【05】
細道を抜けてようやく追いつくと、それを確認するようにエルシィは建物の中へと消えていった。
後を追うと、そこは地下へと続く長い階段。橙色の薄ぼんやりとした照明に照らされた、急な段差が下へと続いている。
ふと階段の脇を見ると、そこには、
【Memento】
という木製の看板が掛けられていた。広告ポップも無いせいで、何の店なのか、そもそも店なのかどうなのかもわからない……が、今はそんなこと気にしていられない。エルシィが下にいるのは間違いない。滑らないように慎重に階段を下りる。濡れたローファーの裏がキュッキュと音を立てる。
一歩一歩進むごとに雨の音が遠ざかり、やがて一枚の扉の前でじっとしているエルシィの姿を捉えた。
「エルシィ」
ルルは呆れたようにそう言って、その白ウサギを抱え上げた。
エルシィがようやく首を回してルルを見た。真っ赤な瞳は、「ここならどうだ?」と問いかけている。今日散々見てきた挙動からして、やはりこの店が目的地らしい。
しかし、コレまでの場所と違って、此処は一度も来たことのない場所だった。エルシィは、今度こそ、という自信に溢れた表情でルルをじっと見つめている。
「…………わかったよ、もう。これで最後だからね?」
ルルは溜息交じりにそう言って、渋々扉を開けた。遠慮がちな開け方に呼応するように、カウベルが控えめに鳴った。
倉庫というか蔵の中みたいだと思った。窓のない空間で白熱灯が橙の光を発して、壁や柱の焦げ色の木目を浮かび上がらせている。じめじめとした印象は何処にもなく、むしろ乾いている。
何かの店だろうか。所狭しと置かれた物、物、物……飴色の机、白い揺り椅子、大きな柱時計。どれも、今時古風な紙の値札が付けられていた。やはり売り物らしい。何となく惹かれるものを感じ、店の奥に一歩足を踏み入れた。
空調が効きすぎているというわけでもないのだが、濡れた体がぶるっと震えた。
「いらっしゃいませ」
よく通る女性の声が、カウンターの向こう側から聞えた。
気配は一切無かったのに、そこには一人の女性がいた。ルルはその方向に目を向けて――固まった。
「……あら、外は雨?」
女性が驚いた声を上げる。が、ルルはと言えば、初対面の人間を前にして、これに返事をするワケでもなく、ただ、
「…………」
絶句していた。女性の言葉などまるで耳に入らない様子で、エルシィを胸に抱えたまま、茫然としている。
艶やかな長い黒髪、銀縁の眼鏡は、形状からしてディスプレイではなくて、視力矯正のためのものだろう。すらりとした出で立ちのその女性は、骨董品の溢れる明るい店の中で、影のようにそこに立っていた。
「タオル持ってくるから、ちょっと待ってて」
女性はそう言うと、店の奥に引っ込んでしまう。
ルルの腕の中に捉えられていたエルシィは、ちらりと彼女を盗み見た。今度こそ、自分の仕事に対して何等かの反応を貰いたかったのだろうが……ルルは気付かない。ただ目を見開いて、女性がいた場所を凝視していた。
数秒の間をおいてやっと一言だけ、声が出た。
「――――――――杏紗?」