第九章『砂の掟』・第二話『昔からの約定・複雑な恋心』Part3
「サラ・・・・・・ちょっと来なさい」
レイトにお礼を言おうと近付こうとしたサラを、ジェインが呼び止め、別室へ連れて行った。
そこには、母であるシャネッタもいた。
「お父様・・・・・お母様・・・・・・何・・・・?」
そのただならぬ雰囲気に、サラは恐る恐る問うた。
「今まで黙っていて悪かった・・・・・・・サラ、お前には、婚約者がいるんだ」
「フィアンセ・・・・・・?」
サラが呆然と呟いた。
一方、サラに伝えられていることを両親から聞いたレイトは、サラを除く旅のメンバーを集めて借りた一室でそのことを話そうとしていた。
「テイムさんには・・・・・・・もう、言いましたよね」
「あの事か」
「はい。綾乃さん。湊生さん。テイムさん、リフィアさん・・・・・・話を、聞いてもらってもいいですか・・・・・?」
頷く一同を一通り眺めて、レイトは追憶するかのように目を閉じた。
二十四年前・・・
「なあ、トラン?私はどうすればいいと思う?」
裏世界の金星のとある丘で、二人の王子が物思いに耽っていた。
一人は金星国王子・ジェイン。もう一人は海王星の王子・トランスである。
二つの国は頻繁に戦争をしており、つい先日停戦に入ったばかりだ。幼馴染である彼らは、その都度どちらかの国に行っては親に秘密で会っている。
海の王国である海王星、砂漠の王国である金星。国単位で互いを嫌うのは、風土的なものから始まり、国民性においても相性が悪いからだ。
因みに戦争の原因になるのは、いつも水の貿易問題である。
海王星は海と共存していくために鹹水を淡水へ簡単かつ大量に変える技術を手に入れた。
一方金星は小さなオアシスであるために水が少なく、他国から水を貰う他無かったが、水星国は事情により貿易を拒否―――となると海王星に貿易を求めざるを得ない。
輸出出来るような物が金星には何もないのも現状であった。
そこで、水の対価が足りないということになる。
「お前も俺も・・・国王になる身だ。国を変えることが出来るじゃないか」
一国民が国を変えるのは無理かもしれない。
でも、自分たちはそうじゃない。
「簡単に言わないでくれ。確かにそれはそうなのだが、私には何の案も浮かばない・・・」
「俺は・・・!俺は、金星が好きだ。国民も環境も・・・。お前と敵同士になるのは嫌なんだ!」
「・・・!それは私だって同じだ!海王星の澄んだ海が忘れられないさ!」
トランが、ジェインの意思を聞いて笑った。
それから壮大な計画を提案する。
「俺が今から言う案に乗ってくれたら、その間は水を無償で提供する」
「無償?相当大きく私に関わってくるのだろう?貴重な水を、無償にするほど・・・」
「ああ。国際問題の中で、何よりも大きくなり得るプロジェクトだ」
ジェインがごくりと唾を飲み込む。金星にとって、水を貰えること以上の喜びはない。
「それは・・・」と、沈み行く夕日を背にしてトランが語り出した。
「僕の両親とサラの両親は友人同士で、いつか二つの国に架け橋となるように子供を結婚させようという約束をしていたそうです。僕が生まれ―――サラが生まれ、その約束は実行されることになった。というのが全ての始まりなんです」
いつも姫様、とサラのことを呼ぶレイトが、今はサラと呼び捨てにしていることに綾乃は気付いた。
さもそれが本当であるかのような感じが辛かったが、黙った。
王族同士が結婚することはよくある。別に何ら不思議ではない。
幼馴染みで、恋愛感情があってのことだが、レイトの母・エフェリーも、太陽国の姫君だったという実例もある。
まあ、言い換えるならレイトは太陽国人と海王星国人のハーフということだ。
レイトに、海王星は表世界と違って海だらけの国であり、一方サラの母国である金星は砂漠の中心にあるオアシスの国だと綾乃や湊生は習った。
海の水から淡水を得なければならなかった海王星は海水、鹹水を淡水に変える、つまり蒸留技術に長けているので、オアシスの水の量が少ない金星にとって最大の輸入相手国だと。
水星は元々淡水らしいが、冥王星の策略によって水の減少が始まっているそうだともその国の守護神であるテイム本人から聞いた。
それ故、隣国に水を持つ国があっても海王星から水を貰わなければならなかったのである。
それはもう数十年も続いている。
「・・・親同士が決めた際の・・・政略結婚の、トラブルってありますよね?」
少し間をおいてレイトが切り出した。
《互いのことが・・・嫌い、とか?じゃ、レイトはサラが嫌いで、仲が悪い?》
少し飛躍し過ぎた湊生の見解に、レイトは苦笑しながら事例の方は合っていると言ったが、後者の方は否定を強調した。
「父上はその対策のために予め婚約の話を僕に教え、まだ五歳の時に庶民出の相手役兼護衛役としてサラに仕えることになったんです。」