第一章『光の掟』・第二話『蘇る記憶・呪われた旅路』Part1
西暦2340年。 表世界と相対する世界である裏世界には太陽系の惑星を模した十の国があり、裏世界の各国の“魔力持ち”は自国と表世界に存在する惑星を守護する役目を持つため、“守護神”として敬われていた。 裏世界に召喚されてしまった記憶喪失の少女・篠原綾乃は、太陽国国王の命で秘密裏に“魔力持ち”を探し、近い未来起こると予言されている戦争を阻止するため、一人の少年を伴って旅に出る。 だが、巨大で狡猾な陰謀下で運命の歯車はあまりにも残酷な方向に回り始め――――。 未来・現在・過去が全てリンクする、第三次魔法大戦ストーリー。 ※他のサイトにも掲載しております。
「その子は・・・・・!」
先程とは打って変わって、安堵した表情を見せる。
「彼女、どうやら記憶を失くしていらっしゃるようなのです。」
「記憶を・・・・・?」
「はい」
「・・・・・なるほどな」
サフィールも少年同様、異界の者について知っているため、納得の色を示した。
それから改めて、綾乃の方を向き直る。
「私の名はサフィール=ヴァーイェルド。この国の王だ。お前の名は・・・・確か、綾乃・・・・だったか」
「はい。篠原綾乃です」
少し間を置いて、「あの、陛下、先日行われたといいます儀式・・・・・・召喚の儀では御座いませんか?それ以外に、私には思い当たることがありません」と少年がサフィールに問うた。
秘密事項ながら少年を信頼してか、さも隠すつもりはないというように頷く。
「そうだ。その召喚した少年少女数人の内の一人で、“太陽大命神”の、かもしれぬ娘が、綾乃、お前なのだ」
「太陽大命神かもしれない、ではなく・・・・太陽大命神の、かもしれない・・・・で、ございますか?」
「左様。」と、前よりも深く頷いて言った。
だが、今は肯定するだけでそれ以上言うつもりはないらしく、話題を転換させる。
「綾乃。記憶を失わせてまで呼び寄せてしまってすまない。だが、お前の住んでいた世界も、こちらの世界が危機に瀕していることでその影響を間接的だが受けている状態にある。記憶を失っている今、故郷のことなどさっぱりかもしれん。それでも、我々に協力をしては貰えないだろうか」
「それで・・・・・・いつかは、帰らせて貰えるんですか」
「勿論」
「具体的には何を?」
「旅に、出てもらうつもりだ」
「た・・・・・旅!?」
「綾乃さんを旅に・・・・・・って、護衛はどうするのですか!?」
あまりに唐突な発言で綾乃は困惑を隠せず、また綾乃が太陽大命神に関わる者だと知ったばかりの少年も、過剰な反応を返した。
「そうだな、忘れていた。確かに護衛は必要だ。それで、どうだレン」
「・・・・・何がです?」
呼ばれた意味が分からなくて、少年は首を傾げたが、次いで発せられるサフィールの言葉に全てを悟った。
「綾乃の旅の供をする気はないか」
「・・・・・だ、ダメですよ!!」
「何故だ」
サフィールの表情が曇る。
「陛下、私はパシエンテなんですよ!?」
「関係などない」
「大ありです!お考え直し下さい!」
少年が一緒なら旅もいいかな、などと考えていた綾乃は少しどころかがっかりしていた。
そんな中再び登場した知らない単語、パシエンテ。
だから、一体何、それって。
その意味が分からないままだと、以後の会話で綾乃は蚊帳の外になりそうな気がしてならなかったため、言い出し難いが口を開いた。
「あの・・・・・」
「どうした、綾乃」
「パシエンテって、どういう意味ですか・・・・・?」
「一言で言えば、病人のことです。不治の病を持つ・・・・・」
「え、それってうつっ・・・・・!」
「そのようなことはない」
「ああ、良かった・・・・・」
少年には非常に失礼にあたり申し訳ないが、心底綾乃はほっとした。
「僕の病は、“欠損病”です。罹患してしばらくは高熱が続き、回復しかけた頃に突如として記憶の一部が欠け、永遠に戻らなくなってしまうのです。失われた記憶が幼い頃のモノであればあれば、得た技術・知識が消えてしまったりし、誰か他の人と出会った時期と被ってしまった場合・・・・・その人に関わる全ての記憶が連鎖的に抹消されてしまうなどといったことも基本症状の例の一つですね。更に、滅多にないのですが、記憶領域の縮小に伴って、脳内の神経領域の圧迫による負担で全身麻痺を引き起こすことがあります。」
「何それ、聞いたことがない・・・・」と、綾乃は愕然と呟く。
「当たり前ですよ。表世界には存在しないんです。因みに、この病気の因子を持つかは遺伝で決まり、それを潜在的に保持していても発病するかはわかりません」
「得た技術と・・・・・知識?・・・・・なら、読み書きも出来なくなることなんていうのは・・・・」
「有り得ますね。といいますか、現に知人に一人。」
ええと確か、と顎に拳を当て、少し上に視線を投げかける。
「じゃあ・・・・貴方にも、失った記憶がある?」
「あります。ですが、どうやら僕には麻痺もなく、記憶が無いからといって生活に支障はないんで軽い方です」
「それなら何故、ダメなの?」
「そうだ。問題なんて無いだろう」
サフィールもそうだそうだと言わんばかりに少年に言う。
「・・・・・・・。」
二人に追い詰められて、少年は口籠った。
「それとも、私とじゃ嫌?」
「そういう訳では・・・・・・!ただ・・・・・」
「ただ、綾乃さんは・・・・・・、太陽大命神様と縁のある者。例え異世界の方でもご身分は遥か上となりましょう。いずれは、僅かなれど表舞台に立つ時が来るやも御座いません。そんなお方が、私と共にいるのを見られますのは、避けるべきです。ただでさえ、陛下が私共に関わることを快く思っていない者も多いのです。これ以上信頼を揺るがすようなことはなさって欲しくはないのです・・・・・!」
辛そうに顔が歪む。
そんな場合ではないというのに、彼の一人称が、その言葉を向ける相手に合わせて僕と私が切り換えられていることに今更ながら綾乃は気付く。何とマメな。
少年の真面目な性格と、サフィールに対する忠誠心が覗えた。
「・・・・・レン」
自分のことを親身になって考えてくれての発言だと分かり、嬉しかったのかサフィールの口元が思わず緩む。
その様子を見て取ってから、少年は綾乃の方を向き、まっすぐ見つめた。
「言いましたよね、綾乃さん。”近付かないで下さい”と。人は、パシエンテを含む、僕らに近付く者までもを遠ざける。風当たりは確実に冷たくなる筈です。たくさんの病気が有ります故、うつる病も数多くありますが、うつるうつらないなど・・・・・彼らにとってはどうでもよいのでしょう。ただパシエンテとその関係者であれば敬遠されるのです。僕は、綾乃さんを・・・・・・そのような目に合わせたくはなかったのです」
「だから、ここに来るまでずっと私と距離を取っていたんだ・・・・」
やっとわかった。
あの拒絶の意味は―――。
城から出て来た綾乃がたとえ偉い人と関係なくっても、きっと彼なら同じように守ろうとしていたに違いない。
会ってまだ半日も経っていないのに、彼がどんなに優しい人かわかる。
記憶が無くて自分の居場所が無くて。不安だけど・・・・彼がいてくれたら安心する。
出来ることなら・・・・・彼と一緒に、旅を。
「はい。本当に申し訳ありませんでした」
「ううん、気にしないで。私のこと考えてくれての行動だし。ありがとう。えっと・・・・貴方の名前・・・・は・・・」
「なんだレン、名乗っていなかったのか」
「忘れておりました!綾乃さん、すみません。僕の名は、レウィン。レウィン=エスティです」
「エスティ・・・・君」
なるほど、だからその略名でレンという訳か。
おずおずと名を呼んだ綾乃に少年は微笑む。
「はい。」
「私・・・・・貴方がついて来てくれるなら旅に出る」
「・・・・・・綾乃さん・・・・?さっきの話・・・・」
「分かってるけど、貴方がいい。強かろうとなんだろうと、話したこともない人といきなり旅なんて嫌。私はこっちの世界で何とか頑張って、自分のいるべき場所にちゃんと帰りたい。今何もせずに帰って、自分の世界が侵されていくのを・・・・ただ後悔しながら呆然と見ることになるのは嫌。して後悔するならいい。しなくて後悔するのだけは、どうしても自分が許せない」
「君は本当に・・・・・出来た子だな」
「違います。ただ、我儘なだけなんです」
感心して、確かに知っている人の方が良いなと言って笑うサフィールに、綾乃は頭を振った。
「もし国への信頼がどうので国王様自身がエスティ君との旅を却下するなら、仕方ないと思った。きっと諦めてた。・・・・・でも、国王様がそれを勧めて下さる以上、一緒に行きたくて。・・・・・・・・エスティ君、ごめんなさい。我儘・・・・過ぎるよね・・・・」
「綾乃さん・・・・・」
「私は、貴方にお願いしたい」
どうかな、と上目遣いで問うた。
「綾乃さん、僕は・・・・・・」
本当は・・・・本当は、僕も一緒に行きたい・・・・・・。
気持ちはハッキリしてる。
けれど、決心は出来ない。
この旅は、呪われた旅。
秘密裏に出発し、存在が敵国にバレたなら即時妨害及び抹殺命令が施行される筈の旅だ。
命に関わる。
見れば、自分と同い年位らしい少女は平然としている。
分かっているのだろうか、今貴方が置かれた状況を。貴方があっさりと返答した、その度の危険度を。
危ない。恐ろしい。それなのに。
陛下―――サフィール様の様子からすると、恐らく僕が”是”と言った瞬間に綾乃さんの、僕というたった一人の護衛を引き連れた旅が近々決行されることになるだろう。
綾乃さんの”知らない人は嫌です”発言に同意していた彼だから、きっと僕以外にもう一人護衛を付けるなど考えてはいないだろう。元よりその気だろうし。
僕には、自惚れかもしれないけれど、人並み以上の知識はあると言えるだけの自信はある。とはいえ、武術においては残念な状態で。
きっと、護衛とは名ばかりの―――寧ろ、情けないことにも逆に守られてしまう方に回りそうな気がしてならなかった。
・・・・・・だから・・・・・だから・・・・・。
やっぱり、一緒には・・・・・・。
「綾乃さん、一つ・・・・・質問させていただいてもよろしいですか?」
「何?」
「僕は・・・・戦力にはなりません。それで、どのようにして・・・・?」
「逃げる」
「はいっ!?」
・・・・・逃げる!?
「だから、逃げるの」
何を、そんなにあっけらかんと・・・・!
とても重要なことなのに、彼女はさも当たり前のように言い放った。
今までそんな素振りが無かったから思わなかったのだが、綾乃さんは生来能天気な子なのだろうか。
脳裏に一抹の不安が過る。
それは、どんどんと増大していった。
「この旅が・・・・・如何に危険か、その点は・・・・・」
「一応、分かってはいるつもり。敢えて獣道を通る的な感じで細心の注意を払って旅を」
「余計に危ないですよ!!毒を持つ虫や植物、動物だっているんです!」
しかも、国によって気候が天と地ほど違う。
伝え聞いたり、本で読んだりして表世界の――綾乃さんが住んでいたという世界についてはいくらか知識があるが、彼女にとってここは魔力が存在する異世界。
勝手が違うのだ。
「まあ・・・・・確かにそうだけど・・・・・うん、大丈夫」
「何が大丈夫なんです?」
何処から来るのかわからないその自信に、レウィンは眉間に皺を寄せた。
「一人じゃないから」
綾乃は笑う。
「ですが、戦闘になれば、僕はきっと・・・・いえ十中八九足手纏いに・・・・!」
「レン、隣国の水星には守護神がいる。彼のところまで行けさえすれば彼が戦力になってくれる筈だ。これは――――守護神達を集めるための旅なのだからな」
「それが、旅の目的なのですか、陛下」