第一話 二幕 視点―榊原侑子の場合
のんびり更新していきます。今回は主人公である侑子の視点でお送りしていきます。
そういえば、とラウギスが唐突に口を出した。
「【きのこたけのこ戦争】って知ってるか?」
きのこの山とたけのこの里、それは老舗明治製菓が発売したチョコレート菓子の名称。十世紀近くも前のお菓子だが、未だに販売されているロングセラー商品で、どちらが好きかという事で小さな論争となるほど。ラウギス、お前は争いの火種を持ち込んでくる心算なのか?
「嗚呼、アレだろ?きのこの山とたけのこの里、どっちが好きかっつーしょうも無い…」
そんな小さな話が、よもやあんな大きな事態に発展するとは、この時点での俺は思ってもいなかった。
「「「しょうもない…?」」」
わなわなと体を震わせる俺以外の同席者たち。やべ、地雷踏んだか?
「貴様はそういう考えを根底から見直すべきだ!きのこの山を食せきのこの山を!」
「何を言っているのさクロにゃんは!たけのこの里こそ至高!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す俺以外。なんというか…帰っていいか?俺さくさくパンダ派だし。
結局、どちらが上かという話で昼休みは潰れ、終いには教室内まで持ち込みとなった。
また、五~六時間目は自習という事もあり、教室内は既に臨戦モード一色だった。
「諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が<以下省略>」
目を爛々と輝かせ、古い吸血鬼漫画に出てきた悪役の台詞を吐く雅紀。
「ハイルクロダ!ジーク・きのこ!」
ガガガガッ、と整列し、旧独軍の真似事をしているきのこ厨たち。
「よろしい、ならば戦争d」
「なあ、帰っていいか?」
俺は純粋に家に帰りたくなった。
「なにを言うか!貴様にはこの戦争の行く末を見ていて貰わねばなるまい!我等きのこ派の勝利を!栄光を!」
目をカッと見開き必死の形相で俺の腕を掴んでくる雅紀。混血とはいえ吸血鬼に掴まれたから痛いのなんの。
「解ったから離せ。痛ぇんだよ」
雅紀の手を振り解く。指が食い込んでいた所が痕になっていた。
そんなこんなで、きのこたけのこ戦争は勃発し、結果は四科の生徒をほぼ二分するまでに至ったが、中立組を除き人数は丁度半々、結果はなしくずし的に終戦という事になった。が。
「まだだ!まだ終わらんよ!」
「中立組を引き入れようとするなんて汚いさすがきのこ厨きたない」
…というように、争いそのものは終わった訳ではなかった。
放課後。
先ほどまであんなに言い争っていたというのに、そんな事なぞ無かったかのようにツルんでいるきのこ厨とたけのこ厨。お前ら、本当は仲良いだろ。
「サカキバもクロにゃんも一緒に帰ろうよ」
帰り支度を終えると、宮田が声を掛けてきた。いつも一緒にいるラハキたちの姿は、今回は無かった。
「うむ。承知した」
「応」
雅紀と俺は最低限の返事だけすると、彼女と連れ立って帰宅することにした。
宮田と雅紀と共に帰宅している途中、一組の中学生とおぼしき少年と少女とすれ違った。
少女のほうは魔導装身具でも身に着けているのか、身体の周囲に星を飛ばしていて、少年のほうは長身痩躯にジャージを着ており、ぼーっと少女の後ろをついて歩いていた。
途中、少女のほうがちらちらとこちらに視線を飛ばしている気がしたが、大凡気のせいだろうと思い、振り返らずにおいた。
駅の方向まで歩くと、宮田はそこから家まで電車だという事なので、そこで別れ、雅紀は俺の家の向かい側に居を構えているため、最後まで一緒に帰った。
帰宅後、俺は家族に最小限の挨拶を済ませ、部屋へと帰還した。
Tシャツ一枚にハーフパンツというラフな格好に着替えると、俺は鞄に入っている汎用魔導情報デバイス…通称『魔イブラリ』を取り出すと、教科書のデータを呼び出した。
そこから読書と洒落込んでいたが、歴史に関する科目データなので、つい読み耽ってしまい、気がつけば夜になっていて、母親に食事が出来たと呼ばれた。
俺は居間へと向かうと、用意されていた食事を採り、さっさと部屋へ戻り、魔イブラリを起動し直すことにした。
やはり歴史は興味を持てるため、読み終える頃には窓の外から日の光が差し込んでいた。
結局、その日は一睡もすることができなかった。