第七章『火の掟』・第一話『帰国開始・ほんの一時の休息』Part3
事が起こった前日の夜。
いつものようにサラが眠りにつくまでベッド脇の椅子に浅く腰掛け、本を読み聞かせてやって。
寝たのを確認し、レイトは部屋を出た。
そこに、待ち伏せていたかのように現れたのは、サラの兄・フェン。
彼から嫌われていることを知っているレイトは、僅かに頭を下げて早々に立ち去ろうとした。
擦れ違いざま、耳元でフェンが小さめの声を発した。
“明日、午前9時にオアシスの果てに来い”
言われて、元々行くつもりだった。
金星国国王一家にはお世話になっている訳だし、友好国の王位第一継承者相手だったから。そうではなくとも行くけれど。
どうしても行かなければならないと感じたのは、翌朝のこと。
朝餉の支度も手伝っているレイトは、いつも通りの時間帯―――午前四時半に起き、着替えを終え、厨房に向かった。
けれど、そこには誰もいなくて。
料理長の部屋を訪ねると、部屋はいつものことであるが開けっ放しで、隙間から覗くと爆睡中なのがわかった。
この料理長、非常に早起きで、寝過ごすなど有り得ない人だった。
やはりおかしいと他の部屋へ行っても、使用人も、国王夫妻も起きている者はいない。
午前7時半、国王夫妻部屋をノックして起きないことを確認した後に、自分が仕える金星国の姫の元へ向かった。
だが、姫の姿は無かった。
もぬけの殻になったベッドから、サラは起きていることが分かり胸を撫で下ろした。
そして、フェンの姿も無かった。
ここまでくると、どう考えても意図的なものでしか有り得ない。
そう思ったレイトは、犯人をフェンに絞って、彼が待っている筈の“オアシスの果て”に向かった。
そこに立っていたのは、例のその人と、自分の主・・・・・・サラ姫。
すぐに視線がサラの手のある物に目が行った。
一丁の銃。
はっとサラを見れば、目は虚ろ。
フェンに、操られているとしか、思えなかった。
意識は完全に消されている訳ではないらしく、サラの肩は小さく震えていた。
その手の銃が、己の方に向けられて。
「死ね!!」
フェンの合図で、サラは、トリガーを引いた・・・・・・。
胸元に、稲妻が走るかのような痛みが駆け抜けて。
無意識に傷口を押さえた手には、ねっとりと鮮血がついていた。
確かにフェンとは仲が悪かった。
一方的に嫌われていた。
その理由は分からないけれど、彼は何度も自分を陥れようとしてきた。
でもまさか、銃まで持ち出すなんて。
何故今日?僕、またお怒りを買ってしまうようなことしましたっけ?などと思わないことも無かったが、それより気になったのは。
かしゃんと銃を手放し、意識を取り戻したらしいサラが、唖然としている姿が、瞳に映る。
サラは、姫様は、弱いから。
これは君のせいじゃない。操られていただけだから、君に責任は無い、そう言わないと・・・・・!
言わなきゃ、そう思って口を小さく開き、手を伸ばす。
止めどなく流れていく血が、腕を伝って行っていた。
失血死しちゃいそう、なんて暢気にも思ったりもしながら。
苦しさに上手く言葉が出ず、身体が、伸ばされた手が―――地を打った。
意識は完全に飛び、その後、レイトはどうなったのか知らない。
「記憶が戻る前、レウィンであった時、僕は姫様のその過剰過ぎる余所余所しさが気に掛かっていました・・・・・」
《記憶が戻ったことで、それが原因だって分かったってことね》
「はい」
それにしても、と前置いて、湊生は若干嫌そうな顔をした。
「おっまえ、心臓撃ち抜かれてどうやって生きてんだよ。気持ち悪い奴だな」
「気持ち悪いって、そんな、酷いですよ、湊生さん」
《大丈夫だよ、レイト君。どこぞのリアルな霊体さんに比べれば・・・・》
「そうそう、どこぞの・・・・・って、今お前なんつった!?」
《何にも。・・・・・で、どうするの?言う?》
「言いたいですけど、言ったらまた傷つけてしまいそうで・・・・・・」
綾乃には、レイトのその表情が・・・・・ただ元主人を心配しているというようには見えなかった。
もっとこう、心に想っている人が、傷付いて自分も傷付いているような・・・・。
レイト君は、どう思ってるんだろう・・・・・・サラちゃんのこと・・・・そして、私のこと・・・・・・・。
レイトに対するサラの態度は変わらぬまま、加えて、綾乃のレイトに対する態度、レイトのサラに対する態度にまで変化が、この日のこの会話から生じたのだった・・・・・・