第九章『砂の掟』・第三話『夢の終わり・涙の雨』Part3
「あの子・・・・・・・”待って”って言ったのよ」
夜、夕食を食べた後に国王夫妻の部屋へ呼び出されたレイトは、向かい合わせで置かれているソファに腰を下ろし、人数分のティーカップの乗ったテーブルを挟んで彼らと話し合っていた。
エフェリーが身重であるという理由で金星城に留まることなく本国に帰って行ったレイトの両親は、レイトに無理矢理如何にも海王星国の王子らしい服装を押し付けていった。
それを偶然見ていたシャネッタが嬉々として呼び出されて早々着るように命じ、特に嫌がることなくレイトはそれを身に纏ったので、今その部屋の雰囲気的に国同士の会談に近いものがある。
つまり、少しピリピリとした、居るだけで刺さるようなものが漂っている感じだ。
紅茶に少しだけ口を付け、レイトは
「そうですか」と言った。
「貴方を嫌っている訳では無いと思うの。でも、蟠りみたいなものがあるように見えて」
「申し訳ないが、サラと話してやってくれないか?話し掛け辛いだろうが、私達では何を言っても駄目だろうと思うんだよ」
レイトは二人の目を見て、はい、と頷いた。
「・・・・・姫様、いらっしゃいますか。私です」
ノック音と共に掛けられた声に、サラはびくりと肩を震わせた。
どうやら今一人称が”私”に変化しているから、”王子モード”らしい。
なかなか返事をする気にはなれなくて渋っている間に、レイトは諦めたのか去って行こうとする足音が聞こえてきた。
きっと彼は自分が居ることを知ってる。
鍵だって開いてる。
けれど、彼は無理矢理開けて入り、話そうとはしない。
恐らく自分が話す機会を作るまで待つつもりなのだ。
彼はそういう人だ。
陽だまりのような笑顔で、優しくて。
でも何か重い物を背負っているように見える人。
返事なんて出来ない。
サラ自身、綾乃に申し訳ない気がしていたから。
そして、自分は、好きな人であるレイトを二度に渡って傷つけたから。
一度は、殺そうともした。
それなのに、自分は卑怯だと。
婚約の話は嬉しかったのにも関わらず、すぐに是とは言えなかったのには、そんな思いがあった。
自分は、彼にふさわしくないと。
この時丁度同じように思い詰め、涙を流す綾乃と同調するかのように同じことを考えて殻に閉じ籠っていたけれど。
レイトが去って行こうとする事に、心のどこかで恐怖というか、とにかくそんなものが渦巻いて、自分の身体を勝手に突き動かしていた。
殆ど、無意識に。
「レイト王子っ!!」
ドアが開け放たれ、サラは赤い絨毯が敷かれた廊下に飛び出した。
そのドアの開く音と、呼ばれた自分の名に反応して、レイトは驚いた顔で振り返る。
「姫様・・・・・・」
「あの、その・・・・・・えっと・・・・・」
飛び出すだけ飛び出して、どうすればいいのか分からなくなったサラはだんだんと室に戻りながら言葉を探した。
その様に、レイトは苦笑する。
「姫様。少しお話させていただきたいのですが。お時間はよろしいですか?」
「大丈夫よ・・・・・・入って」
サラの部屋に備え付けられている広いベランダにある、白いロイヤルベンチに二人は腰掛けた。
いつもはこっそり控えている警護の人も、レイトの魔力の秘密を聞かされて、安心出来ると判断したのか皆いない。
少し曇ってはいるが、空には星がたくさん見えた。
「懐かしいですね・・・・・・昔も、こうしてよく姫様と夜空を眺めましたね」
「うん・・・」
約一年前までは、毎日普通に一緒に過ごして、寝る時は本を読み聞かせていた。
婚約の話が伝えられ、お互いの想いの形が変化した今、その頃に戻ることは出来ない。
そう、あの頃には。
不意に、サラの表情が曇った。
「・・・・・・?どうしたのですか?」
「ごめんなさい」
「え・・・・・・?姫様・・・・・?」
「わ、私・・・・・婚約のこと・・・・・・・」
急に直球できた否定的な返事に、レイトは唾を飲み込んだ。
「謝っても済まないことを私はレイト王子にしてしまったもの・・・・・・”はい”だなんてこと言えないわ」
俯いたサラにレイトは戸惑って、
「あ、謝らないで下さい。それは冥王星国の策略です。それよりも、私は魔力を失った姫様の方が気に掛かります。一応は我が国に一任していただけることになり、事無きを得ましたが・・・・・・そのような物理的なことなど関係なく、姫様はお辛いでしょう?」
暫し二人の間に沈黙の時が訪れる。
「私は・・・・・・・僕は、姫様が必死に助けようとしてくれてたこと・・・知っていますから。姫様、聞いて下さい。僕は姫様をお慕いしているから、だから幼い頃から傍で仕え、Fランクではありますが僕に出来る精一杯の形で守ってきたつもりです。婚約者だからとかではなくて、です」
サラは”好き”という言葉に僅かに反応して顔を上げ、赤らめた。
それは言った本人であるレイトもで、俯いてその顔を見られないようにしたかったが、それでも今は精一杯の想いを伝えなければいけないと心に決めて、サラが目を背けない限り真っ直ぐに見つめた。
サラの罪悪感は消えないかもしれないが、それでも。
「・・・・・・前に、姫様は仰いました・・・・・自分は、守られているばかりだと。でもそんなこと思われる必要なんて無いんです。まあ、僕は力が無くて守り切れないことだらけでしたし、颯爽とカッコよく守るなんて出来なかったですけど・・・・・・・」
そんなことない、と言おうとしたサラの言葉を、レイトが阻み、続きを述べる。
「僕は、絶対に、何としても姫様の魔力を取り戻します。ですから・・・・・・」
「ありがとう、レイト王子」
一生懸命想いを述べるレイトの姿に、サラは微笑んでレイトの手に自らの手を重ねた。
恥ずかしさに顔を染めているサラの、いつもは冷えて冷たい手は暖かくて。
姫様照れてる・・・・可愛らしいなあ、などと考えているレイトの頬も同様に赤くて。
お互いに顔を見合わせれば、思わず吹き出してしまった。
結局レイトの告白を、サラはきちんとした言葉で返すことは出来なかった。
それでもレイトにはその想いは届いていて・・・・・・。
レイトは別に言葉は無くてもいい、と諦めかけていた。
その時。
「耳、貸して?」
反射的に正面を向いたレイトの耳元で、サラは言った。
私、婚約の話。――――受けるわ。
びっくりして振り向いたその顔は、至上かつて無いほど真っ赤で、動揺しているようだった。
次いで、小さな声が聞こえてくる。
「・・・・・・・好きよ」
・・・・・二つの影が、一つになった。
けれど・・・・・・。
数年越しの恋が実ったのも束の間、サラがレイトと過ごせる日は彼らの知らないところで着々と減りつつあった―――――。
やっとサラとレイトが両想いになりました・・・・・・太陽系の王様1では最初っから婚約者だってバレてて、それで関係が微妙になってるところから始まっていました。ここまで来るのに長かった・・・・・・。
彼、レイトは思いっきりサブキャラでしたが、サラとの恋模様の複雑さが気に入り、メジャー入りに。
そして、レイトを取り巻く謎が結構明らかになってきましたが、同時にまた新たな謎が出てきました。
・綾乃がレイトと両想いになってはならなかった訳
・サラがレイトと過ごせる時間が減ってきている訳。
他にもさまざま・・・・・。
次章はテイムの水星国キャラストーリーになる気がしますが、第十一章『光の掟』の太陽国編では太陽国守護神の儀と共に誰も予想出来ない急展開が起こります。
キャラプロフィールも近々更新しますので、そちらのチェックもよろしくお願いします。