第一話 三幕 侑子視点―翌日
体調を崩してしまい、少しばかり更新が遅れました。次話も不定期更新になると思われます。
翌朝、夜更かしが祟ったのか、その日は一日、授業を受けるどころではなかった。途中、何度か声を掛けられたような気もしたが、俺は頭で舟を漕いでいて、まるで耳に入らなかった。
昼休みになる頃には、俺はどうやら涎を垂らして眠っていたらしく、机の上が水溜りになっていた。
「まったく、貴様は真面目なのか不真面目なのか解らんな」
「ほっとけ」
今日も雅紀が声を掛けてきた。こいつも飽きもせず良く俺に付き合うな。まあ、友人として心配してくれているのだろう。正直、少し照れ臭かった。
「…学食、行くぞ」
「承知した」
ははは、と雅紀は薄く笑うと、共に学食へと向かった。
いつものメンバーで集まると、話題は他愛のないものから、最終的に先輩の話へと発展していった。
「景気先輩?」
「三年一科で、校内でもトップクラスで美人だとの噂の先輩だね。まあ、普段からショートケーキを被っていて、顔は解らないみたいだけど」
宮田はのんびりした口調で言った。いつもながら、コイツは学校内外の色んな情報を仕入れてくる。腕利きの情報屋でも雇っているのだろうか。
ショートケーキを被る…俺は八分の一カットされた巨大なショートケーキを被っている少女の姿を思い浮かべた。…やべ、腹いてぇ。
「ショートケーキを被る…そんな阿呆な事があるのか?」
俺の訊きたかった事を雅紀が代わりに喋ってくれた。
「いや、それが本当みたいだよ。実際…」
喋りつつ宮田は下げているポーチから魔導携帯を取り出した。何度か操作すると、ディスプレイをこちらへ向ける。
景気先輩とやらのフォトデータがあるらしく、俺はその画面を見て噴出しそうになった。画面には、まるで想像していたとおりの女子生徒が映っていた。
「これは…ううむ…」
雅紀は画面を覗き込んでなにやら考え込んでいた。ラハキは相変わらず何を考えているのか解らない営業スマイルで、ラウギスやソルトは無表情でぷるぷると体を震わせている。もしや、笑っているのだろうか。
「話は変わりますが、最近新任の先生が入ってきたようですね」
ラハキはそれとなく話題を変えた。
「ケイス先生だっけか?金髪でヤサいイメージしかねぇが」
俺は新任教師の容姿をイメージした。碧眼金髪、眼鏡を掛けていて背中まで流れる髪を後頭部で纏めあげている。年齢は二十かそこらの若い男性教師だったと記憶している。
「戦闘訓練の教員だったな。見た目からは判別つかないが、相当量の魔力を体内に溜め込んでいるようだ」
ラウギスが口を挟む。そういや、コイツは魔力有視化の特技を持っていたっけ。
「次の授業はその戦闘訓練だよね。私ニガテなんだよね、戦闘訓練…」
宮田が落ち込んだように言う。確かに、身体を動かす事が苦手そうなタイプだよな。
戦闘訓練の授業は基本的に生徒同士マンツーマンでぶつかり合う戦闘技能訓練だ。街の外、特に山間部や森林地帯でこの技術は役立つ…らしい。魔獣に出くわした際、最悪、戦闘になっても倒せるようにと学校側が配慮しているようだ。
「気にするな、最悪、俺らがなんとかする」
ソルトが珍しく喋ったと思ったら、少しキザに聴こえる台詞を吐いた。まあ、ソルトなりに周囲の人間の事を考えているという事か。
それを聴いた宮田は、顔を赤くして俯いた。言葉の意味を反芻したのか、ソルトも遅れて顔を赤くした。…なんだろうか、このこそばゆい感じは。
桃色の空気が漂い始める前に、タイミング良くチャイムが鳴った。
五、六時間目は、話していたとおり、戦闘訓練の授業だった。
俺らは一度教室へと戻り、それぞれの魔導具や武具を手にし、動きやすい服に着替えると、武道場へと向かった。
武道場に到着すると、各々個性的な服装をしていたので、その場はまるで仮装大会か何かかと思わせるような雰囲気があった。
雅紀は『これが我輩ら一族の伝統衣装である』と、内側が赤く外側が黒い燕尾服を着ていて、ラハキ、ラウギス、ソルトの三名はいつもの格好。宮田は何故か犬に角が生えたような、魔獣か何かの着ぐるみを着ていた。ちなみに、俺は体操服上下にランドセル型の魔導具を背負うという至極真っ当なチョイスをしていたので、周囲に比べ逆に目立っていた。
今回はどうやら他クラスとの合同でタッグマッチをやるらしく、ペアを組まされた。俺はドラキュラ伯爵スタイルの雅紀と組むことになった。
ラハキはラウギスと組み、ソルトは宮田と組んでいた。他クラスには、巫女服の少女と頭頂部に角、頬から鱗を生やしている亜人、いやにガタイの良い魔女っ子と春なのにマフラーや手袋をした少女、何故か悪役レスラーみたいな覆面をした男とドレスを身に纏った少女、といった奇妙なペアもあり、俺は唖然とした。