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太陽系の王様 THE KING OF SOLAR SYSTEM  作者: Novel Factory♪
第六章『木の掟』
62/155

太陽系の王様書庫2

太陽系の王様Ⅲです。




 第一章『光の掟』

 第一話『相反する世界・太陽大命神』





「・・・・であるからして、この問いの解はx=2、y=-15になる」

 四十代後半くらいの男性教師が、テキストを片手に黒板に書かれた生徒の解答を添削する。

(あと五分・・・)

 真ん中より若干後ろの席に座っている女生徒がふいに顔を上げ、時計を見た。

 彼女・篠原綾乃はこの学校、私立皐嘔学園中等部に通う二年生。

 数学・物理を苦手とし、英語が得意科目の文型っコである。

「おい、篠原」

「・・・・は、はいっ!」

「さっきから時計ばっか見てんな?お前だけだぞ、今回の定期テストで赤点スレスレだったのは。それなのによくどうどうと」

 呆れ顔の先生に、綾乃は目を泳がせた。

「いや~あはは、その・・・すみません」

「・・・よし」

「はい?」

「次の問3、お前に当てる。授業が始まるまでに書いとけよ」

(・・・うそぉ!!)

 と、その瞬間チャイムが鳴り始めた。

 が、その音を掻き消す勢いでクラスメイトらの大爆笑が巻き起こる。

 ・・・・仕方ない・・・。

 がっくりと綾乃は肩を落とした。



 起立、礼の号令後、綾乃は掃除当番表で今週は当番に当たってないことを確認し、放送室へ急いだ。

 綾乃の所属する放送部は活動日が週二日程度と少ないが、他の部と違い、生徒会と協力して学園内のイベントの企画・運営をするので面白く、人気がある。

 とはいえ、部が出来た当初は単なる校内放送だけが主な活動だった。

 それが変わったのは四年前と聞く。

 放送部員であった元生徒会長が、部に同学年が他にいなかったために部長を掛け持ちしなければならなくなった。

 忙しくて生徒会の仕事を放送部に引っ張ってくることもしばしばであったらしい。

 催しには何かしら放送部が関わってくるため、そんなこんなで生徒会と統一、もしくは融合しかけているのが現状である。

 十月半ばである今は、十一月の初めにある学園祭の企画の最終調整中だ。

 ところで、綾乃の教室がある第一棟から放送室のある第三棟までは意外と距離がある。

 さらに悪いことに、第一棟と第二棟には渡り廊下があるが第三棟には無い。                        

 最上階にある放送室までで運動部と同じくらいの運動量がある気がするのは私だけか否か。

 兎にも角にもそれは明らかに設計ミスだと生徒の中ではもっぱらのウワサだ。

 ちょうど三階の階段を半ば上ったところで、ふいに綾乃は足を止めた。

 大体どの階段の中腹にもあると思われる、大鏡が目に付いて。

 鏡の大きさは身体全身が映るくらい―――、男子なら少し切れてしまうかもしれないくらいだった。

 一瞬、その鏡が揺らいだ気がしたのだ。

 まるで雫が水面に落ちて、四方八方に波紋が広がるように。

「今・・・・。気のせい?」

「アヤ、何してるの?」

 後ろからやってきた同じ部の友人に声を掛けられ、振り返った。

「ん?えっと、今ね、ちょっと鏡が変に見えただけ。気のせいだと思う」

「そうだよ~。どう見たって普通の鏡じゃん」

「だよ、ね・・・」

 気のせいだと思おうとした。

 でも、その時・・・

《・・・・おいで》

 びくっと全身が強張った。

 私を呼んだ。では、誰が?

 振り返るのが怖かった。

 そこに何がいるのか、もしくはあるのかを認めたくなかった。

 綾乃は友人の手首を掴んで、そのまま猛スピードで駆け上がった。




「・・・っていう声が聞こえたんだけど」

 放送室に着いてすぐ、綾乃は腰が抜けて床にしゃがみ込んだ。

 放送室内は学園祭の装飾品がたくさん置かれ、現在は物置に近い状態になっている。

「何それ?」

「え?」

 あんぐりとした声で聞き返してくる友人に、さらに聞き返してしまう。

「だから、アンタそれ何なの?」

「佳奈は聞こえなかったの?じゃあ、私・・・だけ?」

「幻覚に幻聴、何かが取り憑いてたりとか・・・」

「ちょっと、怖いこと言わないでよ!私が怖がりだって知ってるでしょ」

「まあ、そうだけど。とはいえ、階段・・・あそこしかないからどちらにしろ通らないといけないし」

 そうだったと言わんばかりに綾乃が青褪める。


 こつこつこつこつ・・・

 誰かが、放送室に向かって歩いてきた。

 が、いつもなら何人かでしゃべりながら部員達は来るので、明らかにおかしかった。

 こんな時に限って、単品、もしくは単身で歩いて来ないで欲しいものだ。

 足音が止まった。

 ドアの前にいるはずなのに、その人の影は映らなかった。

 ドアのスライドする音に、綾乃も友人の佳奈もそちらを凝視する。

「・・・・。」

「誰も・・・いない・・・?」

 誰もいなかった。

 怖いものが平気な佳奈はドアの向こうを確かめ、やはり誰もいないことを確認する。


 振り返った瞬間、異変起こった。

「・・・・っ!?」

 ズドン、と突然全ての物に過剰なまでの圧力が掛かる。

 思わず佳奈は片膝を床に付けた。

 次いで、震度の強くない地震が起こり、それに同調するかのように自分自身を含めて視界に映る全てのものにノイズが走る。

 まるで、その存在が揺らぐかのように。

「地震・・・!?・・・って何これSFアクション映画の世界っぽい」

「佳奈!そんなこと言ってる場合じゃないって!!ホラ見て!・・・・この揺れ、地震なんかじゃないよ!!」

「え?」

 綾乃に言われて再度周囲を見回すと、確かに地震で揺れているのではないことがはっきり分かった。

 地震ではない。ノイズに加え、全てのものがクネクネと変な動きをしていたのだ。

 そして彼女らの正面にあの鏡が突如出現した。

 が、その鏡は明らかに変で、物を映すという本来の役割を捨てた何かの入り口のようであった。

 そこに、少年の影が映った。

 さすがにホラー系が大丈夫の佳奈でも、失神しそうになった。

《・・・・おいで。綾乃》

 少年が手を広げ、微笑んだように見えた。

「何か怪しいよ!!アヤ、絶対に行っちゃ駄目!!」

「う、うん・・・・」

《・・・・こっちに、おいで》

「・・・・・・・・・。」

「あ、アヤ・・・・・」

 不審に思った佳奈が、微動だにしない綾乃の方を見た。

 すると彼女は、目を見開いて固まっていた。

「・・・・・お兄ちゃん」

「はい?」

「お兄ちゃん。お兄ちゃんでしょ?」

「何言ってんのアヤ!!湊生君は・・・・っ。湊生君は、死んだのよ!!」

「違う・・・・だって、そこにいる・・・」

 綾乃は壊れた人形のようになっていた。

 それはそうだ。三年前、彼女の実の兄である篠原湊生が交通事故で死んだ際は、悲しすぎて後追いしてしまうのではないのかと皆が心配するほど落ち込んでいた。

 そんな二人は、兄妹であり、双子のようでもあった。

 顔や行動が似ていたのは血の繋がりやいつも一緒に行動したいたためと、相手の思考が手に取るように分かるようになったからに過ぎない。

 そうでなく、本質的に彼らは似ていた。

 二人は双子ではないにしろ、同年に生まれたために同学年、同い年として生きてきた。

 そう、彼はもういない。

 湊生は交通事故で死んだ。

 酔っ払いが運転するトラックが、湊生がいた歩道を横切って、コンビニエンスストアに突っ込んだのである。

 客が多い時間帯だったためか、死者、負傷者共に多かった。

 それから立ち直るのに、どれほどかかったか。

《綾乃・・・。俺が、分かるのか?》

「・・・・お兄ちゃん。分かる、分かるよ」

《佳奈ちゃんだって疑ってるのに・・・・お前は、俺を、疑わないのか?》

 ややあって、

 小さく、けれどはっきり、頷いた。

 綾乃が一歩足を踏み出す。

「アヤ!!言っちゃ駄目だって!何かの罠だよ!!」と、綾乃の腕を必死に掴んで佳奈は行かせまいとした。

「罠でもいい」

「・・・!?」

「罠でもいい。もう一度お兄ちゃんに会いたい」

「だから、そのお兄ちゃんがいないんだってばー!!」

「・・・・ほら。やっぱり。お兄ちゃんじゃない」

 鏡から、スッと人が出てきた。

 佳奈は、綾乃が指差したその先を辿って見た。

「・・・・・湊生・・・君」

 彼がいた。確かに、篠原湊生がそこにいた。

「やあ、久しぶり。元気そうだね」

「・・・・・本物?」

「本物」

「証拠は」

「持ってるものは何も無いけど。何か質問してくれたら、答えるよ」

 佳奈は怯んだ。

 彼は死んだ筈で、生きているなんて有り得ない。

 だから化けの皮を剥がしてやろうと思ったのに。

 そんな余裕そうな笑みを見ちゃったら信じるしかないじゃないか。

 それに、そう切り返してくるところが何とも彼らしい。

「言わなくていい。わかった、信じる」

「ありがとう、佳奈ちゃん」

「ううん」

 お互いに顔を見合わせて苦笑した。

 その笑みが、佳奈は好きだった。

 八歳の時湊生・綾乃兄妹に出会ってからずっと、彼女にとって綾乃は親友、湊生は初恋の人であった。

 だから、綾乃ほどではなかったが、湊生が死んだ時は丸一日涙が枯れてしまうまで泣いた。

「お兄ちゃん」

 しばらく沈黙を通していた綾乃が湊生におずおずと近寄り、俯いたまま袖を掴んだ。

「おう。ただいま。」

「おかえり」



「ねえ、ちょっと」と、佳奈が割り込んだ。

「何?どうした?」

「貴方が湊生君自身だってのは信じるけど、湊生君、ずっとおいでって言ってたよね。綾乃をどこに連れてく気だったの?まさか死後の世界じゃ・・・・」

「ん?違うよ。俺だって天国にも地獄にも行ってないし」

 それから綾乃が「そこら辺を漂ってたの?」と聞くと、湊生は否と答えた。

「じゃあ、どこ」

「この鏡の中の世界。俺の、本来いるべき場所。綾乃、お前のいるべき場所でもある。そこで、今事件が起こっているんだ。その世界でのことは、直接鏡の外の世界に反映される。だから・・・」

「鏡の中の、世界・・・?」

「ああ。ついでに言っとくと、鏡はその世界へのルートの一つに過ぎないから、自分で言ったんだけど鏡の中の世界ってのは、少々どころか、かなり語弊がある」

「私が、行かないといけないの?お兄ちゃん」

「そうだよ。俺だけでは何も出来ないんだ。仮にも俺は、一応死んじゃってるしね。綾乃の力が必要なんだ」

 綾乃は考え込んだ。

 今なお辺りはノイズが走ったり、消えかけているものが目に付く。

 直接反映される、ということは、これを遥かに上回る相当な影響があるはずだ。

 この状況が湊生によって生じているなら、天変地異が起こる程度では済まされない。

 行くしか・・・・ないじゃない。

 お兄ちゃんは、ずるい。

 私に断る余地一切与えてくれない。

 ・・・でも。

 お兄ちゃんは、自分の出来ることは限界まで自分でする人。

 他の人に助けを求めるのはいつも最終手段だ。

 

 そんな人の頼みを聞かないなんて、ほとんど双子として育ってきた私に出来るはずが無いのだ。

 失った時、また会えるなら何でもすると何度も思ったのは、自分。


「私、手伝う。だから、お兄ちゃんと行く」

「綾乃・・・・。待って。それなら私も行くから」

「ダメだ」

「え?」

「佳奈ちゃんは連れて行けない。ここに残って」

「え・・・ヤダ!!一緒に行く!!」

 縋って付いて行こうとする佳奈が、綾乃を見つめ、賛同を得ようとする。

「・・・・・佳奈は残って。お願いだから。佳奈に何かあったら嫌」

「それはお互い様よ!!私だって・・・・っ。それでも私を置いてくって言うんなら、私・・・・アヤのこと一生恨む!!呪うよ!!」

 目に涙を溢れんばかりに溜めて睨む佳奈に一瞬圧倒されたが、綾乃は冷たく言い放った。

「呪えばいい。恨まれてでも、佳奈にはここにいて欲しい」

「わかった・・・・もう知らない」

 佳奈は綾乃をきつく歯を噛み締めて、睨みつけた。

 裏切られた気がした。親友じゃあなかったのか。

 そんな気持ちが、脳裏を過ぎる。

「じゃあ、行こう」

 湊生が綾乃の手首を掴んで、鏡の中に引き込もうとする。

 それでも無理矢理引っ張ろうとはせず、異様なほど一歩一歩がゆっくりだった。

 綾乃が別れの言葉を言えるように、時間を作ろうとして。

 その意図を、綾乃はすぐに読み取った。

 だが、どうしても言葉が見つからなかった。

 突き放すような言葉を言っておいて、何が言えるだろうか。

 そう考えている内にも、身体の一部が鏡の中に溶けていく。

 何か言おう、言おうと思って出てくる言葉は、皆飲み込んでしまって声に変換されないのだ。

 顔が完全に鏡の中に見えなくなるその刹那、綾乃は口を何文字か分だけ動かした。

「“ごめん”・・・?」

 呆然と綾乃の口から読み取った言葉を紡いでいる内に、在った筈の鏡は消え、周辺も元に戻ってしまっていた。

 佳奈は、足を動かした拍子に何かを踏んだ。

 足を退かして踏んだものを拾うと、それは放送室の壁に貼ってあった写真だった。

 それに写る、自分と仲良さ気に肩を組んでいる少年と少女がいたが、誰だか分からなかった。

「綾乃・・・・・?湊生・・・・?誰だっけな・・・・」

 まるでプリクラのように落書きされた写真には、それぞれの名前が書いてあった。

 その名前を、彼女は覚えていない。

 と、ドアの向こうで足音と誰かが話す声がした。

 部員の誰かが来たということに気を取られていた佳奈は、知っていないか聞いてみよう、などと考えながら再び視線を写真に戻した。

 が、そこに写っていた筈の少年少女は消え、ただ初めて飛ぶ練習をしようとする雛のごとく、自分が不自然に腕を左右に広げて写っていただけだった。

 彼女がその二人の名前を再度口にすることはついに無かった。




「・・・・・ん?なんだろう、この感じ・・・・」

 この世界のものとは思えない町並みを行く眼鏡に比較的長めの髪のダサい少年が、立ち止まってふいに空を仰いだ。

「・・・・気のせいかな」

 そして正面に視線を戻し、再び歩を進める。

 気のせいではないこの気のせいが、後の綾乃と少年の運命を変えていくことになるのだった。




「・・・!」

 冷たっ! 目を覚まして一番に思ったのは大理石か何かの床が冷たいことだった。その床には、大きな魔法陣が描かれており、その中心に、綾乃はいた。

 見渡してみても、兄の姿は無い。

『・・・―――召喚は成功だ。この二十歳にも満たない少年が、かの者だということなのだな?』

『この儀式は神聖で正確なものだ。そうでなければ意味がない』

『そうだ』

 所謂白装束が湊生を、魔法陣を取り囲んでいた。

 白い帽子は縦長で、帽子に付けられた布で顔を被い、足先までしっかり隠しているマントも当然のように真っ白であった。

『・・・安心せよ、予言の君。我が名はサフィール。ここ“太陽国”の王である。・・・そなた、名を何という?』

 白装束の一人が言った。

 どうやら、その予言の君、というのが綾乃のことらしい。

 ・・・・っていうか、ちょっと待て。さっき少年とか言わなかった・・・?

「・・・私は、篠原綾乃っていいます」

『し・・・はら、あや・・・の?  変な名だな。』

 いや、あなたの名前から察するにここは私のいた日本と違って、漢字圏の国じゃないから変だと思うんだって。

 変という言葉で剥れた綾乃はそう言い返したくなった。

「・・・では綾乃、私の説明を聞いてくれるか。まだパニック状態であろう」

 そうだ。私は鏡に飲まれて・・・・。

サフィール王は帽子を脱ぎ、顔を見せた。少し髭が目立つ、凛々しい王様の顔だった。

 顔を見たことで少し安心感が出たのか、綾乃はすぐにコックリと頭を垂れた。

「おお、この服ではいけないな。話は着替えてからにしよう。ソロン神官、綾乃を応接間に。あと、少し所用を頼みたい」

「承知しました」と、王の隣にいた細身の男も帽子を脱いだ。

「さあ、こちらへ。王が来られましたらお教えします。」

 案内された部屋は儀式の間と呼ばれる先程の部屋からそう離れてないところにあった。

 神官が部屋を去って、一人になってみるといろいろと考えてしまう。

 太陽国って・・・? 少なくとも地球上にそんな国はないのは明らかだ。では、いったい・・・。

 応接間に備え付けられた鏡に、自分の姿を映す。その途端、綾乃はフリーズした。

「な・・・な・・な・・っ!何これ!わ、私・・・」

 映ったのは男の子。顔が綾乃と瓜二つの。

 セミロングだった綾乃の髪は、思いっ切りショートだった。でも、男子にしては長く、毛量も多い。

 昔、プリクラか携帯電話の写真を加工したものか何かで、“もし性別が逆だったら”みたいなものを製作したことがあった。

 まったくもってそのままだ。

 こうしてみると、さすが兄妹、湊生に似ている。まったく一緒ではないけれど。

 それでも、相当見分けるのは難しい感じだ。

 考えても答えが出ない問題をクルクル、ただひたすらに考え続ける。それは王が入室するまで続いた。

 王は儀式の正装とは似ても似つかぬ、かつてのヨーロッパの一国の王のような服装であった。テーブルを挟んで向かい合って座った二人は、しばし沈黙した。

その沈黙を破ったのは、意外にも王様の方であった。

「さて・・・何から話せばよいのだか。悪いが質問をそちらからして貰えぬか」

「太陽国・・・って、鏡の中の世界にある国ですか?」

「鏡の中?何のことかさっぱりだが、分かっていることはある。綾乃、そなたは表世界から来た者であると」

 表世界、と綾乃は口に出さずに心の中で王の言葉を繰り返した。

「一方、こちらは裏世界だ。まあ、重なって存在する以上、表も裏も無いがな。・・・その質問が一番に来るとなると、次は、《綾乃が裏世界に来た理由》辺りだろう」

「はい。それもあります。あと、《予言の君》と呼ばれる訳も。あとその他諸々・・・」

「・・・順を追って説明する。その質問も含め、綾乃の知りたいだろうことは欠ける事無く盛り込むつもりであるから、辛抱強く聞いてくれ」

 返事をする代わりに、軽く頷いてみせる。

「ここはそなたの住む表世界と平行して存在する世界だ。コインの表裏のようだが、交わることは決してない。裏世界には十の国があって、王家の魔力を持つ者が守護神となって統治している。事実上、王は形だけの存在・・・。そして今・・・魔力を持つ者は減り、守護神がいるのは数国のみ。私は予言を受け、それに従い、表世界で魔力を持つ者に守護神となって貰うために儀式を執り行ったのだ・・・。」

 ともかく。

 守護神になってもらいたいから呼び出した、まではいいとしよう。

なぜ、私だ。

なぜ、私なんだろう。

魔力の《ま》の字も持ってないぞ?・・・当てが外れたな。

 でもお兄ちゃんは、私にはこっちですべきことがあるって言ってた。もしかしたら・・・・もしかしなくても、このこと・・・?

「・・・こちらの世界が失われれば、君の世界も失われる。それが、この二つの世界の事実上の関係。会って数十分の人間だが、信じてはくれまいか。危機が迫っている以上、キミに頼る他ないのだ」


《今事件が起こっているんだ。その世界でのことは、直接鏡の外の世界に反映される。だから・・・》

 ・・・・・同じこと、言ってる。じゃあ、やっぱり・・・。

「・・・・わかりました。・・・・あの、まだ知りたいことが一つ」

「ほ、本当か!?・・・・実は断られると思って気が気でなかったのだ。ところで、その知りたいこととは何だね?」

 王の声のトーンが確実に上がっている。よほど歓迎してくれているようだ。

 これも全て、兄が前もって頼んできたからあっさりOKしただけである。

絶対、何も知らずにいきなりこの世界に来てたら、“協力してくれ”なんて言われても“はい”だなんて答えない。

 綾乃は、元々“何かすべきこと”をするために来たのだ。断るつもりなど、満更ない。

「私、男の子に見えます?女の子に見えます?」

「そりゃあ、男の子だろう」

「ですよね。でも、こっちに来るまでは女の子だったんですよ。来たらコレです」

「なっ・・・それは誠か?予言では男の子だったはずだぞ」

「何ででしょうか・・・・・。私にもさっぱりで」

 ふいに、王が首を傾げた。

「何かいる」

「・・・・?」

「綾乃、キミは一人ではないようだな。何かの依代にされているのではないか?」

「ま、さか、憑依されてるってことですか?」

「うむ」

「そ、そそそそれってゆゆゆ幽霊なんじゃ・・・」

「吃っておるぞ。安心せい、そのまさかだ」

 安心せい?

 寧ろ安心出来ないんですけどー!!!!

 綾乃は全身に鳥肌が立ったのを感じた。

「完全に一体化しておるな。シンクロ率が非常に高いようだ」

 ・・・・・・・・・・あれ?

 綾乃は何かに気付きそうになっていた。

 幽霊。高いシンクロ率。

 それってまさか。

「・・・お兄ちゃんじゃん!!」

 思わず突っ込みを入れてしまった。

 王は意味が分からずあんぐりとしていたが、少しして理解したらしく、一言「なるほど」と言った。

 怖がって損した。いや、ホントチキンなんだから脅かすのやめてよね、そう心底思った。

 でも、ある意味安心したかもしれない。

 お兄ちゃんと逸れたのかもしれない、これからどうしよう、お兄ちゃんどこー!?っていう展開は必ずあるはずだったから。

 それと同時に、私を呼んだのは依代のためなのかという気になるポイントも浮上した。確実に。

 すべきこと=兄の依代。

 ・・・・・それもどうなのだ。

「他に質問などは」

「いえ・・・・でも、魔力とかって・・・」

「神官!例のアレを・・・」と、綾乃が言葉を濁している間に王が神官に命じた。

「はい!どうぞ、こちらにご用意しておりますゆえ」

「うむ」

 ソロン神官が赤い表紙の書物を王に手渡した。何だか不気味で、表紙には手を象った凹凸がある。

「綾乃、こっちに来て、表紙の手形にそなたの手を押さえつけよ」

「手を、ですか」

遠慮なく王の前へ近づき、差し出された本に手を重ねた。

 その刹那、本は光り輝き、綾乃の背に白い翼が現れ、髪がやや薄いオレンジ色に、瞳が燃えるような紅に変わった。

「な、何これー!?髪が!!」

「やはり、魔力をお持ちだ!儀式に狂いはなかったのだな!」などと、遠巻きに見ていた兵達が騒ぎ出す。どうやら、本は魔力の有無を調べるための物のようだ。

「綾乃・・・これから表世界へ帰還を果たすその日まで、我が息子となれ」

「分かりました・・・って、息子・・・!?私女ですよ!!それなら娘です!!」

「継承式には男として出てもらう。終わり次第、分離を試みて、何かに中身を移すとしよう。そうすれば、元の姿に戻るだろう」

 あの、と綾乃は言いにくそうに口を開いた。

「何だ?申してみよ」

「どうして継承式までは男で?さっさと分離、っていうのは・・・」

「予言は公の場で行われる。もしくは、伝えられる。そのため、次の守護神は男だと誰もが思っているのだ。それを違える訳にはいかぬ。それに、守護神となれば、敵に狙われるのだ。男と思わせておけばその心配もない」

「敵?」

「それについてはいずれ分かる。今言わないで良いことだ。他には」

「名前・・・ここのものとは違っています。裏世界での名前が別にあった方がいいのではと」

「そうだな。気付かなかった。では、これから守護神としてはアレンと、アストレイン=ヴァーイェルドと名乗れ。ヴァーイェルドは、この太陽国の現王家の名字である。勿論、これは男としての名だ。普段は綾乃でいい」

 よろしくな、王はそう言って微笑み、

 翼の存在に戸惑いつつも、皆に期待されるのは嫌じゃないかな、とちょっと綾乃は照れて王を見返した。



「アレン様!世界史のお時間でございます!」

 男のようにゴツイ宮女のスパルタ教育が始まった四日目。アレンは勉強用のテーブルに腰掛け、書物を読み耽っていた。

 一通りの歴史を学ぶためである。

 それほど学力に問題がなかった綾乃、いやアレンは歴史や魔法についての勉強が主になっていた。綾乃は理型科目は苦手な筈だったが、裏世界の文学のみならず数学まであっさり飲み込めた。それは、実兄である湊生が打って変わって理系科目を得意としていたので、シンクロ状態にある今、僅かなりとも知識が共有されているのではないかと考えられている。

 アレンの服は約数十万円という超セレブ状態となっているが、それは当たり前、実の息子のいない王にとって彼は第一王子、つまり後継ぎだからだ。(とはいえ、中身は純粋な女の子)その意味を分かっているつもりになっていたアレンは、何もわかってなかったと目を細めた。

「ねェ、クィルさん。“魔力”て、具体的に何?」

 宮女・クィルは、そうですねぇ、と言って少し考え、

「魔力を持つ者・守護神には属性と特殊能力がありますね。アレン様の場合は、属性は光、特殊能力は制御、時間を司ります」

「セイギョ?」

「他の守護神達の暴走を止めるためのモノですよ。・・・ただ、多くの条件があるので、有効とは言えませんけど」

 魔力持ちは守護神になることがこの世界では義務付けられているという。

 大変人数が少なく、裏世界に存在する国全て守護神が揃うことは稀で、魔力持ちの証としては翼と、魔力開放時の瞳と髪の変化が上げられる。

 まだアレンは魔法に不慣れのため、魔力があるか否かを調べる本から手を離した拍子にそれらは消えた。

 また、魔法とかって実際には無いというのは常識である。漫画やアクション映画での話は別として。

 だが、超真面目で知識が多い宮女クィルまで言うのだ、嘘である訳ないだろうとアレンは頭を抱え、この理を超越した国々の歴史書を見た。

 確かに、第一次魔法大戦と第二次魔法大戦というのがある。それは、元の世界でかつてあった第一次・第二次世界大戦と同じ年にあったことであった。どうやら本当に二つの世界は連動しているようだ。他にも、革命、紛争、条約締結、大陸発見など・・・表世界であった“世界を揺るがす出来事”は、この世界で何かしらの大イベントがあった年と一致している。

2006年のところを見た時―――アレンは数秒固まった。

《冥王星、太陽系連盟を脱退。》

「太陽系って連盟だったんだ・・・?」

「はい。あなたのいた表世界で冥王星が太陽系の一つというポジションを失くした事で―――惑星の守護していた国の一つである冥王星国を外すしかなかったのです」

 アレンは、立ち上がって窓の側に寄り、窓ガラスに手をついて下を見た。

「ずっと・・・」

「はい?」

「ずっと、思ってた。兵見て、軍備強化中っぽいなって・・・それってつまり、冥王星が敵に?」

 クィルは深く頷いた。

「守護神の役割の一つが、言っていませんでしたが―――表世界の惑星の守護なので」

 勉強嫌いのアレンも、さすがに異世界の学問や魔法だらけの歴史には興味を示す。

 クィルはそれから今年・・・2340年までの冥王星国の悪事について語り出した。太陽への圧力、他の国々を支配下に置くなどし、今や、地球、火星、土星、天王星は冥王星によって王族を失って敵となっていることを。

 今年が何年であるかを聞いて、正直アレンは驚いた。表世界が現在2345年であるところからすると、5年も後を行く裏世界とは時間軸が違うようだ。それでも、同じ年に対応した出来事が起こっているのならば、二つの世界はよほど結び付きが強いということだろうか。

「アレン様は二日後、継承の儀を行います。その場に、残った国―――水星、金星、木星、海王星の守護神様がいらっしゃるのです」

「ちょっと頬っぺたつねって貰っていいですか」

「それには何の効果が?」

「いいから」

 クィルがアレンの頬を思いの外強い力でつねり、アレンはこれが現実であると認めざるを得なかったが・・・出来れば、夢であって欲しかったと心底思った。

 大変なことに首を突っ込んじゃったなァ、と半ば王子となること(本当は姫だけど。)を後悔し、深い溜め息をついて手元の資料に目を落とした。





「それでは―――協力を得るには、守護神の長としての資格があるかを他のそれぞれの守護神自身が見極める必要がある、と?」

「そうだ」

 裏世界で、アレンとして綾乃が課せられた任務はこの世界の秩序の安定であった。そのためには、乱している国・冥王星国を安定させる、もしくは太陽国側に跪かせなければならないのである。

 勿論、相手はたった一国とはいえ、太陽国には勝る戦力は無い。第一次・第二次

魔法大戦というものはあれど、実質魔法を使える者はごく一部・守護神しかいない

のだ。他の兵士達は銃や戦車、爆弾といったものでの戦いであり、守護神を除け

ば表世界の第一次・第二次世界大戦とさして変わらない。

「つまり、その四つの国に私自ら行かないといけないってことですね?」

「うむ」と、王は歴然と頷いた。

「乗り物は?車とか電車とかってあります?」

「・・・・車?電車?何だそれは。表世界の乗り物か?・・・・まあ、それはいい。

残念ながら、そういうのは無しだ。部下がある情報を掴んでな、当初の予定が狂っ

たのだ。手段はあるが、使用不可能となったことで綾乃には徒歩で旅をして貰う。」

 サフィール王は、アレンにそっと耳打ちした。

 実は―――と王が切り出したその内容は、ある情報についてだった。

 冥王星国は、太陽国に新たな守護神がやって来たことを知り、先手を打った。他

の守護神の協力が必要になるのは目に見えていたらしく、移動手段であるワールド・

コネクトベルトを手中に治め、今も見張っているらしい。例え継承式の後、綾乃と

湊生を分離するとしても、万が一のことを考えると使うのは止しておいた方がいい

ということだ。

「わかりました」

「それと、あともう一つ」

「何ですか?」

「旅は一人で」




「いや・・・・一人ってのはあんまりだと思いません?」

 狛犬のような、犬らしき生き物の石像に向かって独り言を呟いた。

 その物思いに耽る姿を見た城の小間使い達が、カッコイイだのなんだのと騒ぐこ

とが最近増えてきた。アレンに慣れてきたからもあるのだろうが、どうやら綾乃よ

りもアレンの方がよほど魅力的なようだ。

 それにしても、こんな石像と会話するイタい人でもカッコイイとは。

 男として生まれたほうが良かったのかも、などとしばしば思う。褒められている

のにも関わらず嬉しいのか悲しいのか、なんだか複雑な感じだ。


 その時、行かないといけないという変な焦燥に駆られた。

 記憶が、心が、身体が―――行け、と促して来る。

 アレンは、その焦燥に突き動かされて走った。自分でも、どこを目指してるのな

んか分からなかった。でも行かなければ、そう思った。


 城を飛び出し、城下町を抜け、行き着いた先は小高い丘。

「・・・・・・。」

 ここだ・・・。

 丘には、巨木が一本。

 城や、町並みが一望出来るそこに。

もう一刻くらいして、夕日が出たなら、一番見晴らしのいい場所になるであろう

そこに、立ち止まった。

 とくんとくんと心臓が早鐘のように鳴るのが手に取るように分かる。


 ・・・・・この木の向こうに、いる。

 アレンは、そっと木に歩み寄り、その向こうを覗いた。

 そこには、少年が横たわっていた。

 彼は、綾乃や湊生と同い年くらいで、衣服が汚れ、髪は乱れ、身体には切り傷や打撲を負って、気を失うような感じに寝ていた。

 傷は、半端ではなかった。命に関わるようなものもいくつか見られて、アレンはざっと青ざめた。

 すぐさま少年を背負い、城に向かって歩き出す。

 この人を助けなければ、と必死になった。この人だけは、失ってはならない。そう感じた。何故だか、分からなかったけれど。

 城下町まで行くと、街行く人々から刺すような視線を受けた。

 でも、そんなことはどうでもいい。

「・・・アレン様!!」

 自分を呼ぶ声がして、息切れをさせながら見上げると、城の衛兵が2,3人アレンの方へ走って来ていた。

 数メートルのところまで来ると、衛兵長は身分の差など無視して叱咤した。

「アレン様、急に飛び出して行かれては困ります!王がとても心配しておいでなのですよ!?さあ、戻りましょう。本当に、無事でいらして良かった。城下は基本的に平和ですが、悪しき心を持つ者だっております。あなたは、次代を担うこの国の守護神なのです。そこのところ、よく御心に刻んでおかれますよう」

 衛兵長の一人が一息で全て言い切ると、他の一人がアレンの背負う少年に不快そうな視線を送った。

「王子、その汚らしい者は何です。城に連れて行くなどと考えていらっしゃったりしませんよね?」

 はっきり言って、少年はダサいというか不細工というか、取り敢えずあまり第一印象としていいものを感じなかった。そういう点で、衛兵の汚らしいという形容詞は汚れだけでなく顔にも掛かってるんだろうな、とアレンは思った。

「そのまさかだ。連れて行く。城で治療を」

 兄の話し方を真似て言った。表世界では平民でも、裏世界での今の身分的に衛兵は従うしかなく、承知しました、と口を揃えて二人が少年を担ぎ上げ、綾乃は最初に叱ってきた衛兵長に連れられて城に戻った。





 翌日・継承式当日・・・

「まだ目覚めないのか」

「はい」

「そうか・・・」

 城に運び込まれた少年は、早速治療された。

 医者の必死の治療で一命を取り留めたものの、少年は未だ目覚めず、アレンは心配でならなかった。式のぎりぎりまで看病しておきたかったが、予想以上に忙しく、   少年の看病を担当する小間使いに問うくらいしか出来なかった。

儀式の間へ向かうその瞬間まで、アレンは衣装室にいた。とっくに純白の神官のような正装(初めて会った時の王みたいな)に着替え終わっているが、まだ装飾をしようと考えているらしい小間使い達に引っ張りだこだ。ファッションにわずかならず興味のあるアレンも真剣に選んだ。その服にはもともと宝石がいくつかアクセントに付いている。なんだかいかにも神っぽい、神聖な感じだ。

 クィルが遅い、と連呼しながらやって来たのは着替えが完了して間もない頃。彼女によると、城下町から城で唯一入ることが許された儀式の間まで、人で埋め尽くされているらしい。

 それを聞いて、アレンは危うく倒れそうになった。




「これから太陽の守護神、太陽大命神の任命式及び王子・アレン様の歓迎式典を執り行いたいと思います。まず、太陽王サフィール様より―――」

 プログラム・・・式典の内容はまず、王サフィールの挨拶、アレン入場、各国からの祝いの言葉、呪文の詠唱となっている。

 その呪文の詠唱がメインの式であるが、アレンはその呪文を知らなかった。サフィール曰く、自然に浮かんでくる、とか。要するに、王自身も知らないのだ。実際、ここ長年太陽大命神はおらず、皆伝承的にしか分からないのである。

 挨拶が済むとクィルはアレンの背を押し、民衆の前に出るように言った。

 しぶしぶの入場であったが、姿を現すなり人々は歓声を上げ、大拍手を送る。数万人もの拍手の音は、儀式の間がよく響く造りになっていたのもあってとても大きく、アレンを感動させた。

 学校の校長先生の言葉を思わせるような長々しい各国の言葉に、うっすらと眠気を感じるほどまでに緊張の糸は解けていく。

 そうなると、余裕が微かに出てきて―――会場全体を見回し始めた。

 アレンや各国の王といった身分の高い者達は二階席、一階席の民衆の衣装はバラバラで、正装の者や民族衣装っぽいものやらを着た者もいる。

 十国のそれぞれの領土はその名の順に緯度分けされていて、各国をエスカレーターみたいなものが一直線に繋がっているので、最も遠くから来ている海王星の人々でも三時間くらいで来れる。

 ご苦労なものだ、などと暢気に考えていたアレンを、放送の声が現実に引き戻した。

「今日のメインイベント、呪文の詠唱を行います。アレン様、前へ」

 呪文の詠唱、その存在を忘れかけていて、一気に青ざめた。

 そろそろと立ち上がって一階のステージへ行き、中央に立つ。油汗が一筋伝って行った。

「出来ないんじゃないか?」「いや、ただ単に適さないだけでしょ」「そもそも魔力ゼロとか?」「間違いなんじゃねえ?」

 民衆がざわめき始めた。

 見兼ねてクィルが、「王様、このままでは・・・」と耳打ちする。

「大丈夫だ。あの子なら―――アレンなら、きっと」

 王サフィールは少しも疑わず、ステージのアレンを見た。

 その言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。クィルの顔に焦りの色が浮かぶ。

「ですが、このまま呪文が言えないということになれば・・・アレン様を選ばれたのは王様です。王様への国民の信頼にもしものことがあれば・・・!」

「それは、まあ・・・そうだが。そうなったら私の責任だ」

 一生懸命説得を試みるクィルを手で制し、王は断言した。

 一方、アレンの方は無言で四分経過しそうになっていて、人々も同様に動揺している。

 突然アレンの手を誰かが握った。

「えっ?」

 思わずたじろいたアレンの横には同年代の、半透明の少女が立っていた。

『大丈夫。大丈夫だから。・・・私と一緒に』

 他の人々には少女の姿は見えていないようだった。

『トゥルス・ノア・ドービル・ネアレス・シェーダ』

「トゥ・・・ルス、ノ・・・ア、ドービル・ネア・・・レス、シェーダ・・・」   

呪文は、たった五分くらいの長さ。

所々、つまり、アレンが言えなくなったら少女が教える、その繰り返しだった。

だが、真似でも呪文を唱え始めると足の下に魔法陣が浮かび、翼が現れる。民衆は皆黙り、事の末を案じた。

『クラッセ・ジャスティアーノ・・・え?』

 少女がアレンを驚いたような目で見た。それは、隣でアレンが彼女よりも先のフレーズを言っていたからだった。

「――――・・ケルト、ラージア・・・シャルノーラ!」

 言い終え、振り返るとそこに少女の姿は無かった。





 こうして儀式は無事終焉を迎えたのであった――――・・・






 第二話『旅の同行者・そして出発』



・・・・・大丈夫。大丈夫だから。・・・私と一緒に

 

・・・トゥルス・ノア・ドービル・ネアレス・シェーダ・・・

  ・・・・・我は真の“彼の継承者”。  応答せよ、我が力。


・・・クラッセ・ジャステイアーノ。ケルト、ラージア・シャルノーラ

  ・・・・・其は絶対なる革命者なり。  “核”を寄せ、全てを我が手に託せ



目覚めた少年はアレンが呪文を唱える姿を見つめていた。

自らと、対になる者を。


 こうして儀式は無事終焉を迎えたのであった――――・・・





「あれ、起きたんだ?体調はどう?」

 正装から着替え終えた時、アレンはちょうど前の廊下を横切ろうとしていたあの少年を発見した。

 ひょっこりと衣装室から顔を出して問うと、少年は驚いた顔をして振り返った。

「・・・・・問題ない」

 少年がやけにぶっきらぼうな感じに答えたので、アレンは若干苛立った。

 だが、人見知りが激しいだけかもしれないと考え直す。

「ひどい怪我だったね、何があった?」

「・・・・・・・。」

「おい、答えろよ」

「・・・・・別に」

「・・・言えない事か?」

「・・・・・・・・・・・覚えてないだけ」

「何だそれ?記憶喪失?・・・それとも、俺をからかってるのか?」

 ぷいっとアレンに背を向け、どこかに向かって歩き出した。

 このまま歩いていくと、城を出てしまうことに気付き、駆け寄って少年の腕を捕らえた。

「おい!!出てくつもりか!?まだ怪我は治ってないんだぞ。・・・もし開きでもしたら」

「金星に行く」

「何で」

「行かなきゃならないんだ」

「だから何で」

 しつこいと思ったのか、少年はアレンの腕を振り払って走り出そうとして、そのまましゃがみ込んだ。

 心配して少年の顔を覗き込むと、顔色は蒼白、さらには怪我のあった位置は血が滲んでいた。

「・・・誰か!!ストレッチャーを!早く!!」

近くにいた小間使いに命令して、医務室まで連れて行き、ベッドに寝かせた。

アレンは医務室の外の壁にもたれ、治療が終わるのをひたすら待った。

「王子」

 ドアが開き、小間使いが顔を出して入るように促してきたので、アレンは少年のベッド脇の椅子に座った。

「大丈夫かー?」

「・・・・・痛い」

 少年が少し眉間にシワを寄せる。

「そりゃそうだろ。開いたんだから。これに懲りたら、ちっとは大人しくするんだな」

 言われてか、少年が異様に改まってアレンをじっと見つめてきた。

 思わずアレンは赤らめる。

「・・・・・・・・・・・・・・ねえ」

「ん?な、何!?」

「・・・・何で、女の子なのに男の子のような話し方してるの?」

「・・・・!?」

 びっくりして、アレンは固まってしまった。

 念のため近くにあった鏡で自分の姿を見たが、やっぱり男の子だった。

 何故、女の子だと分かったのだろう?

「・・・え、何?どこをどう見て女の子だなんて言ってるんだ?」

「何って・・・・どう見たって女の子だよ」

 初めて会ったはずの少年が、自分を見抜いた。

 彼には、見えているのだ。

 ・・・・この人のことを、知っておく必要がある・・・

 アレンは―――もとい綾乃は、兄・湊生の話し方を止め、いつもの話し方に戻した。

「貴方、名前は?それぐらい教えてくれたっていいでしょ」

「・・・・・・・レウィン。レウィン=エスティ」

「そういえば、貴方金星に行くとかって言ってたよね?・・・・良かったら私と行かない?・・・・・・訳あって徒歩だけど」

「・・・・・・・・・・・ヤダ」

「・・・そっか。まあ、そうだよね。何が悲しくて徒歩なんて」と、苦笑した。

 綾乃は期待していた。

 少年が“是”と言ってくれることを。

こっちの世界は慣れてなくって、一人で旅するのは心細い。・・・・でも、誰か誘おうと思っても、城暮らししてたら誰かと会える機会が少ない。

だから、せっかく出会えた彼に、同行を頼んだのだ。

あくまで勧誘の体を執ったのは、開き直って見せたのは、自分のプライドが傷付いてしまいそうな気がしたから。断られると、どうしても臆病になる。

自分はプライドが高い、っていう認識はしていなかったから、思い知らされた。

断られた後、どう繕ったら良いか分からない・・・。

 綾乃は必死に次の言葉を探した。




「それは本当か、綾乃」

綾乃が裏世界に召喚された時の部屋に、サフィール王、アレン、ソロン神官の三人がいた。

彼らと、あの少年だけが、アレンが実は女の子だと知っている。

 今日、アレンは綾乃と湊生に分解、あるいは還元されるのだ。

「はい。かの少年、エスティ君は、私が女の子に見えるようです」

「なんと・・・・。そういえば、綾乃、お前は一人旅は嫌だと申しておったな?ちょうどいい。そのエスティとかいう者を旅に引率させるのはどうだ?」

「そう思いましたが・・・・・早速断られました」

「そうか・・・では駄目だな」

「い、いいんです、一人旅で!!気楽ですし」

 王と綾乃が話してる内にも、ソロン神官は動き回って、綾乃の周りに魔方陣を描いたり、物を並べたりしている。

 また、王の足元には、頭一つ分の大きさのぬいぐるみがあった。

 それは綾乃チョイスで、空色の、少しデフォルメの入った魚のデザインのもの。

 その魚のマスコットに湊生を移すつもりなのである。

「お父様、本当に兄を移すことが出来ますか?」

 お父様と呼んで欲しいと言ったのはサフィール王だ。

 慣れてないので、言う度にまだ照れる。

「ああ、出来るとも。要は、憑き物を落とす割合でやればよい」

「つ・・・・・憑き物を、落とす・・・ですか」

 湊生が完全に亡霊扱いだ。

まあ、確かに幽霊には違いないけど。

魔法の存在する世界上、表世界にも増して霊傾向は強いらしい。

サフィール王も、何度も除霊をしたことがあると堂々と言い放った。

「王!!準備が整いました!始めましょう」

「よし」

 カン

 魔方陣を描いた時に使った杖を床につけ、魔法を発動させた。

 すると、何かが前のめりに倒れ始める。

 それは自分だと、綾乃は思った。

 だが、それは違った。

 自分は立ったままで、それとは別の、透き通ったものが自分から分離していっていたのだ。透き通ったものは、間違いなく自分の兄。

 ソロン神官は続けて、魚のマスコットに移す呪文を唱える。

 彼が使う魔法は、彼の持つ魔力を根源としているのではない。というより、彼自身は何の力も持っていない。彼が今使っているのは“本の魔力”。綾乃が魔力を持っているか否かを調べたあの本のように、魔力を持つ本が世の中に数冊ある。ソロン神官のような神官とは、その本を自在に使えるように鍛錬を積んだ者の事なのである。

 だから今、ソロン神官は分厚い本を小脇に挟んで呪文を詠唱しているのだ。

 綾乃から離れた透き通ったものが、呪文を紡ぐのに呼応して床に転がされたマスコットに吸い込まれていった。

 完全にマスコットに入り込み、呪文を言い終えたとき、マスコットが瞬いた。

 そして上昇。

 どうやら飛べるらしい。

《おお?》

「お兄ちゃん!!」

《綾乃・・・・。ところで、そちらサンは・・・・・っと、サフィール王!?》

 どうやら湊生は、綾乃と同化中の意識は無く、眠っていた状態だったようだ。

「儀式は成功だ。・・・・・綾乃も戻ったようだな」

「え・・・・あ」

 自らを見ると、確かに髪は前のセミロングに、身長も縮んだ気がする。

 前もって手鏡を用意していたので、右ポケットから取り出して見てみた。

 ・・・・・・戻った!!

 湊生との分離中、普通なら自らの変化にも気付いた筈だが、その時綾乃は数日ぶりに見る兄の姿に完全に気が行ってしまっていたのだ。

「戻ってる・・・」

「それはそうと綾乃、湊生は私のことを知っているようだな?それは何故だ?同化中の記憶など無いはずだろう」

「お兄ちゃんは、表世界で死んで、こっちの世界に来てたんだそうです。だから、いろいろ知ってるんだと・・・。それに、私にこっちの世界に来るようにって言ってきたの、お兄ちゃんで」

「なるほど」

《ちょっと綾乃。今までのあらすじ語る前に、俺がこうなった経緯を聞きたいんだけど?何で魚な訳?》

 湊生が実に不満そうに言った。

 裏世界に来てから今の今までを手短に説明すると、何かに納得したような素振りを見せたが、その上で《お前センスないんじゃね?》と魚についてコメントした。

「それをプリティーと言います」

「私も綾乃に賛成だ」

「恐れながら王、私もそう思っております」

「特にウロコがリアルで素晴らしいぞ。肩乗りサイズという点においても、誠に良き物である」

「はい!!お父様とは意見が凄く合いますね」

「うむ」

《あーはいはい。プリチーね、プリチー》

 全員に言われ、湊生は眉間にシワを寄せた。





「・・・・・っていうことがあって、お兄ちゃんそれ以来不機嫌でね」

《寝起き早々驚いたんだ。だって、考えてもみろ。・・・起きたら、視線が低くて、見たら魚なんだぞ。なんじゃこりゃって感じ》

「いや、でも可愛いし」

《男にカワイイってのもどうかと思うんだけど・・・・》

 言い合いする二人―――もしくは、一人と一匹を前に、ベッド上のレウィン=エスティ少年は黙っていた。

 アレンとなっていた時、つまり、綾乃と湊生が合体していた時、意識のあった綾乃の方が主体となって身体を動かしていた。その時、レウィンは綾乃のことを女性だと既に認識していた上、更に綾乃が何かに引き付けられるような感覚を辿って、本能のまま走った先に彼がいたという、運命的な出会いをした。

 今彼は、出会った時に負っていた怪我が開いて再治療受け、経過観察中の身である。

 アレンが綾乃と湊生に分解されて、もう三日経っていた。

《なあ、さっきからお前、こいつにいろいろ話してるけど、答えないどころか・・・・ちっとも反応してなくないか?》

「まあね。でも、聞いてはくれてるだろうし」

《・・・・暢気だな》

「お兄ちゃんこそ。来る時は『そうだよ。俺だけでは何も出来ないんだ。仮にも俺は、一応死んじゃってるしね。綾乃の力が必要なんだ』とかって、一体何?話し方違うし。それでもお兄ちゃんなのは分かってたけど、アレ、王子様気取り?」

《オホホホホホ》

 上機嫌に尾びれをヒラヒラさせた。

意外と気に入ってるんじゃない、そう心底綾乃は思った。

「・・・・・・・・僕」

 ふいにレウィンが口を開いた。

《お、しゃべった。開口一番、“僕”。ナルシストの傾向があります》

「お兄ちゃんは黙っといて。・・・・で、何?」

「やっぱり、金星までなら・・・・・旅に、同行・・・する」

「・・・・え!?いいの!?」

「・・・・・・・・う、うん」

 綾乃は身を乗り出した。

 思わずレウィンは仰け反り、たっぷり間を取って頷く。

「どうして?前はイヤだって・・・・」

 何だかレウィンに近付けた気が・・・・したが。

「・・・・・・・・・・・・・別に」

「・・・・・・・・。」

 大して変わってはいなかった。




《まあ、何だ。一人旅ってのに俺が頭数に入ってなかった的な?》

「うん」

《人でなしー!!》

人じゃないのはお前だー!!

後に綾乃はそう愚痴ったという。




 取り敢えず、ウキウキしながら綾乃がレウィンを尋問にかけたところ、旅同行にはいくつかの理由があった。

 主な理由が、死にかけていたところを治療してもらったことだった。

 同行を断って立ち去ろうとし、怪我が開いた時、さすがにいろいろして貰っておいてこの仕打ちはさすがに酷いと後悔していたらしい。

「・・・・・・・・・・それに、一人旅って言うから、危険だとは思ったけど、女の子と二人で旅するのはちょっとって」

 レウィンは顔を真っ赤に染め、言った。

 ・・・・・・・・・・何この子、意外とどころか可愛い!!

 “きゅんとくる”という言葉の意味を綾乃はこの瞬間改めて知った。

《おお、ということは俺も頭数に入れた結果、同行決定?ホラ見ろ、綾乃。ちったあ見習え、この人でない・・・・し》

 湊生が“人でなし”を“人でない”と言い間違えて、慌てて添加の形をとって訂正した。

 が、“し”が付属したために、逆に変になった。

「・・・・・確かに、人ではないですね」とレウィンは分析。

「噛んだんでしょ。・・・・・お兄ちゃん頼むから、その自分の見た目には気をつけて発言して?」

 侮辱の言葉も、その状況と発言者によっては本来の意味を成し得ないことをいい加減学んで、お願いだから。

 突っ込みに疲れた綾乃は反目眼で兄を見た。

 気まずくなったのか、湊生は話題を変えて、「それはそうと、レウィン、お前気に入った。すっごいピュア。金星までよろしくな」

「はい。・・・・・あの、今更なんですけど、王家の方にこんな物言いでは失礼でした」

「そ、そんな!気にしないで」

「これから、よろしくお願いします。綾乃さん、お魚さん」

《あーはいはい、こちらこそ・・・って“お魚さん”!?》

「そうよ、エスティ君、一応コレでも中身人間なのよ」

《コレでもって言うなー》

 ぷ、とレウィンは小さく笑って、「冗談です、湊生さん」と言い改めた。






「案は通ったらしいな」

 二十歳程度の青年が、ソファに腰を下ろした。

「はい。彼らは・・・・旅に出る、とのことでございます」

「ならいい。利用させてもらわなければならないから、協力求めに来てもらわないと困るんだよな。オレだけでは達成など出来ないし。」

 自らの指にはまった厚めの指輪を見て、言った。

「奴らの動きはどうだ?また裏で密約を交わしていたりしないだろうな?」

「そのようなことが最近では二度ほどありましたが、全て破談になるよう取り計らっておきましたので、心配なさらなくてもよろしいかと」

「これからも頼む、ワーム秘書」




旅出発前夜・・・

 レウィンが了承してくれた旨を王に話し、一同は早速旅の準備に取り掛かった。

 アレン分離の儀式の後、綾乃はアレンの妹と偽って、アレンだった時とは別の部屋が与えられていた。

そこは内装も前と明らかに異なっていて、いかにも女の子らしい部屋な感じだ。プロデュースしたのは城の小間使い達。綾乃が表世界からやってきた時点で、やって来る少年用の部屋しか用意されていなかったので、分離が決まって至急用意されたのである。

湊生はというと、綾乃の部屋の一角に取り付けられたクローゼットの中が部屋となった。

・・・・・そこには同居人がいる。

《綾乃ォ。友達連れて行っちゃダメ?愛着ついちゃってさー》

「だめ。どうせ持つのは私なんだから」

 湊生が持っているのは・・・・彼の同居人。いや、同居魚。

 彼の部屋であるクローゼットとは、所謂、綾乃のために用意された人形置き場のことである。初めは少なかったのだが、綾乃が最近腕に魚のマスコットを抱いて歩き回っていたので、小間使い達は同じ魚のマスコットやら犬・猫のぬいぐるみを買い漁ってきたのだ。

 お陰で湊生の寝床はぬいぐるみだらけで、たまに埋まっているので綾乃が発見に苦しむことがある。

 取り敢えず、埋まる中で湊生はお気に入りが出来た。

 それが同型のお魚マスコットミニ版。

《ちっ。分かったよ》

「分かればよろしい」

「入っていいですか?綾乃さん、湊生さん、準備の方はどうです?出来ました?」

 コンコン、とノック音がして、入室を求める声がした。

「入っていいよー。準備の方は、残念ながらあんまり進んでないけど」

「それはまた・・・・あれ、湊生さん拗ねてません?」

《聞いてくれよー、綾乃はかくかくしかじかで薄情だー兄に対して酷いんだぞ!!》

「かくかくしかじかは止めてください・・・・具体的に」

《俺の友達、旅には連れてくなって言うんだ》

「もしかして、それですか?」

《ん。》

 湊生が器用にヒレを使って持っているものを見て、それを指差した。

「・・・・・・・・・・・・」

「やっぱり置いていくべきだと思わない?」

 そっとレウィンは“湊生の友達”だというマスコットを手に取り、部屋を出て行った。しばらくして戻ってきた彼の手には、ストラップが取り付けられた例のものが乗っかっていた。

「はい、どうぞ。これなら、綾乃さんのバッグに付けられますよ」

《おお!!気が利くな!綾乃、付けていいだろ!?》

「仕方ないわね。いいよ。ホラ」

 綾乃がバッグを差し出し、そのチャックに湊生が取り付けた。

「どっちが上なんだか、って感じですね」

 拳を口元に当てて笑うレウィンを、綾乃は感心したような目を向けた。

「・・・・・それにしても、エスティ君よく話すようになったよね?どうして?」

「・・・・・・・・・・・・・これは、あまり言いたくないんですけど、あの・・・」

「な、ならいい!言わなくて。無理して言わせたい訳じゃないし」

「すみ、ません・・・・。今は、まだ・・・・このこと、落ち着いて話せなくて・・・でも、いつか話します。絶対に」

「うん。わかった。・・・・取り敢えず、根っからのダンマリじゃないのよね?」

「はい・・・・・多分。」

 レウィンが困ったように言葉を濁した。

《多分・・・・って、自分のことじゃないか》

「さっき話せないって言ったのが原因で、僕、記憶喪失・・・・みたいなんです。何故だか分からないんですけど、金星に行かないといけないって・・・・・・本当に、分からないん・・・ですけど・・・・」

《つまり、記憶を失う以前の自分については一切分からない、と?》

「はい。どこの何をしてる人なのか・・・何故、こんなにも金星に行くことを切望しているのか・・・・・・・・」

《でも、一般的な知識はあるみたいだ。サラッサラに全てを忘れて、赤ちゃん状態になんないのが不思議だよなー。キオクソウシツって皆こんなもんなのかね?》

「さあ?一定の期間の記憶が抜け落ちるってこともあるそうだし。身近にポンポンいる訳じゃないんだから、量り兼ねるけど、いろいろなパターンがあるもんだと思う」

「部分的、欠如・・・・・それなら、良かったんですけど。・・・・・・取り敢えず、記憶は失ってますが、この世界についての知識は豊富な方だと思います。何故だか、記憶が無いんで分からないんですが――――、貧乏な学者か何かの息子だったりとかだからですかね・・・」

 学者の息子というイメージは、あながち間違ってはいない気がした。





「服何でも貸したげるって言ったのは私だけどさ・・・・・」

 出発一時間前。

 綾乃はレウィンが選んで着てきた服一式を見て、絶句した。

 アレン用にと、城には少年物の服はたくさん用意されていた。サイズが同じだった上、アレンは今事実上存在していないし、初め着ていた服はボロボロだったので・・・・・服をあげることにしたのだが。

「・・・ん?もしかして、似合っていませんか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど・・・・・。寧ろ、よく似合ってると思うんだけど、あんまりにも庶民的かなって」

 彼が選んだのは、深めの緑のバンダナ、同色のタートルネックのシンプルな長袖に短パン、少し装飾のあるブーツにペンダントだった。

「僕元々庶民ですし、この旅、察したところ・・・・目立たない方がいいんでしょう?それなら尚更です」

《そーだぜ、やっぱ身分通りの格好が一番だよな》

 そう言う湊生の頭には、王冠が乗っかっている。更には、尻尾に黄金の輪っかが付いていた。

「アンタ・・・・さっきのエスティ君の話、ちゃんと聞いてた?」

《実の兄をアンタ呼ばわりって・・・・》

「目立たない方がいいって言ってんの。エスティ君のはもうちょっとお洒落してもいいとは思うけど、目立たない方がいいっていう考えには賛成。・・・・・それに、身分通りの格好って、魚の分際で偉そうに。お兄ちゃんの中じゃ、魚は元来王冠してるもんなの?」

《してる!!》

 そう言い放ったマスコットを殴り、王冠を奪った。

 レウィンは、二人の遣り取りをいつものことだと言わんばかりに微笑んでいる。

 王冠(勿論、湊生サイズの小さいもの)を小脇に抱えて、

「いったいこんな小さな王冠、どうしたの」と聞くと、

《他の人形から貰った》

 どうやら、クローゼット内の人形から奪ったらしい。

「あらそう。・・・・・この金属のリング、取れないんだけど!!」

 尻尾の輪っかはいくら引っ張っても抜ける兆しを見せない。

《痛い!!》

「あら、入れ物の身体で・・・・・・しかも尻尾の方まで神経通ってたのね」

 わざと言って、無理矢理引っ張り続ける。

《尻尾取れる!!・・・・これは、サフィール王から直々に貰ったものなんだぞ!!》

 言われた途端綾乃がパッと手を離して、心構えが無かった湊生は地面に落ちた。

「先に言ってくれればいいのに」

 何も無かったかのようにレウィンと話し始めた綾乃の足元で、湊生はしばらく痛がっていた。


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