんだろうか?


「まあ、なんだ。状況はこちらで確認済なので言う必要がないんだが、しかしまあ、私の配下が本当にすまない事をした」

「あの、それよりこれが何で手から離れないのか教えてもらえませんか?」

「それは、その、……ごめん。どうもその手鏡がどうも君の事を気に入ってしまったらしくて、それで所有権が君に移ってしまったんだよ、うん」


 いやはやまいったねと苦笑する神様を前にどうした物かと頭を抱える。

 いや、こんな物あっても嬉しくないんだけど。むしろ日常生活では邪魔にしかならない。

 でももうそれが決定したのならしょうがないのかなと諦める事にして、取りあえず今すぐ帰してもらうとしよう。なにせまだ宿代を払っただけで一泊もしていないのだ。


「すまないね、こんな事に巻き込んで。悪用さえしなければ問題はないから今すぐ送ろう」

「はい、ありがとうございます」

「いやいや、元はと言えば私の落ち度だから、───あれ?」


 …………うん?

 何故か神様がフリーズしている。それもとてつもない間抜け面で。

 何か問題が発生したらしいので大丈夫ですかと聞くと、顔面蒼白のまま、近場で気絶した天使の頬を凄まじい勢いでビンタを繰り返し始めた。先程の美貌は何処へやら、すっかり膨れた顔になった天使は若干涙目になりながら目を覚まして、


「い、いたいれす神様」

「ふざけんなあっ! 何をした、お前はいったい何をしたっ!? なんでこの子のいた世界に送れなくなって、と言うか存在が消去されてんだよクソッタレがああっ!? 」

「だ、だって最初からいない事にした方が後処理が楽ですし。それに人間の分際で天使の要求を卑劣な手段で妨害したのですからこの程度の処理でもまだ甘、ひぶっ!」

「人間界に干渉するなっつたよなあっ!? しかもその理由がふざけ過ぎなんだよクソッタレがああっ!!」

「ごめんなさい、赦して下さい!」


 神様が天使をボロクソに言葉責めして、最終的に肉体的にも悲惨な事になるの尻目に、何とか情報を整理してみる。

 天使がどうにも俺の情報を消したらしい。そしてソレが原因で元の世界に戻れない。つまり此処に住むことになる? ……今週のアニメとか見れるのだろうか。多分見れないんだろうな。

 そんな事をココアのお代わりをしながら考えていると、スプラッタな事になったモザイク天使から、手を血まみれにしながらこちらに来た神様は頭を押さえながら、椅子に座って燃え尽きていた。駄目な部下を持つと上司が困るとはよく聞くが、しかし神様もこんな事があるとは。とりあえずココアを入れて神様に渡しておく。


「ありがとう、そしてすまない」

「まあ、帰れないなら仕方ないですよ。そもそも家族からは絶縁されてますし、友人らしい者もいないので気楽な一人暮らしでしたし。別に帰れなくてもアニメが見れるかどうか以外は特に問題がありません。まあ、旅館の代金分くらいは泊まりたかったですけど」

「…………最近、人間殺っちまったZE☆と言う話はよく聞くが、何故最近の人間はこうも他人と縁が薄いんだろうか」

「さあ、単に薄い人が巻き込まれやすかったりするんじゃないですか。

 それよりもこれからの事なんですが、この場所に定住すればいいんですか? それとも別の場所に移動とかしなければならないんでしょうか?」


 疑問を口にすると、神様は気まずそうに頬を掻いて視線を逸らした。

 同時に転がっていた天使がムクリと起き上って、何故か完全回復した姿で小馬鹿にしたような笑みをうかべている。すごく、腹立つ。


「そんな訳がないだろう人間。此処は神々が住まう領域、まかり間違っても貴様風情が住めると思うなよ。精々地獄の一角で最低限の安全が保障された状態で放置されるのがお似合いだ」

「……なんで私の部下ってこんなのしかいないんだよ。いくら最近成り上がった下っ端だからって、もう少し良い部下くださいよ。せめて頭がまともな奴くださいよ先輩方」

「神様世界もめんどくさいですね。……で、元凶がああ言ってるんですが、実際のところはどうなんですか?」

「いやまあ、それ以外にもいくつかの案は出せるよ。肉体を棄てて転生するなら異世界へと送る事も可能だし、修行の為になら天界で過ごす事も可能だと思うよ。ただ異世界は私の管轄外だから安全は保障出来ないし、天界の場合はとても長い間拘束されるからつまらないと思う。それ以外となると、やっぱり地獄の一等地でそれなりの安全を保障した生活くらいしか提供できないよ。……ごめんね、新参者だから形見狭くてさ」

「別に気にしなくてもいいと思うんですけど。……あ、転生でお願いします。出来れば記憶ではなくて記録として残してくれるとありがたいです」

「記録? つまり人格は消しても構わないと?」

「ええ、だって自分の子供の中身がこんな奴に占領されてたら両親があまりに不遇ですし。……正直両親に絶縁を言い渡された時点で、家族との触れ合いとかクソみたいなものだと思ってるので、新たな両親に敵意をむき出しに接しそうなのも怖いので」

「そう言えば君は、───いや、ともかく君は人格消去しての転生と言う事でいいんだね?」

「はい、お願いします」


 さて、これで後は来世の誰かさんが精一杯生きてくれるだろう。

 どんな生を歩むかは、まあその子次第だろうけど、ともかく頑張ってくれると嬉しいかな。


「そう言えば、君が行った善行に対するポイントを消費すればある程度来世の君の設定を弄れるけどどうする?」

「お任せしますよ、本人が弄ったら公平じゃないので」


 さてさて、それではこれにて烏丸鴉鳥の人生は閉幕となります。観客は一人としていない、虚しい一人芝居ですが、まあ、中途半端に劇を下りた役者としては十分に恵まれた人生でした。

 という訳で、これから生まれてくる君に最後のメッセージでも残して、早々にこの世界を退場する事にします。それでは、───さようなら世界、こんにちは異世界。

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